第51章ー島田と斎藤
島田魁が目を覚ましたのは、夜明け直前だった。昨日、23日に長崎に到着してから海兵隊の志願兵採用面接を受けたり、当座の給料を受け取ってそれを妻に送金したりと忙しく、更に船旅の間、意外と熟睡もできていなかったのか、夕食後、仮宿舎で横になるとすぐに睡魔に襲われてしまい、寝入ってしまっていた。余りにも早く寝てしまったせいか、眠気が全く無くなっていて、寝具の中でごろごろ転がっているのもどうかと思い、島田は仮宿舎の外に出て散歩でもすることにした。
宿舎の外に出て体を伸ばした瞬間、
「島田か、島田魁か」と声が掛けられた。
誰だろうか、と周囲を見回すと旧知の顔があった。
「斎藤一さん?」
「今は藤田五郎と名乗っているがな。やはり島田だったか。わしも早く目が覚めてしまって、これから散歩しようと思っていたところだ」斎藤が笑っていた。
「一体どうしてというか。どこにおられたのです?」島田は歩きながら斎藤に尋ねた。
「島田と別れたのは会津でだったかな」
「そのとおりです。私は土方さんと共に仙台に向かい、斎藤さんは会津を見捨てられないと言って、会津に残られたと覚えています」
「その後、会津藩の面々と共に戦って、結局は斗南まで、わしは行ったよ。だが、やはり食うに困ってしまってな。3年前に東京に出て、警視庁に勤めていた。そして、土方さんの消息を知ってな。いろいろ思うところはあったが、誠の旗のことを思うと、何も言えなくなって、あの旗の下でいざという時は働きたくてしょうがなくなった。そして、新聞記事を見て、すぐにここまで来たわけだ。警視庁の上司も妙に理解があってな、わしが休職して長崎に行きたいと言ったら、認めてくれたよ。そういうお前はどうしていたんだ?」
「戦争が終わった後、妻子と合流して京都に行きました。それで、甘い物屋をやったのですが、何故かうまく行かなくて、すぐに店を畳んで、京都で貧乏剣道場主をやっています。それにしても何で甘い物屋が当たらなかったのか本当に不思議で」
「自覚がないのが怖ろしいな。あれは島田にしか食えん」斎藤はぼそっとつぶやいた。
2人で話しながら歩くうちに木刀を振る音に共に気づき、2人してそちらに向かっていた。30代前半の男が木刀を振るっているのが、2人の目に入った。
「ほう」斎藤がため息を吐いた。
「どうしたんです」
「あれは中々の腕と見た。あれが、わしらの上司か」
「えっ」
「見て分からないのか。林忠崇海兵大尉だ。新編の第3海兵大隊の副大隊長、つまり土方大隊長の副長になる。お前も最終面接で会ったはずだぞ」
「すみません。すぐに分かりませんでした」
見ているうちに、林大尉は素振りを止め、模擬戦闘を始めた。正眼に構え、突き技を繰り出す。その動きは2人の目をくぎ付けにした。
「沖田さんを思い出しますね。いろいろと違うのは分かっていますが」
「全くだ。なぜか沖田を思い出すな」思わず、2人は声を大きくしていた。
林大尉は刀を動かすのを止め、周囲を見回した。林大尉と2人の目があった。