第40章ー決別
川村純義海軍大輔は、自分がしてしまったことに対して臍をかむ思いが船上でしていた。まさか、こう何もかも悪い方向に転がってしまうとは思わなかった。自分が私学校党の挙兵への最後の一押しをしてしまうとは、更に西郷隆盛さんまでそれに加担する決断をさせてしまうとは、悔やんでも悔やみきれない。私は一生この後悔の念を抱いて生きていくことになるだろう。
川村は2月9日に鹿児島港に到着し、早速、鹿児島県令の大山綱良に面会を申し込んだ。大山県令には西郷さんへの仲介を依頼するつもりだった。だが、大山は面会はしてくれたものの、態度は極めて厳しいというか冷たいものだった。
「海兵隊を派遣して西郷さんを暗殺しようとしておきながら、発覚すると白を切って西郷さんと面会してなだめてしまおうとは厚顔無恥にも程があるのではないですか」
「えん罪もいいところだ。私は西郷さんを敬愛している。暗殺しようなどと考えたこともない。天地神明に誓って潔白だ」
「口でなら何とでもいえます。海兵隊を派遣した川村さんをここに送ってきたことで、大久保利通の魂胆は見えました。最早、引き返せないところまで追い込まれたようです」
「同郷の出身者でもあり、政府高官でもある大久保さんを呼び捨てにするのか」
「川村さんが来ることが分かった時点で、大久保の腹の底は見えました。話し合いの余地はないということです。陸軍大将として西郷さんが挙兵して上京することを認めてもらうことが唯一の条件です」
「大久保さんは、いろいろと薩摩のために配慮してきたではないか。それを忘れたのか。薩摩がどれだけ特例を認められてきたか、分からないのか」
「散々薩摩の士族をいじめてきておいて、そんなことをいうのですか。維新のためにどれだけ薩摩の士族が尽くしてきたか。それなのに恩を仇で返すようなことをして、薩摩の士族の特権をさんざん剥奪しておいて恩を着せるようなことをいうなんて」
これはダメだ、と川村は内心でため息を吐いた。薩摩の中にいると、ここまで見識が狭くなってしまうのか、薩摩にだけの特例を認めるなというのは長州出身者を筆頭に全国津々浦々にいると言っても過言ではない、それなのに薩摩だけの特例をもっと認めろ、というのではどうにもならない。
「せめて、一度だけでいいから、西郷さんと面会の機会を作ってほしい」
「分かりました。交渉はします。でも、西郷さんが会ってくれるとは限りませんよ」
「桐野利秋さんから言われました。最早、ここに至って会う必要はない、と。西郷さんも同意見とのことです」
「西郷さんに直接は聞いていないのか」
「直接、私も会いましたが、周囲は完全に私学校党の生徒らに固められていました。西郷さんは、一言、最早むつかしきこと、とだけ諦めたように言われました」。
川村は絶望した。完全に西郷さんは私学校党に取り込まれている。川村は二月十一日早朝に鹿児島を出発した。船上で川村は思わず涙をこぼした。私は生きて鹿児島の地を踏むことは無いだろう。西郷さんにそこまで思いつめさせ、故郷の人々にあのように思われようとは。後悔しても後悔しきれない。