第32章ー一つの終わり
大鳥圭介は手にしたばかりの電報を手にして荒井郁之助局長のもとへ向かった。荒井は局長室に在室していて、大鳥を出迎えた。
「昨日、長崎に海兵隊員全員が帰還した旨の連絡が届きました。これで、台湾からの撤兵はすべて完了しました」
「報告、ご苦労。それにしても、わざわざ自分で来る必要はなかったろう」
「この後のことも合わせて話し合いたかったもので」
「ま、掛けたまえ」
荒井は席を勧めた。大鳥は腰かけて、荒井が話しかけるのを待った。
「それにしても、台湾に出兵したことについて、少なくとも新聞は非難囂々だな」
「仕方ありません。陸軍、海兵隊、軍夫、全部合わせて4000人近くを台湾に派遣しました。軍夫関係が明確ではないので、その内400人以上としか言えませんが、陸軍より軍夫の方が犠牲者比率が少ないとは思えないので、まず間違いなくそれくらいは台湾で亡くなっています。しかも、ほとんどが戦病死で、実際の戦死は最大限に見積っても9人です。派遣した人員の1割以上が戦病死するなんて、これほどの事態が起きるとは思いませんでした」
「海兵隊は万全の準備を整えたつもりだったが、5パーセント程が戦病死した。万全の準備ではなかったな。反省せねばならん」
「陸軍は15パーセント程が戦病死しました。軍夫は不明ですが、陸軍並みというのが新聞報道です。軍夫は陸軍が統括しますが、民間が集めた軍属扱いで正規の軍人ではありませんからね。正確なところは誰も把握していません。それを思えば、我々海兵隊の方が遥かにマシです」
「事実ではある。台湾に赴かなかった屯田兵村では、開拓使に対する請願を行う動きが激しくなっているそうだ。戦争の際には、陸軍ではなく海兵隊の指揮下に入りたいとな。銃弾や斬撃で死ぬのは覚悟して屯田兵に志願しているが、戦病死はしたくない、陸軍より海兵隊の方が遥かにいい、という理由だ」
「確かに陸軍と海兵隊でこれだけ差が出ては仕方ないですね。戦費の面でも新聞は非難囂々みたいですが、本当のところはどうなのです」
「清国の払った50万両というのは、日本円で67万円程だ。台湾出兵の直接の費用に1260万円が掛かっているし、輸送船舶の購入に770万円払っている。更に三菱や大倉の言い値で買っていて、本当はもっと安く済んだとか、三菱に払った金の一部は土佐人のつながりで板垣退助らの買収に支払われたとか、怪情報が新聞では流れている。怪情報を差し引いても大赤字だ。新聞が叩いても仕方ない」
「その犠牲になったのが、西郷従道陸軍中将ですか。最終処分はどうなるのでしょうね」
「陸軍は予備役編入処分を下すらしい。何と言っても西郷隆盛の実弟だ。そう大きな処分はできん。西郷から進退伺を出して、予備役編入という流れらしい」荒井は言った。
「茶番もいいところですな」大鳥は皮肉った。
「海兵隊は、今後どうなるのでしょうね」大鳥はひとりごちた。
「台湾出兵を何とかしのげたのが救いだ。台湾出兵を受けて、屯田兵は海兵隊の管轄になりそうな流れだしな。台湾出兵によって、徴兵されるよりも海兵隊に志願した方がいいという世間の流れもあるみたいだ。多くの新聞も海兵隊にはかなり好意的だ。あの新選組の旗も思わぬ影響を及ぼした」
荒井は、大鳥に答えた後に続けた。
「後、数年がカギだ。それによって、今後が決まるだろう」