第25章ー幻想
土方歳三は高熱からくる幻覚と現実のはざまにいた。自分は台湾に派兵されて、マラリアに感染したのだ、と頭の中ではわかっている。だが、幻覚がそれを妨げ、幻想の中へといざなっていく。
「土方中隊長がいきなり倒れました」
「何だと、そうっと担架に乗せて病院に運び込め、土方中隊長を死なせるわけにはいかん」
「はい」
誰かが自分を担ぎ上げ、担架に乗せられ、病院に運び込まれ、着替えさせられ、布団の中に自分を連れて行く。頭の中は、ぼうっとしながらも何とか周囲の状況は分かる。しかし、声が出ない。軍医が駆け付けて、自分を診察し始めて、薬を飲ませようとする。苦すぎる薬だ、頭痛がひどくなりそうだ。何とか飲み終えると気が緩んだのか、土方はまた、失神した。
土方は、幻想の中をただよっていた。多摩の川の土手だ、一緒に走っているのは幼なじみの、あれ、名前が出てこない。そして、奉公先にたどりついてみると、番頭が何が気に食わないのか、自分を怒鳴りだしたので、殴りつけて奉公先を飛び出した。また、気が付くと、剣道場にたどりついていた。いつの間にか、竹刀も握っている。試衛館が、なぜここにある。
ここは京の街だ。横にいるのは、他の新選組の仲間たちだ。巡回に一緒に出ることにしたのだろうか、いや、そうじゃない、近くで一杯飲もうということにしたのだ。久しぶりに外で気の合う者同士で飲む酒は本当にうまいだろう。
ここはどこだ。戦場なのは間違いない。俺の愛刀はどこだ。いや、銃が必要だ。敵が銃撃してくる。撃ち返さないと自分がやられる。
次に気が付くと終の棲家に決めたあの村に帰っていた。囲炉裏端に、琴がいて繕いものをしている。今年も豊作になりそうで、本当に良かった。自分で作った米が食べられるようになるとは、この村に住みだしたころにはとても思えなかったものだ。長男の勇司には剣術の才能があるのだろうか?そろそろ10歳に近くなってきたのだ。剣の指導をしてもよいだろう。それにしても自分に4人もこどもができるとは思わなかったな。あれ、待て、勇司はまだ4歳の筈だ。おかしくないか?
更に気が付くと、どこかの川端に立っていた。川向こうの花畑で、野稽古をしているのか、近藤勇局長と沖田総司が竹刀を向けあっている。自分も一緒に稽古をせねば。土方は川を渡ろうとした。すると近藤局長と沖田は、それに気づくや否や、猛然と自分に近づき、竹刀を振り回して、川を渡らせまいとしだした。なぜだ。なぜ、自分は川を渡ってはいけないんだ。
土方は、目を覚ました。高熱のせいか、酷い寒気もするし、頭がずきずきし、吐き気もして、ひどい気分だった。病衣も汗のせいか、ぐしょぬれになっている。とても、自分ひとりでは起き上がれない。幻想の中のことを思いだし、最後に見た川のことを考えた。あれは三途の川ではなかったか。あの川を渡っていたら、そこまで考えると、もう出ないと思っていた汗がまた流れ出した。
最後の方にでてきたのは、土方さんの想像どおりです。土方さんは本当に危ういところでした。