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第20章ー荒井

「何度でも申し上げますが、現在の準備状況では、台湾への出兵には反対であると海兵隊は申し上げざるを得ない」荒井郁之助海軍大佐は断言した。

「臆病者だな、さすがは抗戦もせずに降伏した元幕府海軍の一員だけはある」

 聞こえよがしにいう陸軍の1人の科白は敢えて無視した。大方その幕府海軍を恐れて、幕府海軍が降伏しなければ慶喜公を斬首すると脅迫しまくった末に幕府海軍を降伏させた薩摩出身者に間違いない。

「大体、台湾の気候風土は知っておられるのですか。また、台湾における疫病対策はできているのですか」荒井は反問した。

「そんなもの病は気からというだろう。精神力で何とでもなる」

「ダメだ、こりゃ。陸軍はバカ揃いとみえる。精神力で病が克服できるのなら、長生きできますよ」

「陸軍をバカ揃いだと。臆病者が何を言う」

「疫病対策くらい講じられないのにバカと言って何が悪いのです」荒井は言い返した。


 明治7年3月の東京、陸軍と海兵隊で台湾出兵の実働派兵人員等に関して激論が続いていた。海兵隊の本音をいうと台湾出兵に海兵隊からは1人も出したくない。現地でマラリア等により大量の犠牲者を出す可能性が高いからだった。しかし、海兵隊の現状がそれを許さない。海兵隊が台湾出兵に赴かずに陸軍だけ出兵することは海軍本体からの海兵隊廃止論を勢いづかせ、海兵隊廃止につながりかねないのだった。そこで本当は台湾出兵自体を阻止したいのだが、現在の政府首脳を務める大久保らは征韓論を潰した代償からか征台論を唱えており、台湾出兵の阻止はできないというのが荒井や大鳥圭介ら海兵隊首脳部の見立てだった。そこで、最終的な落としどころとして荒井や大鳥が考えていたのが、少しでも現役海兵隊員の犠牲者を少なくしつつ台湾出兵に海兵隊は参加するという方策だった。だが、この方策は針の穴を通すような困難を伴っている。


「台湾出兵の規模はどれくらいを想定しているのですか」

「全部で実戦部隊は2個大隊、後は軍夫等で3000名余りというところだ」

「そのうち1個大隊は海兵隊から出しましょう。ただし、その内2個中隊は屯田兵から出したいと考えます。明治3年から屯田兵は整備されてきました。実戦投入が可能と考えます」

「屯田兵は本来、陸軍が管轄すべきものだ」

「屯田兵は開拓使の下にあります。陸軍でも海兵隊でも構わないはずです」

 荒井は平然と言った。実際、屯田兵設置当時は海軍省、陸軍省は無く兵部省が存在していた。そして、屯田兵の主眼は北海道開拓に置かれたために、まずは開拓使の下に屯田兵を置くことになり、有事の際に兵部省が軍事面の指揮を執ることになっていた。そして、海軍省、陸軍省が分立した際に有事の際に海軍省と陸軍省のどちらが屯田兵の指揮を執るかという件について議論が巻き起こった。陸軍省が指揮を執るのが筋のように思われるが、北海道で有事の際に先に駆け付けれるのは明らかに海兵隊が先だった。更に屯田兵の装備は海兵隊と共通の物が多く、その点からも海兵隊が所属する海軍省が屯田兵の指揮を執るべきだという主張が起きていて、明治7年現在、結論は明確には出ていない。


 議論に疲れてきたこともあったのだろう。会議を主催していた西郷従道陸軍中将が発言した。

「それくらいは妥協してもよかろう。その代り、屯田兵中隊2個を含む海兵隊1個大隊を台湾派兵に備えて、4月中には長崎に準備を整えて集結させることを海兵隊は確約してもらえるか」

「海兵局長の名誉にかけて確約します」荒井は発言した。いよいよ海兵隊が陸軍と共に台湾に出兵する時が来たようだった。

 

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