第12章ー土方
「誰と結婚して行くのか、だと」
思わず土方は叫んでいた。荒井は、土方は何を言っているのだ、というような顔をしている。
「屯田兵になりたい、というから、当然、結婚して行くのだと思ったのだが」
少し情景からさかのぼる。土方歳三は、明治2年末に牢生活から釈放された。牢生活は事前の想像より良かったし、思ったより短くて済んだ。実家からの差し入れもあったし、榎本や勝からの働き掛けがあったためだろう。明治3年の正月を実家で過ごすことにして、土方は正月を実家で過ごしたのだが、その際に父代わりの長兄から言われたのが、速やかに許婚と結婚しろということだった。新選組に入る前からいる許婚なのだが、ずるずると引き延ばしてしまったために、土方自身はとっくに破談にされたと思っていたが、許婚の方は土方を待ちます、と言い張っていたために、未だに許婚のままになっていたのだった。土方は長兄の言葉に対し、返答を濁していた。思うところがあったからだ。
海兵隊の将来の指揮官として、土方は荒井から目をつけられていた。荒井は牢中の土方に対して、牢から釈放された暁には海兵隊で働いてほしい、と手紙を何回か送っていた。しかし、土方としては、海兵隊で働くよりも蝦夷地という新天地で一旗あげたいという思いがあり、荒井の誘いを謝絶して屯田兵の一員となりたい旨を、明治3年の1月に荒井に伝えに来たのだった。荒井は慰留したが、土方の考えが固いことから、これ以上の説得を断念して、屯田兵の一員に紹介する旨を承諾したのだが、その直後に荒井が
「土方も結婚して行くのか、誰とするのだ」
と言ったことから、冒頭の情景に至ったのだった。
荒井は土方に誤解があることにようやく思いが至ったようだった。
「屯田兵が一戸当たり、どれほどの農地が与えられると思っているのだ」
「一町歩といったところだろう。それくらい自分1人で何とかなる」
「知らなかったのか。5町歩だ。だから、屯田兵に志願する者は妻同伴どころか、親兄弟まで連れて行くのが当たり前だ」
「何だと」
「蝦夷地で屯田兵村を設置しようとしているところは、寒すぎて今のところは米が取れないんだ。だから、芋や麦、蕎麦を栽培すると共に、養蚕や亜麻栽培等で現金収入を得させようと榎本さんは四苦八苦している。これだけ広いと牛馬で田畑を耕さないとやっていけないしな。だから、結婚して行くのは当然のことなのだが」
「そんなところだったのか」
「どうする。今ならまだ海兵隊の仕事をあっせんできるぞ」
荒井は何とも誘うような口調で話した。土方は答えた。
「こうなったら意地だ。俺は屯田兵として蝦夷地に行くぞ。許婚も実は俺にはいるしな。蝦夷地に連れて行くのは気の毒だと思っていたのだが、何としても一緒に行きたくなった」
「全く意地っ張りな奴だ」
荒井は感心したような口調で答えた。
「屯田兵村の村長職をあっせんしてやる。本来、屯田兵は20歳前後を募集する予定だった。だから、お前は実は年齢的には無理がある。だが、村長としてなら問題ない。むしろ、屯田兵の指導者としてお前は適任だ」
「心から感謝してやる」
土方は道化て答えた。