第11章ー荒井
「何度でも申し上げますが、海軍には海兵隊が必要不可欠です」
荒井は対峙している薩長から派遣された海軍の軍人、井上という名前だったと思うが自分には覚える気にはなれない、に対して言い放った。
「今の海兵隊は、海軍所属の小規模な部隊に過ぎませんが、接舷戦闘の際には海兵隊が艦内にいないとどうにもなりません。また、小規模な海軍独自で行う上陸作戦戦闘、更には陸軍の作戦支援等の任務をこなせます。ペリー提督が浦賀沖に来航したときに200名もの海兵隊員を率いていたのを知らないとは言わせませんぞ。対馬にロシアが海軍基地を建設しようとした際に、幕府が困惑しましたが、こういったときに海兵隊が常設されてさえいれば、至急、幕府は海兵隊を派遣して速やかに問題を解決できたはずです。また、現在の海軍内の風紀は決して好ましいものとはいえません。そういった問題を取り締まるのも海兵隊の役目です。海兵隊がいかに必要かは、これまでに挙げてきた理由を述べても分かりませんか」
幕府海軍が降伏した際に、薩長が行ったのが、幕府海軍に監視の軍人を派遣することだった。一方で、薩長海軍の軍艦に幕府海軍の軍人が派遣された例は、明治2年の今のところ全くない。あからさまな幕府海軍差別だった。それを思うと、荒井の腸は煮えくり返る思いがする。それはともかくとして、荒井には海兵隊の強化に強硬になる理由があった。榎本からの依頼だった。屯田兵を海兵隊の指揮下に置かねばならん、屯田兵の中心が旧幕臣、徳川家の家臣である以上、薩長からすれば弾除けにされるのが目に見えている以上、対抗手段を考えねばならない。また、幕末に対馬で見えたロシアの野心を見るにつけても、樺太どころか北海道まで下手をするとロシアは獲得しようとするに違いないのに、薩長が行う屯田兵の増加規模は年間で中隊レベルに過ぎない(本当は北海道の農業の困難さが最大の要因なのだが、荒井には分からなかった。)。これで、ロシアの南下を防げるものか、屯田兵は死地に赴け、と言われているようなものではないか、というのが荒井の思いだった。屯田兵となった旧幕臣、徳川家の家臣を守るためにはどうするか。海兵隊を常設のものとし、何とか1000名程度、実戦部隊を海兵4個中隊程度に拡充維持して、いざという場合に動けるようにしておこう、というのが荒井の基本的な考えで、それを(本音を押し隠して)薩長の軍人に説いていた。それに、海軍の風紀の悪さは実際問題として目に余るものがあった。戊辰戦争を通じて、幕府海軍、薩長海軍共に実戦を中途半端に結果的に経験したためか、上官を上官とも思わぬような雰囲気が横溢しており、取り締まりは焦眉の急となっていた。薩長から派遣された軍人はようやく口を開いた。
「荒井さんの考えは分かりました。困難とは思いますが、政府や海軍内部を何とか説得してみます」
荒井はとりあえずほっとした。