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第116章ー土方歳三と中村半次郎

「西郷さんが自決したぞ」ひたすら前へと進んでいた桐野利秋の耳に、政府軍の兵士の叫び声が聞こえてきた。桐野は思わず一瞬、瞑目した。目を見開いた桐野は周囲を見回し、あらためて誠の旗を睨んだ。

「あの旗の下には土方歳三がいる。あの男と一騎打ちをし、刺し違えた後、西郷どんの供をしてあの世へと逝こう」桐野は決心を固め、誠の旗の下へと部下と共に走った。


 土方は、周囲を見渡しながら、第3海兵大隊の指揮を執っていた。気が付くと、斎藤一も永倉新八も島田魁もいなかった。皆、西郷軍との乱戦で奮闘しているのだった。そして、土方の近くまで迫る西郷軍の兵も何人かいたが、土方の周囲の兵が撃退していた。だが、明らかに気色の違う西郷軍の兵数人が、更に迫ってきた。その先頭に立った男が叫んだ。

「土方だな」

「いかにも」土方が返答した。

「桐野利秋だ。いや、中村半次郎と名乗らせてもらう。最期の戦いだ。刺し違えさせてもらう」中村は思い切り突っ込んだ。土方の周囲の兵が阻止しようとするが、鬼気迫る中村の表情に腰が引けてしまっている。土方は、兵の様子を見て、前に出て叫んだ。

「よかろう。だが、刺し違えはせん。天然理心流の真髄を見せてくれる」

「こちらこそ、薬丸自顕流の精髄を見せてくれるわ」中村が叫んだ。

 中村は初太刀に全てを賭けた。土方は刀を中段に自然に構えて、中村の初太刀を待った。

「キェー」中村は全力で刀を振り下ろした。土方は、ぎりぎり見切ってかわしたと思ったが、わずかに遅れた。中村の初太刀は、土方の左の鎖骨を折り、肋骨を何本か切った。だが、土方の返しの刀も、中村の腹を存分に割いた。中村は、力が抜け、刀を取り落して倒れた。一方、土方は、苦痛をこらえながら、刀を右手のみで持ち、倒れた中村にトドメを刺した。土方は叫んだ。

「西郷さんも死に、桐野さんも死んだ。速やかに西郷軍の兵は投降しろ。投降すれば殺しはせん。」その声の中に込められた気迫を感じて、桐野の部下は武器を捨てて投降した。

「土方少佐」周囲の兵が駆け付けてくる。その中には、永倉や林忠崇の姿も見えた。

「あいつらは無事か」その姿を見て、土方の気が緩んだ。血が止まらないのも加わり、気の緩みから意識が段々遠のいてくる。土方は地に倒れた。


 永倉は後悔の念を思わず抱いた。林も同様だった。わずかな隙を桐野に突かれてしまった。だが、できる限りのことをするしかない。近くの家から戸板を外し、土方少佐を乗せて、野戦病院に担ぎ込んだ。運ぶ際の衝撃で土方少佐は気づいたが、今度はひどい痛みに苦しむ羽目になった。野戦病院の軍医は土方少佐をわずかに診察した後、首を横に振って、取りあえず血止めの包帯を巻き、苦痛を軽くするためのアヘンチンキを土方少佐に飲ませて、布団の上に横たわらせた。痛みが軽くなり、土方少佐はなんとか話せるようになった。

「戦はどうなった」

「西郷さんの自決、桐野さん等の幹部の戦死、そういったことから、西郷軍の兵士は続々と投降しています。戦は本当に終わりました」林が答えた。

「それはよかった」土方は天井を眺めた。アヘンのせいで、眠気が押し寄せてくる。島田や斎藤も、土方の死に目に会おうと駆け付けてきた。だが、既に人が充満していて、中々近寄れない。それを横目で見ながら、土方は目をつぶった。アヘンによる幻覚作用のせいもあるのか、これまでの人生が走馬灯のように浮かび上がってくる。

「近藤さん、新選組の仲間たち、それから、戊辰戦争以来の知己たち、今から自分もそちらに行く。それから、琴、子どもたち、村に生きて帰るという約束を守れなくてすまん」土方は心の中でつぶやいた。土方は眠るように息を引き取った。

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