第106章ー鹿児島救援
「実戦は初めてか」第2中隊長の梶原雄之助大尉が新兵に声をかけるのが聞こえてきた。鹿児島奪還に一兵でも多く投入したためか、重富は見張り程度の兵しか西郷軍はおらず、半分脅しを兼ねた数発の艦砲射撃でその兵も鹿児島へと急を知らせに走って行ってしまった。そのために重富への海兵隊の上陸は無血で成功した。上陸後に海兵隊は隊列を速やかに整え、林忠崇大尉の第1海兵大隊は先陣を切って鹿児島へと急いでいたのだが、八代での補充の新兵もそれなりにいる。そういった新兵は、実戦を前に多くが緊張しきっていた。
「はい」と新兵が口々に答えた。
「まず、生き延びることを考えろ。いいな」梶原大尉が新兵に話すのが、林大尉に聞こえてきた。新兵は顔を思わず見合わせていた。
「敵を倒すのは、まず生き延びてからだ。歴戦の兵というのは皆、生き延びてこそなれる。それを頭に叩き込んでおけ」梶原大尉が新兵に言い聞かせていた。林大尉は、いいことをいう、と感心した。まず、生き延びてこそだ、新兵にはそれがまず第一だ。そう思っているうちに、西郷軍の警戒線に林大尉率いる第1海兵大隊は接触した。
「いよいよ来たか」別府晋介は達観した顔をしていた。傍にいる桂久武らも同じような顔をしている。西からは大口から撤退する西郷軍を追撃してきた政府軍3個旅団が、北からは重富に上陸した海兵隊3個大隊が鹿児島を攻囲していた西郷軍を逆に包囲しようと迫ってきている。大口から撤退してきた辺見は、別府らに最期の一戦を挑むように訴えたが、西郷さんに合流すべきだという大勢に結局は同意した。
「海沿いを行くのは艦砲射撃を考えると無理だ。何とか山道を抜けるぞ」別府らは西郷軍を率いて速やかな撤退を策した。辺見は1人、意気軒昂で殿軍を買って出た。蒲生へ加治木へと目指して、西郷軍は撤退を開始した。
「どう見ても山から逃げる気だな」林大尉は西郷軍の軍気を見ていった。
「どうしますか」梶原大尉が尋ねた。
「適度に追撃をかけるが、無理はしない。窮鼠、猫を噛むというだろう。噛まれたくない。このあたりの地理に我々は不案内だ。下手に山に入ると逆撃されるぞ」
「それが無難でしょうな。新兵に実戦の空気を味わせるだけにしますか」
「一応、大鳥大佐の指示は仰ぐがな」林大尉は大鳥大佐に伝令を走らせた。大鳥大佐の判断も林大尉と同様だった。海兵隊は形ばかり西郷軍を追撃した後、追撃を止めた。一方、大口から来た陸軍は西郷軍の追撃に掛かった。結果的に鹿児島救援の名を海兵隊が取り、鹿児島救援の実を陸軍が取った。
「海兵隊が来てくれたぞ」見張りの声が響いた。鹿児島を死守していた陸軍、海兵隊、警視隊の面々は全員蘇生の思いがした。幾ら港からの補給があったとはいえ、陸路は完全に包囲されているというのは重圧だった。それが6月22日の夕方、ようやく終わったのだ。
「土方少佐、誠の旗を持って先頭に立って、鹿児島に入ってください」
「俺は見世物じゃないぞ」
「いいじゃないですか」第3海兵大隊は、鹿児島へ入るのに土方少佐を先頭に立てることにした。土方少佐は嫌がったが、永倉新八らが押し切った。その光景を見て、写真師が土方少佐の写真を撮り、多くの新聞を飾った。




