護朗の日常08
「始めまして!にとです!」
可愛らしく首を傾げながら登場したのは真っ白なうさぎ(もどき)だった。体毛は白く輝き、黒と藍色の中間色であるドレープたっぷりの膝丈ワンピースの上に純白のエプロンを纏ったその姿は愛らしいことこの上ない。
頭に載せているカチューシャも可愛らしさを倍増させていた。
そう、にとはメイド服姿だった。
「にと、ちゃん?」
「はい!これから宜しくお願いします、ご主人様!」
護朗よりバージョンアップしているのだろう彼女は愛らしい赤目を僅かに眇めて首を傾げる。
「お兄様。」
そうして年頃の女性らしい高めの声で愛する人を呼ぶかの様な呼び声で護朗を呼ぶ。
「え、僕、ですか?」
「はい!お兄様。」
真っ白な白い足を動かしてにとは護朗に飛びついた。
「お会いしたかったんですお兄様~。」
ああ、和む。
たとえ中身は護衛(というより戦闘と付けた方が良いのではと思われる程の潜在能力を秘めていたとしても)ぬいぐるみもどき同士が抱きついている姿はとても人の心を癒す力が秘められている。
その場に柔らかな空気が漂った。
「じゃあ、にとは僕の妹?」
「はい!二十と書いてにとと読みます。」
「・・・なんでその名前。」
思わず宇治が突っ込んだ。
「私、二十番目の子なんです。」
笑顔のにと。
「二十番目?」
「あ、ちなみに僕は五番目なんですよ。」
五番目だから護朗なんですと護朗も笑顔だ。
「他の番号の子は?」
すると二人は突然手を合わせて声を揃えて言う。
「「お亡くなりになりました。」」
言うと同時に博士が後ろでトライアングルを鳴らす。
「こんな会話になると思わなかったから木魚とか忘れてしまったよ。」
「あら、トライアングルを持っている時点でその気があると思われますよ博士。」
「科学の進化には犠牲はつきものだから。でもいい子達ばっかりだったんだよ。」
「過去形という事は既に壊れて・・・。」
博士は眼鏡をずらして目尻を拭う。
訪れる沈黙。
が博士は思い直したように笑顔を作った。
「それはともかくとして。護朗とにとは特別なんだ。私の能力と能力と才能と少しの趣味が混ざった傑作だからね!」
趣味が大半ではと譲以外の全員が思ったが笑顔の護朗とにとの前でそんな事は言えない。
「じゃあ、にとちゃんは護朗と同じタイプなんですか?」
「違うよ。にとはあくまでも護朗の下の子として作ったからね。家事全般と事務とか得意にしておいた。」
「宜しくお願いします。」
「工藤さんには連絡頼むね~。」
じゃ!と博士は帰っていった。
にとは笑顔で手を振っている。
そうしてそのままの状態で譲と護朗に向き直った。
「これから宜しくお願いいたします。」
頭を下げる仕草は可愛らしいが斜め35度を保っており、優雅に見える。
「宜しく。にと。」
譲が笑顔で応えるとにとは笑顔で早速キッチンへ。
「お兄様、ご主人様のお茶の好みを教えてください。」
にとの笑顔に護朗も嬉しげにいそいそと壊れた被り物を放置して行く。そうして教えている姿は和む事この上ない。
「可愛らしいですね。にとという子。」
宇治の一言に譲は笑顔で頷き、楽しくなりそうだと思っている事がありありと分かる程綻んでいた。
楽しく会話をしながらお茶を淹れている二人の邪魔にならないように荒川はさりげなくキッチン側へと立つ。少年少女らしい声に和みつつ会話に耳を澄ませると。
「ではお兄様。ご主人様のお茶を買いに行く時私もご一緒してもいいですか?」
「勿論!僕の妹なんだから。」
「一緒に頑張れるなんて嬉しいです。」
お茶を淹れる暖かい音が響く中、にとは朗らかで愛らしい声で小鳥の様に護朗に色々な事を尋ねる。
「お兄様はいつもあのようなものを被っているのですか?」
「いつもじゃないけど、楽しいよ?」
「そうですか。私も作って貰ってお兄様とお揃いにしてもいいですか?」
「勿論!博士の所からも借りられるけど、殆どは佐々木さんが持ってきてくれるんだ。」
「・・・・まあ、佐々木様が?」
「うん。行事に必要不可欠なんだって。譲様もきっと喜ぶからと言って持ってきてくれるんだ。」
その瞬間、キッチンの温度が下がった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、そうでしたの。」
「うん。」
護朗は体感温度システムは付いていないので温度が下がったことに気付かない。
「それは・・・今度佐々木様にお礼を申さなければなりませんね。」
にとは笑顔だ。
「どうして?」
「私も作っていただこうと思いますのでお願いがてらお兄様の服のお礼を。」
荒川は此処は外だっただろうかと一瞬現実を省みるが、体感温度は益々下がっていく。
「そうなんだ!じゃ、僕が佐々木様の携帯電話の番号持っているから後で教えてあげるね。」
「お願いします。」
「いいよ。妹なんだから!」
嬉しげな護朗。
笑顔のにと。
荒川はその場から足音を立てずに離れて廊下に出ると溜息を吐く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんであの博士が作るものは厄介なのが多いんだ。まあ、これで佐々木さんも少しは懲りるだろう。」
その事をどう譲に伝えような思案していたその時。
「荒川様。どうなさいましたの。」
後ろにお盆の上にお茶を載せたにとが立っていた。
荒川は武闘派だという事もあり、突然背後を取られたことなど一度も無い。
その荒川の後ろに何の足跡も気配も残さずにとは立っていた。
「いや、ちょっと携帯で工藤さんに連絡しようと・・・思って・・・。」
背中に冷たいものが流れながら言い訳をする荒川ににとは笑顔で頷く。
「そうでしたか。お茶が入りましたので早めに戻ってきてくださいね。それと工藤様にも宜しくお伝え下さい。」
「わかった・・・。」
楚々とした足取りで去っていくにとを見送りながら安堵の息を吐く。
「ああそれと。」
が、にとは立ち止まり笑顔のまま荒川に向かって一言。
「ご主人様には他言無用で。」
その笑顔はロボットとは思えない程。
黙って頷く荒川を確認したにとは元通りの可愛らしい笑顔で去って行った。
博士の特別製ロボット第20号。にと。
お兄様とご主人様至上主義の家事、武道、接客等が完璧なロボットは浅見譲の庇護の下、可愛らしい笑顔を振りまきつつ害ある者に対しては護朗以上に容赦ない行動とナイフより鋭い鞭と言動で周りの者を戦々恐々とさせる存在となっていくのであった。