勇者は青銅の剣と革の鎧と銀貨五十枚を与えられて旅立った
よく言われる『ドラゴンクエスト』とかで王命で魔王討伐に行くのに与えられるのが五十ゴールドとかどうよって話への俺なりの回答。
「よくぞ来た、伝説の勇者の血を引きし者よ。知っての通り、暗黒魔界より現れし魔王率いる魔王軍は我々の世界を征服しつつある。既に滅ぼされた国もあると聞く。もはや世界に残された最後の希望は、お主だけなのだ」
「はっ」
王の前に跪いたその少年は、まだ幼いと言っても良いほどだった。身体付きも戦士として完成しているとはとても言えない。だが、その瞳に宿る力強い光は、まさしく勇者と呼ぶに相応しい者のそれだった。
「ささやかではあるが武具と銀貨を用意した。旅の役に立てるが良い」
その言葉に応じ、横手から文官が現れて王と少年の間に宝箱を置いた。
少年が宝箱を開く。
中身は――革製の鎧に、青銅製の剣、そして銀貨が五十枚。
「…………」
鎧を身に着け、剣を剣帯に下げ、銀貨を雑嚢に収めると、少年は立ち上がった。
真っ直ぐに王を見る。王もまた少年を見返す。そしてどちらからともなく、大きく頷いた。
「行け、勇者よ! 見事魔王を討ち果たし、世界に平和を取り戻すのだ!」
「はっ!」
言葉と共に少年は踵を返すと、謁見室の出口へ向かった。
「武器や防具は装備しないと意味が無いぞ」
「城の外に出てしばらく歩くとやがて夜になりましょう。闇は魔物どもに力を与えます。お気を付けて」
衛兵や文官の言葉に一つひとつ律儀に頷きながら、少年は、否、勇者は冒険の旅へと出た。今はまだ小さなその双肩に世界の運命を担って――
「行ったか……」
勇者が旅立ったのを見届けると、王は小さく呟き、嘆息を一つ漏らした。
王たる者としての勤めを一つ、果たすことが出来た。
勇者は必ずや魔王を討ち果たすだろう。今はまだ未熟で、たった一人で、装備も頼りなく、城の周辺の最弱の魔物にすら手こずるだろう。だがやがて力を付け、強力な武器防具を揃え、仲間と出会い、乗り物を手に入れ、世界をくまなく回り、魔王の城へと至るだろう。
或いは旅の途中で力尽き倒れることがあるかも知れない。だがセーブをこまめにしていればそこまでの経験は決して無駄にはならないだろう。
王は謁見室をあとにすると、練兵場へ向かった。
そこでは鋼鉄の剣に鎧、盾、兜で武装した兵士たちが厳しい鍛錬を積んでいた。
この国に生息する魔物は世界でも最弱の部類で、防衛は比較的容易だった。だがその裏返しとして、兵士たちの練度の上昇には限界がある。兵士同士で模擬戦闘を繰り返すことである程度基礎能力は上げられるが、それだけでは特殊な技や魔法を身に付けることは出来ない。
だがそのことを除けば状況の多くはこの国にとって良い方向へと進んでいた。
今、世界の国々はそれぞれに魔王軍の侵攻に備えて軍備を整えている。とくに強力な魔物が棲む土地ではそれに対応するために強力な兵装が必要となる。兵士のみならず一般市民も自衛のため武具を求める。予算が必要となり、物価も上昇する。
しかしこの国では魔物が最弱であるが故にそれらはさほど必要ではない。市民の武具も青銅の剣や木製の棍棒などで十分で、世界各地から少しずつ目立たないように良質な武具を買い求め、温存する余裕がある。
国内に突発的に強力な魔物や盗賊の類が現れても、勇者がそれを討伐してくれる。
その勇者に与えた装備は倉庫の隅に残っていた三世代ほど前の制式品で、銀貨も一般市民の五日ぶんほどの生活費相当――軍の予算からすれば微々たる雑費でしかない。そしてそれ以上の補給を勇者は必要としない。
* * *
時は流れ、ついに勇者が魔王を討伐したという吉報が届けられた。
「そうか……!」
喜びに沸く城の中にあって、王は既にその次の手を見据えていた。
魔王が滅び、魔王軍は瓦解し、荒野を徘徊していた魔物どもも姿を消した。
その結果何が起こるか――魔王軍に抗するためにひたすら軍備を整え、そして疲弊しきった国々が、建て直しのために何を始めるか。
「注進!」謁見室に兵士が一人、飛び込んで来た。「西の公国が突如隣国へと攻め入ったとのことです!」
魔王城に最も近かった国だ。そして攻めこまれた隣国というのは、王子が魔王配下に寝返り王を暗殺してしまったというあの国だろう。王位が空位のままのところを突かれたわけだ。その王子はもちろん勇者によって討伐されている。
ざわり、と謁見室にざわめきが広がった。
間を置かず、似たような報告が次々ともたらされる。
王は黙ってそれらの報告を聞きながら、世界の情勢を脳裏に浮かべ、どう動くべきかを冷静に見極めていった。
「――よし」
やがて王は頷き、立ち上がった。
「兵を集めよ! 最奥の武器庫を開き、装備を分配するのだ!」
武器庫には十分な武具が温存されている。新しい鍵を手に入れたなどと言って戻ってきた勇者がいくつかの強力な品を持って行ってしまったことが何度かあったが、その際に聞き出した各国の情報と引き換えと考えれば安いものだった。
魔王が滅びれば人間同士の戦争が始まる。勇者が旅立つ以前から王にとってそれは自明の事柄だった。だからそのために準備を整えていた。
伝説の勇者の故国ということで兵たちの戦意も十分だった。勇者ならぬ身で魔王を討つことが出来ないのと逆に、国と国との戦争となると勇者という存在は実はあまり意味が無いのだが、象徴として活用出来るのならばそれに越したことはない。
「行け、誉れ高き我が兵士たちよ! 世界を統一し、平和を盤石のものとするのだ!」
「「「「応!!」」」」
整列した兵士たちに王は号令を飛ばし、兵士たちはそれに応じて鬨の声を上げた。
本当の戦いは始まったばかりだった。
(了)