ドベとブービー
吹奏楽部の練習が聞こえる中、僕と蛍は三階の廊下から見張りを続けていた。
場は沈黙が支配している。僕が絞り出した話題はものの5分ほどで全て消化し終えてしまった。具体的には蛍のプロフィールについて、好きな食べ物、納豆にはネギ入れるタイプか、などだ。
一応収穫もあったのだ。蛍のプロフィールについて聞いたときは、ミステリアスな彼女のことだからはぐらかされると思ったのだが、意外にも色々と教えてくれたのである。
身長161センチ、血液型はA、誕生日は9月9日、家族構成は両親と兄。あとは聞いてもいないのに何カップかも教えてくれた。反応に困った僕を見て蛍は笑っていた。
18時を回ると空も暗くなってきた。未だに根本くんの姿はない。今日はもう来ないかもしれないな、と思い始めた時、廊下の向こうから数人の女子が歩いてきた。
その中に見慣れた姿がある。妹の小夜だ。
そういえば小夜は、吹奏楽部に体験入部してみると今朝言っていた。この時間まで活動していたと思われる。
こんな冴えない男が兄だと思われるのも可哀想なので、小夜とは目を合わせずノーリアクションを貫くことにした。
「兄さん、夏目さん、こんなところで何をしてるんですか?」
思惑は外れて小夜の方から話しかけてきた。小夜の友人たちは、いきなり先輩に声をかけた小夜に驚いた様子だった。
しかし何をしていると言われても困るのだ。まさか君の兄が嫌がらせを受けていてその犯人の特定のために見張りをしているなどとは言えない。僕にも男としてのプライドのようなものがあったりなかったりするのだ。
かといって上手い答えが見つからない。廊下で何をしてるんですかね、僕らは。
「ただ雑談してただけだよ。小夜ちゃんは今帰り?」
「はい。夏目さんたちはまだ帰らないんですか?」
「そうだね。今ちょっと話が盛り上がってるから」
さっきまでお互いだんまりだったとは思えない台詞である。
「そうなんですか。……では私は先に失礼しますね、兄さん、夏目さん」
「うん。もう暗いから気をつけてね」
「できるだけ、明るいところを通ってな」
「はい」
小夜は少し訝しんだ様子だったが、蛍の有無を言わせない笑顔のおかげか、追求はしてこなかった。
小夜たちの背中を見送った後、蛍は僕を見て苦笑いした。
「薫くん、靴を持ってたら誰だって怪しむよ」
「あ」
僕の手には外履きの靴があった。犯人に帰ったと思わせるために持ってきたものだ。
道理で小夜だけではなく友達も僕の方を見ていたわけだ。確かにこんなものを持っていたら妙な目を向けられても文句は言えない。ごめんな小夜、君の兄は校内で外履きを持ち歩く変人だ。
気を取り直して見張りを再開すると、沈黙状態も再開してしまった。
蛍はこの無言の状態をどう思っているのだろう。僕なんかははっきり言ってきまずいと思っているし、なんとか会話を展開したいと思っている。しかしながら、蛍と僕の共通の話題というものは考え浮かばず、取り留めのないことしか言えないのだ。そういう話題は展開力にも欠ける。
ちらっと蛍の顔を窺う。相変わらずどの角度からみても可愛らしく、柔和な表情をしている。僕の視線に気付くと、彼女はにこっと微笑んだ。この笑顔で何人の男子がやられたのだろうか。僕はわきまえているので大丈夫だったが。
「なんだい?」
「いや……退屈なんじゃないかと」
「全然そんなことないよ」
蛍は笑顔でそう答えたが、それなら逆に聞きたい。この状態のどこに楽しい要素があるのか。
つまらなくしている原因が逆ギレしてはダサいにもほどがある。僕はその言葉を飲み込み、話題を絞り出した。
「小夜は、中学では吹奏楽部だったんだけど、蛍は」
「私はね、バレー部」
「意外だ」
「なんだと思ってたんだい?」
「……いやまあ、そう言われると、困るけど」
蛍という人間は、見た目は可憐そのものでまるで天使のようだが、性格は飄々としていて掴みどころがない。だからなのか、激しく運動をしている姿がイメージできないのだ。
「私はリベロをやっててね。あ、リベロってわかる?」
「なんか、守備的な」
「そうそう。私はアタックよりレシーブの方が好きでね――」
そうして中学時代の話を聞かせてくれた。仲間と先生に恵まれ、なかなか良い部だったようだ。
それならどうして高校ではやらなかったのかと聞くと、「気分」と軽く流された。もしかしたら触れられたくないことなのかもしれないが、蛍の場合は本当に気分で入部しなかった可能性もある。
ところでバレー部というのは部活動ヒエラルキー的にもトップ層である。男子は野球部とサッカー部がトップだが、女子はテニス部、バレー部、バスケ部あたりがトップ層だと個人的に思っている。小夜の吹奏楽部は文化系ながら体育会系の色もあるので、これも上層だと考えられる。
個人的に小夜は心配である。吹奏楽部というのは明らかに女子が多く、それゆえに内部の派閥争いなんかが発生しそうな雰囲気がある。もちろん僕は当事者じゃないのでわからないが、もし小夜がそういう争いに巻き込まれて精神を病んでしまったらと思うと、心がざわつく。上手く立ち回ってほしいものだ。
部活の話題がいい具合に盛り上がったおかげで、見張りをしながらも良い時間を過ごせた。本来、この時間はもっと重苦しいものになっていたはずだ。なにせ嫌がらせの犯人を待つわけだから。
それを回避できたのはひとえに蛍のおかげである。蛍が隣にいるおかげで陰鬱な気持ちは鳴りを潜め、女子が隣にいるという緊張感にすげ替えられた。蛍が嫌がらせのことについて話さなかったのも、多分気を遣ってくれたのだと思う。
改めてありがたい存在だと思っていると、昇降口から誰かが校舎に入ってきた。その小柄な姿を認めた時、僕の心臓がはねた。
「来たね」
蛍の言葉に僕は重く頷いた。
根本くんは手にビニール袋を持っていた。三階からだと何が入っているのかは確認できない。
僕が固唾を呑んで彼の様子を注視していると、蛍に袖をひかれた。
「もっと近くに行こう。現場を押さえなくちゃ」
「あ、ああ」
そう言われ、蛍と共に階段を降りていく。
心臓がバクバクしている。現場を押さえて、僕は何を言う? 何を聞く? しっかりとその辺りを考えておくべきだった。正直今日はダメ元だったのだ。
二階まで降り、廊下から下を確認する。根本くんは僕の下駄箱の前で止まっていた。そして、取っ手に手を掛け開けた。もうこの時点で確定といってもいいだろう。
蛍もそう思ったようで、すでに僕より先に駆け出していた。僕も急いで後を追う。
下駄箱に駆けつけると、根本くんはぎょっとした顔で僕らを見ていた。
「何をしているんだい? そこは薫くんの下駄箱だよ?」
蛍がいつもと違う笑顔で問い詰めた。
これは僕の問題なので、僕が言わなくてはダメだろう。
「ムカデも、ゴキブリも、君がやったのか」
怒りと悲しみが混ざって声が震えてしまった。
彼の返答に備え、心を強く保つ。
「そうだよ。見ればわかるだろ。今日はいろんな死骸を贈るつもりだった」
そう言って根本くんはビニール袋を持ち上げた。
僕が知りたいのは袋の中身じゃない。
「どうして、こんなことをするんだ」
「……言ってみれば八つ当たりだよ。お前は唯一俺より下の人間だと思ってたから」
「下?」
「そう。去年からそうだけど、俺は同じ底辺の友達がいた。お前はそれすらいなかった。だから俺は安心してたんだよ。ああ、こいつをハブにしとけば俺が孤立することはないなって」
根本くんは自嘲した笑みを浮かべていた。
「だけど二年になったら、お前は身の丈に合わない人間とつるむようになってた。おかしいだろ? 俺より下だったのによ。俺とお前でそんなに差があるか? 一年の頃の底辺友達は別のクラスでぼっちだよ。俺もそうだ。なのにお前はぼっちじゃなくなってた。おかしいよな?」
根本くんはタガが外れてたようにまくし立てた。
僕はそれをただ黙って聞いていた。動機の全てを聞き逃さないためだ。
「しかもお前は俺が密かに憧れてた相坂さんとも絡むようになりやがった。夏目さんですら死ぬほど腹立たしいのによ。よりにもよって相坂さんとも普通に話しやがった。あの人は孤高で、周りの目を気にしない強さがあるんだ。それをお前みたいな底辺が近付くなよ。汚れるんだよ。ほんとにふざけんなよ」
隣の蛍が前に出ようとしたのを僕が止めた。彼の言い分は全て聞いておきたいのだ。
「あと源田。お前傭兵でも雇ったつもりかよ。暴力を後ろ盾にするとか、もう雑魚の発想なんだよ。源田には力はあるけど、お前はクソ底辺のままなんだよ。勘違いしてんじゃねえよクソが。そういう強いやつに縋って底辺を抜け出そうとしてる考えが腹立つんだよ。身の程を知れってクソぼっちが!」
そこまで言うと、根本くんは荒い呼吸をした。これで全部言い切ったようだ。
彼の言い分には底辺ゆえに理解できる点もいくつかある。しかし理解できるだけで、嫌がらせを受けるのとはまた別問題である。これに関しては明らかに彼に非がある。
僕は彼の傍に近寄り、胸ぐらを掴んだ。
僕も言いたいことを言おう。
「うっせえんだよ馬鹿が! ああ!? 誰が暴力を後ろ盾にしてんだよ! ここに源田くんがいるか!? いねえだろうが! そもそも源田くんが暴力ふるってるところを見たことがあんのか!? あるわけねえよなあそんなことしねえんだから! 相坂さんが孤高だ!? 何もわかってねえ! 周りの目は気にしてねえかもしれねえが孤高じゃねえんだよ! 身の程を知れ!? 同級生だよ馬鹿が! だったらお前も蛍や相坂さんや源田くんと友達になりゃいいじゃねーかよ! 僕みたいな底辺でも話せるんだからお前ができない道理はねえよなぁ!? おい! どうなんだよやってみろよおい!」
根本くんは僕の目を見つめたまま、黙っていた。
何も言い返してこないので、僕は胸ぐらからを手を離した。
頭がぐわんぐわんしている。怒りと興奮がまだ僕を支配している。
持っていた外履きの靴をたたきに放り出し、自分の下駄箱に上履きを乱暴に押し込んだ。しゃがみこんで靴を履いていると、蛍が根本くんに話しかけていた。
「薫くんは努力してより良い学校生活を送ろうとしてるんだよ。君みたいに他人を蹴落として安心しようとしているのとは違う。……君みたいな人とは友達になりたくないね」
蛍はそれだけ言うと、自分のローファーを下駄箱から出した。
「帰ろっか、薫くん」
それに頷いて返し、根本くんの顔は一度も見ずに校舎を後にした。
夕闇の冷たい風にあたってようやく熱が冷めてきた。
嫌がらせをやめてくれ、と最初は言うつもりだった。しかし、友達のことを言われてそっちに意識を持っていかれてしまった。何も知らないのに知ったようなことを言われたので腹が立ってしまった。
もしかしたら明日の朝には、あの袋に入っていた何らかの死骸がぶちまけられているかもしれない。そう思うと憂鬱だが、そのときには先生に相談しよう。犯人は特定できているのだから。
「あ、薫くん、ちょっと待って」
「?」
ファストフード店の前で、スマホを手にした蛍が立ち止まった。と思ったらそのまま中に入っていった。え? 食べてくの?
店内は僕と同じ高校生がそこそこいたが、特に知り合いはいない。蛍は適当な席を見つけて座り、僕にも座るように促した。
四人掛けのテーブルに向かい合って座ると、蛍はスマホを見ながら言った。
「有紗が今から来るみたいだから。ちょっと一緒に待っててくれる?」
「それは、かまわないけど。相坂さんは、帰ったのでは」
「私もそう思ってたけど、図書室に居たんだって。くっくっ、本当に素直じゃないね、あの子は」
蛍は無邪気に笑った。
店に入って何も頼まないのはバツが悪いので、ポテトのLサイズひとつ頼み、それを二人で食べて待つことにした。
やっべぇ、すげー高校生っぽい! と感動していると、ツインテールの女の子が入ってきた。相坂さんである。僕らの姿を見つけるなり、つかつかとこちらに来て、蛍の隣の席に腰を下ろした。
相坂さんは何故か僕の顔をしげしげと眺めていた。
「……あなたって、感情が高ぶるとすらすらとものが言えるのね」
「え」
「もしかしてさっきの見てたのかい?」
「ええ。ついでにアフターケアもしてやったわよ」
アフターケア? と僕と蛍が声を上げると、相坂さんは不敵な笑みを浮かべて、スマホの画面を見せてきた。
その画面には、僕の下駄箱を開けている根本くんの姿があった。
「これ、あなたの下駄箱に嫌がらせをしようとしてたところ。ケイたちが帰った後、ちょっと様子を見てたんだけど、あなたにああ言われてムカついたんでしょうね。下駄箱に袋の中身をぶちまけて帰ろうとしてたみたいだから、そこを撮ったの」
「これは動かぬ証拠だね。偉いよ有紗」
「ふふふ、一応私からも忠告しておいたわ。今度やったらこれを先生に見せるって」
「……本当にありがとう」
僕は心からお礼を言った。
本来、それは僕がやるべきことだった。もしかしたら、証拠を掴まれたことを恨んで相坂さんに被害が及ぶかもしれない。そうなってしまったら、僕の責任である。今後も彼の動向には気をつけなければならない。
「ま、私もあいつの発言にはイラッとしたから。あなたがああ言ってくれてちょっとスッキリしたのよ。でも私も多少は周りの目は気にしてるから勘違いしないでね」
「は、はい」
「っていうか、あいつもあいつであんなことする行動力があるなら建設的なことをしろって思うわ。バカよね」
相坂さんの言葉には同意である。行動力はあるに越したことはないと僕は思っているが、それが悪い方向に働けば迷惑する人がいる。今回のケースを教訓にして、何か行動をするときには周囲に与える影響をよく考えることにしよう。
そう自戒していると、相坂さんが外の景色に目をやりながら口を開いた。
「嫉妬って怖いわね。そんなに自分の立ち位置が気になるものかしら。ねえ、ケイ?」
「普通の人は気にすると思うよ」
「ふぅん」
そんな二人は、あまり立ち位置を気にしていないタイプだろう。そうじゃなかったら相坂さんはツンツンな態度やツインテールはしてないだろうし、蛍ももう少し型にはまった言動をしていると思う。
結局、彼の気持ちを一番理解できるのは、同じカテゴリーに属している僕に違いない。とにかく何かのグループに属して、一定の地位を得たいというのは集団の中にいるものとしては当然の思考だろう。
一方で同族嫌悪の感もある。底辺に沈んでいるからこそ自分の評価をさらに下げるようなことは絶対にすべきじゃないと思うのだ。
ふと視線を上げると、蛍が満面の笑みを浮かべていた。
「でも本当に痛快だったよ。やっぱり薫くんはやるときにはやってくれるんだよね」
「買いかぶりでしょ」
「違うよ有紗。まず薫くんとの出会いからしてそうだったし、自己紹介のスベリ芸もだし、有紗に対する貧乳ポエムもそうだし、今日のことは言うまでもないよね。本当に面白いよ薫くんは」
今挙げられた事柄のほとんどが僕にとってはあまりおもしろくない事実であることはさておき、蛍が僕を認めてくれていることは単純に嬉しかった。
事が一段落したこともあり、今はとても気持ちが落ち着いている。油断していると妙なことを口走ってしまいそうほどに、気持ちが弛緩していた。
「貧乳ポエムは自分でも結構気に入ってる」
「はぁ!?」
「あ」
「くふふふふ」
妙なことを口走ってしまい、相坂さんにマジギレされた。残っていたポテトを全部食べられた上に、喉が渇いたと言われドリンクを奢らされた。いや、ドリンクについては喜んで奢らせてもらった。証拠写真を撮ってもらった恩があるので、こんなことくらいお安い御用だった。蛍にも見張りに付き合ってもらったお礼としてドリンクを贈った。
その後もしばらくとりとめのない話をした。もっぱら相坂さんが蛍に対する不満をぶちまけるというものだったが、僕はそれを楽しく聞いていた。
翌日。
高校に登校してくると、恐る恐る下駄箱の様子を確認した。
特にいじられた形跡はなく、下駄箱を開けてみても上履きが入っているだけだった。
その事実にホッとしていると、蛍が僕の顔を覗き込んでいた。
「よかったね?」
「ああ」
よほど相坂さんの忠告が効いたと見える。実際証拠を掴まれているわけだし、大事になったら困るのは彼だから当然とも言える。
教室に入っても、今日は僕に視線が集まることもなかった。机も綺麗なままだ。
根本くんの席に目をやると、いつも以上に小さく見える背中があった。僕から言うことは何もない。
自分の席に座ると、めずらしく僕より先に登校してきていた源田くんが声を掛けてきた。
「よお、今日は無事だったな」
そういえば、源田くんは昨日のことについて何も知らなかった。
「ああ、多分、この件は解決したと思う」
「マジかよ! 誰がやったかわかったのか」
解決の経緯を簡潔に話すと、源田くんは腕を組んで感嘆の声を上げた。
「はー、あのツインテ抜け目ないな。やっぱ怖えわ」
「まあ、今回は、それで助かったわけだから」
「いやー、昨日の昼飯んときのイチャつきを見たら嫌がらせも妥当かと思ってたが、あれが意図的なもんだったんだなー」
「……」
「がはははは! 冗談に決まってんだろ! 半分な!」
半分は本気だったらしい。源田くんの性格を考えれば理解はできるというか、公衆の面前で妙なスキンシップを見せつけられたら非モテ的には腹立たしいものである。僕だってそうだ。
「そういや向こうは謝罪とかしたのか?」
「いや。でも謝ってほしいわけじゃなく、嫌がらせをやめてくれれば、それでいいから」
「ほーん」
もともと接点がなかったもの同士だ。和解の道もあるかもしれないが、特別それを望んでいるわけでもない。僕は聖人君子でもなんでもないのだ。
「けどま、よかったな」
「ああ。でも今後の昼は、源田くんと食べるのが、いいかなと」
「はっ、お前がこっちに来るならいいけどよ」
「もちろん。そのつもりだ」
やはり男一人に対し女二人の昼食ははっきり言って異常だと思うのだ。ましてやその男一人が底辺に位置する根暗なのだから。
それに、男友達の方が気兼ねなくなんでも言えるし、気が楽だ。蛍たちとの昼食ももちろん楽しいが、緊張感も常にある。
「聞き捨てならないなあ、薫くん?」
右隣の席から不穏な声が聞こえた。
声の主に目をやれば、蛍が頬を膨らませて怒りをアピールしていた。可愛い。
「私とお昼を食べるのがそんなにイヤかい?」
「そうではなく。つまり、常識的な観点の話で」
「せっかく例の件も解決したのに、これじゃ意味がないよ」
「いや、その、後々のことを考えた結論であって」
僕が言い訳を重ねようとしていると、頭にチョップを食らった。振り返ると、源田くんが複雑な表情で僕を見ていた。
「お前の状況はめっちゃムカつくけど、それを拒否してるのを見るのもムカつくわ。愛想尽かされたらそのときは飯食ってやるよ」
その源田くんの言に蛍が反論した。
「そんなときはこないと思うけどね」
「はっ、女ってのは薄情だからな。案外近い未来かもしれねえぜ」
「くっくっ、まるで女を知っているような口ぶりだね?」
「ぐっ」
蛍の物言いに源田くんが黙り込んでしまった。安心して欲しい、僕も女のことは知らない。
今日も、いつもと変わらず蛍と一緒にお昼を過ごすことになりそうだ。