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青春リライト  作者: ぽん
一章
1/9

孤高の戦士

 春休みの最終日、僕は快晴の空を見上げながら憂鬱な気分になっていた。明日から始まる二年目の高校生活にたんまりと不安を抱えているからである。

 高校生といえば、青春の象徴とも言うべき存在だ。勉学に勤しみ、溌剌に遊び、恋の病を患う、それらを全力でまっとうするのが高校生というものである。

 そんな青春真っ盛りの時期にあって本当に信じがたい話だが、僕は高校に友達がいない。世間話をする人がいない。一緒に昼食をとる人がいない。ノートの貸し借りをする人がいない。連れションする人がいない。つまるところ、ぼっちだ。

 はっきり言って、高校一年生の僕は黒歴史と呼んで然るべきものであった。男同士の熱い友情物語や身を焦がすような色恋沙汰をものの見事にスルーし、ただ惰性に日々を生きていた。

 まっとうな高校生の日常ではない。さすがの僕もこれには危機感を覚え始めた。

 穏やかな昼下がり、本屋に行った帰り道をのろのろと歩きながら、現状を打開する策を考える。

 ……まあ、考えるまでもなく友達をつくることが必要だろうな。

 一人でも友達をつくることができれば、その友達の友達と友達になるといった具合に、人間関係を広げていくことができるのではないかと思われる。

 だがそれができるなら何の苦労もない。僕はコミュニケーション能力が恐ろしく乏しい人間なのだ。

 表情筋が死んでしまったかのような無表情、暗く濁った目、ミジンコ並の気の小ささに加え、蚤の心臓を携えている。そんなバッドステータスのオンパレードなので、人間関係をまるで形成できなかった。

 目下のところ、この性格を改善していくのが課題と言える。そのためには、僕がこれまで避けてきた他人との接触や、物事への積極的な参加が必要となるだろう。

 胸中で課題や目標を定めていると、どこからか男女の怪しげな話し声が聞こえてきた。……通りを外れた路地からだ。

 性格改善を掲げた手前、ここを素通りするのは躊躇われた。

 物陰からこそこそと路地を窺う。


「なぁなぁ、俺らと遊ぼうよ」


「飯とか奢るぜ?」


 日の差し込まない薄暗い路地に、女の子が一人、そして男が二人いた。

 ……これは、ナンパだろうか。こんな現場に立ち会うのはこれが初めてだ。おいおい大丈夫かあの子。

 男が女の子の直線上に立っているせいで顔は窺えないが、もしかしたら怯えているかもしれない。チワワみたいに潤んだ目をしているかもしれない。

 一方で、二人組の男は典型的な不良を思わせる風体をしており、僕なんかはその姿を見るだけで威圧されていた。金髪とか本当に怖い。

 ……よし、少し様子を見て、万が一のときには助けに行こう。これまでの僕だったらこんな現場は見て見ぬ振りをしていただろうが、それではダメなのだ。この状況は、僕の性格が改善できるかどうかの試金石といっても過言ではない。

 それに、こんなときのセオリーは漫画や小説で学んだ。「僕に構わず先にいけ!」これはアウトだ。完全に僕が死ぬ。

 ここはお巡りさんを頼るのが正解だ。あの二人組の男が女の子に危害を加えるようだったら百十番をすればいい。

 僕が脳内で千通りのシミュレーションをした気になっていると、それまで黙っていた女の子が口を開いた。


「くっくっ、君たちと遊んでも楽しくなさそうなんだよね」


 透明感のあるアルトが響く。女の子は喉の奥で笑いながら挑発的な事を言った。な、何を言っているんだあの子は。

 

「ははっ、言うねぇ!」


「ひゃはははは! 強気な女は俺好みだ。ベッドの上でアレしてやりたいぜ」


 ……怖すぎる。もう警察を呼んだほうがいいかもしれない。

 そんな僕の心配をよそに、女の子は構わず男共に言う。

 

「君たちは私の好みじゃないね。……でもまぁ、この状況は私好みだけど」


 あの女の子も大概危ない人なんじゃないかと思い始めた。僕があの状況に出くわしたら間違いなくビビってる。失禁してる。


「お? 俺らのこと気に入ってくれた?」


「へへ、嬉しいねぇ。じゃ、ホテル行こうぜ」


「チンピラ二人に絡まれてるこの状況が楽しいんだよ。もしかしたら白馬の王子様が助けてくれるかもしれないからね」


 そんな都合の良い話があるか! そんなのがまかり通るんだったら、僕だって絶世の美少女と魔王を倒したりしてるはずだ。

 ともかく、彼女の言葉からナンパを歓迎していないことはわかった。いやある意味では歓迎しているのかもしれないが……、とにかく携帯に百十番を入力しておこう。

 しかしポケットから携帯を取り出したときには、すでに男の一人が女の子の腕をとっていた。女の子はそれを拒絶するも、男の腕力には敵わない。彼らは強引に女の子をどこかへ連れて行こうとしていた。

 目まぐるしい展開に一瞬だけ頭が真っ白になった。そして我に返ったときには叫んでいた。

 

「こっちですお巡りさん! こっちこっち早くほら! もう女の子がアレされる寸前だから! もう僕が助けに行っちゃうよ!? 行っちゃうよ!? え!? ダメ? 警察に任せろ? 任せろってんならもっと早く走れって! 早くしないと女の子がアレされちゃうから! アレされちゃうからーっ!」


 もはや演技ではなく、本当に警察が来てくれないかなという願望の叫びであった。声が少し震えてしまったが、それでも連中にも聞こえただろう。

 それにしても久々に大きな声を出した。自分の声の大きさに自分でびっくりした。幸い、周りにはほとんど人がいなかったので、多大な注目を浴びるということはなかった。

 猿芝居をして十数秒ほど経ってから、路地の方をそろりそろりと窺う。

 すると、至近距離に女の子の顔があった。

 

「っ!?」


 予期せぬ対面に声を詰まらせ身を反らす。

 そんな僕の反応が面白かったのか、女の子は満面の笑みを浮かべて立っていた。

 彼女の身体越しに路地の奥を窺ったが、二人の男の姿はどこにもなかった。どうやら無事成功していたらしい。

 何事もなかったことにホッとしたところで、ようやく彼女の姿をまじまじと見ることができた。

 ……なんだこのできすぎている女の子は。

 歳は僕と同じくらいだろうか。見るからに整った顔立ちをしている。きめ細かい肌というのは彼女の肌のことを言うのだろう。何よりも僕の目を引いたのは、ふんわりと柔らかなミルクティー色の髪である。小さな顔にショートヘアが恐ろしいほどに似合っている。太陽の光を受けたその髪は、それ自体が光っているのではないかと錯覚しかねないほどつややかだ。白いニットに濃紺のティアードスカートという服装も、彼女の幻想的な美貌と相まって柔らかな雰囲気を醸し出している。見る者の心を和ませる可憐な容姿をしていた。そりゃナンパもされますわ。

 そんな彼女が、僕の目を見ながら尋ねてくる。

 

「さっきの声は、君が?」


「……」


 こんな可憐な少女を目の前にしたからか、情けないことになんと返したらいいものかわからなくなってしまった。「はい、そうです」と答えたら、陰から叫ぶだけの臆病者だと思われそうだし、逆に「違います」と答えても、近くにいたのにシカトしてたんだふーん最低となりそうで、僕は答えに窮してしまった。

 しかし、それは杞憂だったようで。


「君のおかげで助かったよ。ありがとう」


 彼女は微笑みながらお礼を言った。あんな臆病すぎる助け方をした手前、なんだか罪悪感を感じる。やはりヒーローはバーンと派手に登場してこそだろう。

 彼女は重ねて言う。


「くふふ、ねぇ、アレってなんだい?」


「……それは、まあ」


 アレってのはいろいろだよ。いろいろ。

 それにしてもこの女の子……さっきまで危ない状況にいたというのに平然としている。襲われたり連れていかれたりする可能性があったのにも関わらずだ。


「危ないと思ったら、すぐ逃げるとか、声を上げるとかしないと」


 気付けばそんなことを言っていた。彼女はあんな危険な状況を楽しんでいたのだ。それは注意喚起もしたくなるというものである。

 

「くっくっ。そうだね、今後は気をつけるよ」


 彼女はいたずらっぽく笑って言った。……とても信用できるものではない。

 でもまあ、それはいいか。彼女とは今後会うこともないだろう。いや、もちろん接点ができたらそれは素晴らしいことだと思うけれど、僕ごとき根暗がこんな美少女と仲良くなろうだなんて身の程知らずも甚だしい話である。

 そもそも、僕は女の子を助けたという事実だけで大満足なのだ。この事実が僕の性格改善に繋がるはじめの一歩となったような気がする。僕も案外やればできるじゃないか。

 

「……それじゃ」


 事態も収拾したので、僕はその場を後にすることにした。

 ふふ、と女の子が笑ったような気がしたが、僕は振り向かずに帰路についた。


 ◇◇◇


 その日の夜。

 家族四人で夕食をとっているときに、父さんが何気ない口調で言った。


(かおる)、明日から学校だったな?」


 うん、と頷き、漬物に箸を伸ばす。

 パリポリときゅうりを咀嚼していると、父さんが再び口を開く。


「そうか。ところで薫よ。おまえ、高校に友達はいるか?」


 あやうく気管にきゅうりが入るところだった。僕のナイーブな部分にいきなり直球を投げ込むのはやめてくれ。

 なんとか平静を装い、努めて自然に返す。


「いるよ」


 いないが。

 僕にも一応プライドというものがある。なにも母さんや妹の前で、友達がいないなどと人として欠陥があることを高らかにアピールする必要もあるまい。

 僕の答えを聞いた父さんは、含みのある笑顔を浮かべて言う。


「それならいいんだ。いやなに、おまえ一年の頃はまったく学校の話をしないから、父さん心配でな」


 ……父さんは僕に友達がいないことを察しているに違いない。でなければあんなニヤニヤとした顔にはならないだろう。しかし友達のいない息子を笑うのはどうか。

 食卓を囲んでいる母さんと妹は、こちらの話を聞いてはいるようだが口を挟んでくる気配はない。……根拠はないが、母さんは父さんの思惑をわかっているような気がする。

 なんだ、これはもしかして僕のデリケートな部分を暴こうという時間なのか。恐ろしすぎて汗が滲んできた。

 父さんが僕を試すような質問をする。


「今の高校生は友達とどんな話をするんだ?」


 知らん。


「……まあ、テレビの話とか」


「ほーう」


 どうやら僕の父さんは人を苛立たせる才能に溢れているらしい。相槌といい顔といい不愉快千万である。

 父さんは僕に追い打ちをかける。


「友達は何人くらいいるんだ? よっくんを除いて」


 よっくんとは中学時代にできた数少ない友人である。高校が違うことから最近は会っていない。


「僕とてまっとうな高校生、友達の一人や二人や三人」


「三人は、いるんだな?」


「当然」


 ゼロである。

 まずい、嘘の規模が僕の手に負えないところまできている。もう白状したくなってきた。いや、すでに見透かされているし変わらないのか?

 父さんは意地の悪い笑みを浮かべて、妙なことを言う。


「父さんな、明日から二週間ばかり仕事で家を空けるんだが、俺が帰ってきた時にその友達を紹介してくれないか」


「……なぜ」


「単純に好奇心だよ。どんな友達と仲良くしてるのか知りたいじゃないか」


 存在しない友達を紹介することほど虚しいことなんてあるのだろうか。「こいつが僕の友達、イカしてるだろ?」などと虚空を指さしながら紹介しなくてはならないのだろうか。僕はその光景を想像し、心を震わせた。

 父さんが続ける。


「別に家に連れてこいとは言わない。普通、友達の写真くらい携帯で撮ったりするだろう? まあ無いなら二週間の間にも撮ればいい。それを見せてくれながら、その友達を紹介してくれ。簡単だろう?」


 ベリーハード。

 しかし、三人は友達がいると言質を取られているので拒否できない。もし拒否しても、「あ、こいつ案の定友達いないわ」という目をされるに決まっている。父さんはともかく、母さんと妹にまでそう思われるのは避けたい。まあ、母さんにはすでにバレていそうだが、妹はまだ真実を知らないはず。……妹も薄々察しているかもしれないが。


「わかった。紹介するよ」


 父さんの言葉に臆することなく、毅然とした態度で言い切った。それに父さんが目を見張る。母さんも少し驚いたような表情をしていた。妹は心配そうな顔をしていた。あ、これ妹にも友達がいないってバレてるね。

 どうやら僕に友達がいないことは周知の事実となっているらしい。それなのにもかかわらず、僕自身がそれを否定しているのだからなんとも滑稽な話である。ただのピエロじゃないか。

 だが馬鹿にされっぱなしというのも気分がよくない。それに、これはいい機会だ。もとより父さんに言われるまでもなく、今年こそは友達をつくりたいと思っていたのだ。むしろ父さんのおかげで、より目標が明確になったと言える。

 つまり、二週間以内に三人の友達をつくって写真を撮れ、そういうことだ。

 …………無理かな。

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