食事
エプロンをして、手を洗い、久しぶりの料理モードになった。
シンクで野菜を洗い、野菜などを刻む。
小さい頃から包丁とまな板と野菜が織り成す音が好きだった。切る食材によって音が変わる。キャベツや白菜はザクザクザク、きゅうりはトントントン、トマトはギュッシィ、揚げたての豚カツはサクッ、母が料理する横に立ってこんな音を聞いていた。中学生になってから母が料理を教えてくれるようになり、自分がこの音を出せることに感動したのを、今でも覚えている。包丁を使ってるときよく思い出す。
肉じゃが、ポテトサラダを順調に作り、次にきんぴらごぼうに取り掛かった。
「砂糖、砂糖」
ぶつぶつ言いながら調味料のラックを探していると、そこから砂糖が入ってる小瓶を抱えたおじさんが現れた。
「うわっ!! おじさん、いつの間にそんな所」
おじさんは予想外の場所から登場する。トイレとかバスルームに突然現れないことを強く願った。
「ありがとう」
おじさんか砂糖を受け取り、フライパンに入れた。醤油などは大き目のボトルに入ってるため、さすがに私に渡そうとはせず、砂糖の横で私の手元をじっと眺めていた。そんなおじさんを無視して、夕飯のキムチ牛丼を作り始めることにした。
あれ、おじさんがいない。
何の気なしにラックの方を見たら、おじさんが見当たらなかった。
好き勝手、動くね、おじさん。わざわざ探す気にもならないや。おじさんの存在に慣れてきたかも。もし私に用があるなら、また突然現れるだろうし。これと言って害はないしね。ただ、ビックリするけど。
時計を見ると18時を回っていた。ちょっと早いけど夕ご飯にしよう。
テーブルにキムチ牛丼、ポテトサラダと、缶チューハイを運ぶ。
一応リビングに行っておじさんがいるか確認してみた。おじさんはまたソファで寝ている。
さっきは起きてたよね。どんだけ短時間で熟睡できるのよ。
おじさんは私の気配を感じて目が覚めてたみたいだった。おじさんはむくっと起き上がり目を擦る。
「おじさん、これから夕ご飯なんだけど一緒に食べる?」
おじさんは首を縦に振った。
食べるんだ……。念のため聞いただけなんだけど。まあ、いっか。
さすがに、またおじさんを鷲づかみするを訳にもいかないと思い、手の平を上にしておじさんの前に置いた。おじさんは一瞬きょとんとした顔をする。そして満面の笑みを向けた。それからヨッコイショって感じで私の手の平に乗った。
おじさん、足短い。たった2cmくらいしかない手の厚みですら大変なんだ。
おじさんが私の手の平の真ん中に来るまでに3,4歩、歩いた。あんな小さい者が手の平をちょこちょこ動くとくすぐったかった。おじさんは私の手の上で胡坐をかき、「いいぞ」って目線を送ってくる。
私はタクシーの運転手じゃないんだけどね。
おじさんをテーブルの上に下ろしてあげる。硬いテーブルの上では足が痛いだろうから、今度はブルーのハンドタオルを出してあげた。その上に座るおじさんは花見をしているサラリーマンにしか見えなかった。
おじさんが食べるときって、何を使ってもらえばいいの? 爪楊枝? 大きすぎ? 切っちゃえばいいんだ。
キッチンバサミで先から1cmくらいのところで切った。小皿に緑茶を入れたあげたキャップと爪楊枝を乗せておじさんの前に置く。
「それでは、いただきます」
両手を合わせて言うと、おじさんは不思議そうな顔で私を見つめている。「いただきます」が不思議だったらしい。
おじさんの前に座り、缶チューハイを開けると、おじさんがじーっと見ている。
「飲みたいの?」と聞くと、おじさんはすごい勢いで縦に首を振った。
アルコールって、大丈夫なの? 飲ませていいの? 未成年ではないから問題ない。でも、正体不明の生き物。う~ん。水で薄めてみるか。
ティースプーンに水とチューハイを入れて、キャップの中に入れてあげた。
おじさんは興味津々な様子で一口飲む。おじさんの頬が薄っすらピンク色になった。
「おじさん、大丈夫? 美味しい?」
おじさんはにんまりとして、バンザーイをする。
ほろ酔いみたいだね。害は無かったみたいで良かった。ますます、花見してるサラリーマンだわ。4月にこんな人をいっぱい見たな。
小皿にキムチを乗せてあげると、爪楊枝で刺し――若干食べづらそうだったけど――美味しそうに食べていた。そんなことを繰り返しながら、私もキムチ牛丼を食べた。
おじさんにポテトサラダをあげたが、あまり好きではなかったらしい。おじさんは水割りチューハイとキムチがお気に入りだった。




