再び
かなり重いエコバックを抱えながら、やっとの思いでアパートに着いた。
「暑い……。暑い……。暑い……」と、低音ヴォイスで呟きながらソファの前に扇風機を持っていき、電源を入れ、風量を弱から強に変える。ソファに座りとりあえず涼むことに専念した。
暑さが引いて、買ってきた物を仕舞うかと思い、ソファからゆっくり立ち上がった。
食材を冷蔵庫に入れようと扉を開ける。
「うっわぁ~~!!」
あまりにビックリしてしまったせいで、冷蔵庫の扉から手を離し、床に座り込んでしまった。
うそでしょ……。いや、見間違えたかもしれない。もう一度確認しなきゃ。
立ち上がって、気合を入れて冷蔵庫を開けた。見間違えではなかった。現実だ。
あの『ちっさいおじさん』がいた。
おじさんは冷蔵庫の中を掃除している。床を拭くみたいに膝をついて。
「おじさん、どうやって中に入ったの?」
おじさんは私の質問を無視して、掃除を続けている。
「おじさん、いつから冷蔵庫の中にいたの?」
また、無視だし。
「おじさん、寒くないの?」と聞くと、おじさんはジッと見つめてきた。
「寒いんだ……」
おじさんを鷲づかみして、昨日の夜と同じようにソファに連れて行った。そして、数時間前に仕舞ったオレンジ色のハンドタオルをおじさんの横に置いてあげた。
おじさんは猛スピードでハンドタオルに包まり、私に笑いかけてくる。その笑った顔はしわしわの梅干みたいだった。
「ねえ、そんなに寒いなら何で冷蔵庫から出ないのよ。入れたんだから、出ることだってできるでしょ?」
その問い掛けに少しムッとした顔をするだけだった。
「まあ、いいや」
おじさんが体に力を入れてる感じがして、そんなに寒いのかなと思ったら、扇風機の風がどうやら強くて倒れないようにしてるみたいだった。扇風機を止めて、ハンドタオルに包まったおじさんをそのまま放置して、キッチンへ向かった。
ちっさいおじさんは夢ではなかった。2回も鷲づかみしてしまった。本当に何者よ、あのおじさん。居なくなったと思えば、冷蔵庫の中に居るし、自分で入ったくせに出られないとか、わけ分からないし。
そんなことを思いながら冷蔵庫に食材を仕舞った。
寒がってるおじさんに何か温かい飲み物でもあげた方がいいのかな。でも、あのおじさんが仕えるようなコップなんてないよ。ペットボトルのキャップでも大きいよね。あっ、あれなら使えるかも。
洗面所に行って、トラベル用の化粧品の詰め替えボトルを手に取った。ボトルのキャップを外してみる。
これならちょっと大きいかもしれないけど使えるでしょ。
キャップをキッチンへ持って行き、綺麗に洗った。とりあえず、パックのお茶でマグカップ1杯分の緑茶を入れた。
どうやって、このキャップにお茶を注げばいいんだろう。う~ん、ティースプーンですくって注ぐしかないかな。それでも注ぎづらそうだけど。
キャップを小皿の上に乗せて、ティースプーンでゆっくり緑茶を注ぐ。少しこぼしながらも、なんとか注ぐことができた。そして自分のマグカップに氷を多めに入れ、アイス緑茶にする。それらをちっさいおじさんの所へ持っていった。
「はい、どうぞ。熱いかもしれないから気をつけてね」
おじさんはびっくりした顔で私を見たあと、両手で緑茶入りキャップを持った。
やっぱり、ちょっと大きいか。でも、両手で持てるならいいか。家にはこれ以上小さいものでコップ代わりになるものはないし。
おじさんはふーふーしながら、緑茶を一口飲んだ。すると、ハンドタオルを渡した時と同じように笑った。
「美味しい?」
おじさんはゆっくりと力強く頷いた。
美味しいんだ。人間と味覚は一緒なんだ。本当に人間がちっさくなってるみたい。
縁側にいるおじいちゃんのような感じで、そんな姿を見ていたら和んでしまう。
ペットを見てるだけで癒されると、言う人の気持ちがちょっと理解できた。私は一回も犬や猫を飼ったことがない。実家もマンションだったし、今もアパートだし、ペットを飼える状況ではなかった。でも、おじさんは私のペットではないから、この癒しは別物な気がした。
お茶を飲み終わったおじさんは、小皿にコップ代わりのキャップを置いて、両手をぐーんと上へ伸ばして、伸びをした。それから肩をコキコキと鳴らしてるようだった。
緑茶入りキャップ、重かったんだ。それで肩が凝ったのね。世間一般のおじさんと変わらないじゃん。
おじさんがもぞもぞと動き出す。それはどうみてもお昼寝の体勢だった。ハンドタオルを首までちゃんと掛けて寝だした。
えっ、えっ~~。本気でお昼寝? 冷蔵庫の中にいたせいで寒かったのはよく分かるけど、そんなにしっかり掛けなくてもいいんじゃない。今度は暑くなるんじゃないかな。
その予感は案の定的中した。おじさんはハンドタオルを剥ぎ、足と足の間に挟んだ。
このおじさん、自由すぎる。もう。勝手にどうぞ。私はこれから料理するんだから。
ハンドタオルを抱き枕にして寝ているおじさんを放置して、空になったマグカップと小皿を手にキッチンへ戻った。