遭遇
スタンドライトのプラグを抜こうとしている『何か』がいる。
それはどう見ても、身長10cmぐらいのおじさんだ。上下グレーのスウェット――もちろんスウェットの上はズボンの中にイン――で、休日のお父さんみたいな姿。そして若干メタボ。年齢は60歳前後。
どうしよう。すごい頑張ってプラグを引っ張ってる。止めないと。何でそんなにプラグを抜きたいの? 頑張りすぎてるせいでスウェットの上が出てるし。ちょっと背中が見えてるし。
もう!! このおじさんは何者よ。幽霊? 座敷わらし? 妖怪? 宇宙人? どれでも困る。
あっ、もしかして、テレビも充電器もこのおじさんの仕業ってこと?
そう思ったら、おじさんに対して怒りが沸いてきた。
幽霊だろうが、宇宙人だろうが、なんでもいい。身長では私の方が確実に勝っている。
そんな意味不明な自信から、私は仁王立ちでおじさんの体を鷲掴みにし、自分の目線まで持ち上げた。
「おじさん、私の家で何やってるの? プラグ抜いたの、おじさん?」
おじさんは物凄く不機嫌な顔で頷いた。若干、不貞腐れてるようにも見える。
「おじさん、どこから入ってきたの?」
おじさんは仏頂面で何も言わない。その上、手足をバタつかせた。おもちゃを欲しがってる子供がよくやるような姿だった。
「何よ。下ろしてほしいの?」
おじさんは物凄い勢いで顔を縦に振った。身長160cmの私と同じ目線の所にいれば怖いか。なんだか、自分が悪者になった気分。
「わかったわよ」
私の寝室なんかに置いてあげないんだから。
イライラしながらおじさんをリビングへ連れて行き、ソファの上に下ろした。
するとおじさんはスウェットの上をズボンの中に入れ、まるで自宅のソファに居るかのように、ごろんと大の字なって寝始めた。
寝たいから下ろして欲しかったの? 何なの、このおじさん。信じられない。わけが分からない。
仕方なく、チェストからオレンジ色のハンドタオルを出して、おじさんに掛けてあげた。おじさんは気持ちよさそうに、ハンドタオルに包まってすやすやと眠っている。私のヒーリングスポットは、おじさんの寝床になってしまった。
本当は椅子にでも置こうと思ったけど、落ちたら危ないだろうし、床に置くのも悪い気がして、結局ソファにした。そしたら、この展開だ。ビックリも怒りも恐怖も、全て体から抜けてしまった。
熟睡中のおじさんに顔を近づけた。眺めていると、いろいろな疑問が浮かんだ。
まず、おじさんは幽霊、座敷わらし、妖怪、宇宙人とかしかありえない。あと、天使や悪魔もあるか。それはないか。特に天使はあり得ない。とりあえず触ることが出来たんだから幽霊ではないかな。
一番近いのは座敷わらしだよね。でも座敷わらしって、和服を着た子供だよね。スウェットのおじさんは聞いたことがない。やっぱり宇宙人? まっ、仮に宇宙人や悪魔でも怖くないからいいか。
あれ? 日本語分かってたよね。なら、日本人? やっぱり謎だらけ。しかも、何をしに来たのかも、何をしたいのかも、さっぱりわからない。
何の気なしに顔をまじまじ眺めてみた。髪はフサフサしているけどロマンスグレー。眉毛はかなり太い。鼻は低めで、口は真一文字閉じていて、ちょっとカエルみたい。
おじさんの存在に恐怖を全く感じない私、すごいかも……。まっ、これならどんな人だって怖がりはしないか。
謎の生命体『ちっさいおじさん』をリビングに残して寝室に戻った。若干抜けかかったスタンドライトのプラグをしっかり差し込み、ベッドにごろんと横になった。
本当になんなの。夢かも。疲れすぎて夢と現実が分からなくなってるのかも。夢と思うのが普通だよね。あんなの非科学的すぎる。この夢を終わらせるために寝よう。そして、朝になればいつもと変わらない土日があるに決まってる。
一週間の疲労のおかげで、あんな意味不明なものを見ても、驚いても、睡魔の方が勝っていた。スタンドライトを消して、布団に包まり、目をつぶる。数秒後には夢の中の人になった。