ほんとうのこと 3日目
――ブエックション!!
ぼくは自分のくしゃみで起きた。お姉さんがビックリした顔でぼくを見ていた。そんなに大きなくしゃみしちゃったかな? ぼくは起き上がり鼻の下を人差し指で擦った。なんだか、まだムズムズする。
お姉さんは洗濯物をパタパタしてから畳んでいた。
――おじさん、おはよう。
お姉さんはちょっと怒ってるみたいだった。あれ、昨日テーブルで寝ちゃった気がする。でも、今はソファにいる。お姉さんが運んでくれたんだ。ぼくは布団代わりのオレンジ色のハンドタオルをきれいに畳んで背中の後ろに置いて、それに寄りかかった。
――おじさん、お昼ご飯作るから。テレビでも見てて。
えっ、ええ~!! もうお昼なの? どうしよう……。今日で3日目。探しモノを今日中に見つけなきゃ。
――おじさん。お昼食べよう。
お姉さんはそう言って、ぼくをテーブルの上に運んでくれた。
――いただきます。
お姉さんと一緒に「いただきます」をして、目の前にあるキムチを食べたんだけど……、あれ、何か違う。なんだろう? でも、おいしい。
――今、食べたのはトマトだよ。
トマトなんだ。キムチと同じぐらいおいしい!! これも好き。お姉さんはそうめんを食べていた。
――ごちそうさま。
お姉さんはそうめんを食べ終えると、ぼくをソファへ運んだ。そしてキッチンへ行き、お皿を洗っていた。
ぼくはどこを探せばいいんだろう。何を探せばいいんだろう。すると、後ろから扉を閉める音が聞こえた。あれ、お姉さん、ベッドのある部屋に行ったのかな? 確認しよう。
――バフッ。
元の姿に戻ったぼくは扉を通り抜けて、様子を見ると、お姉さんはパソコンの前で一生懸命何かしていた。よし、探しモノをしなくちゃ。
サガシモノ妖精たちが言っていたのは、砂糖の塊や岩塩、入浴剤、月の形をした何か、水晶とかだよね。砂糖は違ったし、岩塩でもなさそう。
思い当たるところを全部、探した。でも、どれも違う気がした。
力使ったら、また眠くなってきた。少し寝てから、また探そう。ぼくはソファにあるハンドタオルの上に座った。寝てる間に、この姿をお姉さんに見られるのはまずいよね。おじさんの姿で寝よう。
――バフッ。
30分くらい寝よう。それからまた探しモノだ。ふう、おやすみなさい。
――おじさん、起きて。夕ご飯だよ。
お姉さんの声でビックリして起き上がった。もう、夜なの……。寝すぎた。そんな、へこんでるぼくをお姉さんは昼と同じようにテーブルへ運んでくれた。それから夕ご飯を食べ始めた。
――ねえ、おじさん自己紹介しない?
自己紹介? ぼくは首をかしげた。
――おじさん、これからも家に居る気でしょ。なら自己紹介は大事。おじさんは私の質問に首を振って答えて。
ぼくは今日までしかいられないの……。お姉さんの探しモノ、まだ見つかってもいない。そう思いながら、カレーのジャガイモとにんじんを食べた。
――名前は中原 美月。美しい月で美月。年は29歳。仕事はナチュラル・ジュエリーっていうアクセサリーを扱う会社の企画部。兄弟姉妹なし。両親共に健在。彼氏はなし。結婚の予定なし。まっ、こんなところ。
お姉さんは美月って言うんだ。きれいな名前だな。
――次はおじさんね。まず人間ですか?
違うよ。
――じゃあ、座敷わらし? 宇宙人? 教えたくないわけ。おじさんの年は? 60、65、70、75。それは無いか。55、50、45、40、35、30って、何か反応してよ。
違うよ、サガシモノ妖精だよ。妖精に年はないんだよ。
――おじさんはミステリアスですね。
お姉さんはちょっとムッとした感じだった。ぼくの声が聞こえたらいいのに。こんなおじさん、普通は居ないのにお姉さんはすごくやさしくしてくれる。お姉さんなら、ぼくの話を信じてくれる気がする。こんなに人と話したいと思ったのは初めてだよ。
――ごめん。おじさんにはおじさんの事情があるよね。
お姉さんはなにも悪くないよ。謝らなくていいんだよ。ぼくはお姉さんをじっと見ることしかできなかった。
――おじさん、今日は満月だよ。ベランダで一緒に見よう。
お姉さんは少し微笑んで、ぼくをベランダに連れて行ってくれた。空にはきれいな満月が浮かんでいた。
――夜風が涼しいね。私の名前に『月』って字が使われてるから、月、大好きなんだ。小さい頃から。親がね、この名前つけてくれたのも、私が生まれた時、満月がすごくきれいだったからなんだ。
月に照らされたお姉さんがすごくきれいで、月とお姉さんを交互にぼくは見ていた。
――私がアクセサリーの仕事したいって思ったのも、自分の名前がきっかけだったの。中学1年生くらいかな、ムーンストーンっていう石があることを初めて知ったの。月の石って、どんな石なんだろうって、気になってね、いろいろ調べたの。それがきっかけでジュエリーデザイナーになりたい、と思ったの。でも、デザイナーになるのってすごく難しくて、デザイナーになれなかった。でもね、アクセサリーに関わる仕事をできてるから満足なんだ。
ぼくはお姉さんの顔を見たんだ。アクセサリーの話をしてるときのお姉さんはすごく楽しそうだった。満月を見ると、ベランダに出た頃よりも高い所に浮かんでいた。
――私ね、初給料で両親へのプレゼントと、自分へのプレゼントでムーンストーンの指輪を買ったんだ。ムーストーンには感性を豊かにして、危機を事前に知らせてくれる魔よけの力があるの。これからの私に必要な力だ、と思ってね。仕事をしてるときは絶対につけてたんだ、その指輪。
お姉さんがため息をついた。その息がぼくの背中にかかって、よろよろしちゃった。
――ああ、ごめん。おじさん、大丈夫?
ぼくは大丈夫だよと、首をたてに振った。
――でもね、その指輪、3か月前に失くしちゃった。ジュエリーボックスをひっくり返しちゃって。絶対に寝室にどこかにあることは間違えないんだけどね。いまでも、掃除ついでによく探すんだけど見つからないんだ。ただの指輪なのに、私にはただの指輪じゃないの。
お姉さんはムーンストーンがついた指輪を失くしてたんだ。あの白くてキラキラした玉はムーストーンだったんだ。ぼくはおねえさんの左手の親指を握った。絶対にぼくが見つけるから、明日の朝にはその指輪に会わせてあげるから。
――ありがとう。おじさんはやさしいね。ありがとう。
お姉さんにぼくの気持ちが伝わったのかな。ぼくは「任せて」という気持ちを込めて、少し力を込めてお姉さんの指を握った。
――そろそろ、中に入ろう。今日の月見はおしまい。また、しようね。
そう言って、お姉さんはベランダから部屋に入り、ぼくをソファに下ろした。
――どうしたの? おじさん。ちょっとしんみりするような話をしたから心配になっちゃった? 大丈夫だよ。久しぶりに自分のことをただ話すって久しぶりだったから、逆になんかスッキリしちゃった。ありがとう、おじさん。
ぼくが悲しい顔をしてるからだね。ごめんね、お姉さん。もう、一緒にお月見できないんだ。お姉さんの話、もう聞いてあげられないんだ。ごめんね。
それからお姉さんはお風呂に入りに行った。ぼくはすぐに元の姿に戻った。
――バフッ。
急がなきゃ。ぼくは急いで、ベッドのある部屋に行った。ジュエリーボックスをひっくり返したんだよね。ジュエリーボックスはベッドの横にある小さい机の上に置いてあった。この辺を探せばいいはず。机の下、机の裏側を隅から隅まで見たけど、ないなあ。あっ、ベッドヘッドの裏側とかにあるかも。
ぼくはベッドヘッドと壁の隙間に入った。思ったとおりだ。ベッドヘッドと壁に挟まってるムーストーンの指輪があった。見つけた!
「こんばんは。ぼくはサガシモノ妖精です。あなたはムーストーンの指輪ですか」
「はい、助けてください。この3か月間、ずっとここから動けないんです」
「分かりました。ぼくがおねえ……、ぼくが持ち主の所へ返します。いいですね」
「はい、よろしくお願いします」
ぼくは力を使い、指輪を浮かせた。指輪は白い光に包まれたまま、空中に浮かんだ。それをリビングへ連れて行き、ぼくが布団代わりに使ってたハンドタオルの下に置いた。
「もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「いいえ」
お風呂場から物音がした。お姉さんが出てきた。おじさんの姿にならなきゃ。
――バフッ。
ぼくはハンドタオルの上に座った。ふう、間に合った。
――おじさん……。
お姉さんの方を向いた。
――明日から仕事だからもう寝るね。おじさんは好きにしていいから。おやすみ、おじさん。
お姉さん、おやすみ。ぼくはお姉さんにピースをした。お姉さんも笑顔でぼくにピースをしてくれた。そして、さっきまでぼくが探しモノをしていた部屋――ベッドがある部屋――に入っていった。
ぼくはリビングで1人になった。オレンジ色のハンドタオルとブルー色のハンドタオルをきれいに畳んだ。
「指輪さん、明日の朝には持ち主が見つけてくれますから」
「はい、本当にありがとございました」
そして、指輪の上にハンドタオルを2枚重ねて置いた。これで、ぼくの仕事とも終了だね。よかった、お姉さんの探しモノ見つけてあげられて。
それに最後にお姉さんがピースしてくれてのうれしかったな。ぼくが女の子に変身して探しモノをしてたとき、小さい女の子がぼくをお人形と間違えて1日中抱きしめていたことがあった。その子が教えてくれた。ピースはうれしいときや楽しいときにするんだよって。だから、最後にお姉さんに3日間楽しかったことを伝えたかったんだよ。伝わってるといいな。
――バフッ。
ぼくはもとの姿に戻って、ベッドで眠るお姉さんのところへ行った。お姉さんはすやすや眠っていた。お姉さん、やさしくしてくれてありがとう。お月見、もう一緒にできなくてごめんね。ご飯すごくおいしかったよ。ハンドタオルかけてくれてありがとう。楽しかったよ。バイバイ、お姉さん。
ぼくはお姉さんの家から出た。こんな風に探しモノの持ち主と仲良くなったのは初めてだった。探しモノを見つけて、こんなにうれしいって思ったこともないけど、バイバイするのがこんなに寂しいとも思わなかったよ。
ぼくはだんだん明るくなってきた空をぽわぽわと飛んでいた。そのとき、お姉さんの声が聞こえた。
――ありがとう。
そのあとすぐに、あの白くてキラキラした玉の情報が消えた。ぼくは後ろを見た。そこには、あと10分もたったら、太陽の光で見えなくなってしまう白い月があった。ムーンストーンは名前の通り、月にそっくりだ。月を見るたびにお姉さんのこと思い出すだろうな。
さっ、次の探しモノだ。
『ちっさいおじさんと3日間』これで完結です。最後まで読んで頂きありがとうございます。
次は番外編です。