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プロローグ

 とある春の放課後。一人の女性魔導士が足早に下校している。普段なら取り巻きの親衛隊がついてくるのだが、今日は用事があると言ってあるから一人だ。

 魔導士の名前はシェーナ・アストリア。地方貴族の令嬢だ。

 シェーナが通うシャルトン王立学校は、ウェンダン王国が優秀な騎士や魔導士を育てあげるために創立した学校だ。 

 シェーナは義務教育期間と中等高等教育期間を、故郷ガーネイルにある分校で過ごし、去年、厳しい試験に合格して、本校の魔導士学部へと進学して来た。現在は専門教育課程の二年生。歳は今年で一九歳になる。

 まず目に付くのが、腰まで真っ直ぐ伸びた淡い色の金髪。そして透き通るような青い瞳。顔つきは線が細くどこか儚げに見える。男なら守ってあげたくなるだろう。

 背は高く、腰はほっそりとしてしなやか。始めて見る人の第一印象は可憐で清楚だろう。それでいて成績は優秀。当然の様に周りの視線と意識を集めてしまう様な女性だ。

 もちろん外見も成績も努力して手に入れたものである。

 常に規則正しい生活とバランスの良い食事に気をかけて美しい体型を保ち、髪や肌の手入れを怠らない。ただ、胸だけは平均の域を抜ける事はできなかった。

 学業にしても人一倍の努力家である。周りからは天才だと言われているが、人の目に付かないように陰でこっそりと努力している秀才である。

 そんな努力家のシェーナは、放課後に一人で怪しい魔法の実験をするような子ではないのだが、シェーナにはどうしてもやってみたい魔法の実験があった。しかも誰にも見つからないようしなくてはならない危険な実験だ。

 事の発端はシャルトン王立学校がある学校都市ヴェールで、一年に数回しか行われないバザーだ。バザーには各地の商人がわざわざヴェールに訪れ、各地方の名産などを売ってくれる。ヴェールには様々な地方から生徒が集まって暮らしているので、故郷を懐かしみ、尊重し、忘れる様な事がないようにと、学校長が計らってくれたのだ。

 シェーナはそのバザーで一冊の魔導書を発見した。いかにも怪しい本だったが、なぜか惹きつけられて買ってしまった。衝動買いとも言う。だがシェーナの感はこれは掘り出し物だと告げていた。

 シェーナはその魔導書に描かれた魔法陣と同じ物を描いた布を、リビングの中央に置き、魔晶石と呼ばれる魔力の込められた石を触媒として、布の中央に置いた。

 シェーナの直ぐ後ろには籠が二つ置いてある。一つは鳥籠で、中には鳩が一羽入っている。シェーナは籠から鳩を取り出すと、ナイフでちくりと鳩を刺した。そしてナイフの先に付いた血を魔法陣の上へと垂らす。続いて一抱えある籠の前にくると、シェーナは籠を開けずに中にナイフを突き刺した。

「フギャー」

 籠の中にいた猫が驚きと怒りの声を上げる。

「ごめんね」

 シェーナの口から、こんな怪しい事をしている人物とは思えないような澄んだ声が零れた。

 そしてシェーナは、ナイフに付いた猫の血も魔法陣に垂らすと、大きく息を吐いた。

 浅くではあるが動物にナイフを刺す事に抵抗があり、胸が痛んだせいだ。特に猫の時は、抵抗されて襲われるのを怖がって、ぞんざいに扱ってしまった。

 そして目の前にある物を見てやっと気づく。外から見られないために、カーテンを閉めたリビング。頭上に輝く魔法の光。その下に照らし出される血の付いた魔法陣。刺されて暴れている鳩と猫。生け贄ではないが、状況的に生け贄に見える。

「……我ながら怪しいわね」

 もしこんなところを誰かに見られたら、シェーナが努力して築きあげてきたイメージは粉々に砕かれ、華やかな学校生活は終わるだろう。シェーナはすぐに魔法の実験を終わらせようと起動の呪文を声に出した。

「モーテリア」

 呪文が発せられた次の瞬間。魔法陣が輝きだし、血を提供した鳩と猫から光の玉が抜け出した。その光の玉はふわふわと漂い、そして入れ替わるようにお互いの体に入っていった。

「……成功……かな?」

 シェーナは恐る恐る猫が入っている籠を開けた。

 猫は後ろ足だけで立とうしては、立てなくてもがき、前足を上下にばたつかせている。まるで鳥のように空を飛ぼうとしているように見える。

 一方鳥の方は、本来なら鳥かごの真ん中に吊されている止まり木に止まっているのだが、今はその止まり木に止まれず、籠の底へ落ちてもがいていた。小さな足でバランスを取る事ができずにいるのだ。

「うっ。むごい……」

 シェーナは興味本意でこの実験を行ったが、実際に結果を見たら嫌気がさしてきた。

「ごめんね。早く元に戻すから」

 そう言って呪文を唱えようとしたその時、玄関のドアをノックする音が鳴り響いた。

「ひっ!」

 シェーナは心臓が口から飛び出そうになった。

 驚き慌てたシェーナは、火をつけていない暖炉の中に籠を二つ放り込み、魔法陣の描かれた布をソファーの下へ移動させ、カーテンを開けた。

「よし。怪しい所はなにもないわね」

 シェーナは確認するように言うと、玄関のドアを開けた。

「やっほー」

 シェーナの家に訪れたのは友達のエリスだった。

 エリスはシェーナと同じ魔導士学部の魔導士で、学校からそのまま来たのか、魔導士学部の制服である白いローブ姿のままだ。背が低いのでローブが地面に着きそうだ。

 シェーナが可憐で清楚なら、エリスは可愛く活発的な印象を受ける。明るい茶髪を肩で切り揃えてるところや、大きな茶色い目がどことなく挑戦的な強い光を放っているところが、活発的な印象を強くしていた。

「どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、忘れ物よ」

「忘れ物?」

「忘れてるのは物だけじゃないのね」

 そう言ってエリスは小さくため息をついた。

「先生が週末にロッカーを新しいやつと交換するって言ってたでしょ。だからロッカーの中身を持ってきてあげたのよ」

「あーっ! そう言えば……ってどうやって私のロッカーを開けたのよ!」

 シェーナの口調はとても清楚で可憐ではなかった。普段は清楚なしゃべり方をするのだが、エリスと二人きりになると、地が出てしまう。

「先生に合い鍵もらったのよ。もう運び出すからってシェーナの分を持ってけって言われたの。そうでなけりゃ、いくらなんでも勝手に開けないわよ」

「私を呼んでくれればよかったのに……」

「一応探したんだけどね。でも業者の人が来ちゃって時間がなかったのよ。そもそもシェーナが忘れてるからいけないんでしょ。わざわざ持ってきてあげたんだから感謝してよね」

「うん。ありがとう。それで……持って来た荷物は? 一人じゃ大変だったでしょう」

「大丈夫。荷物持ちがいたから」

「荷物持ち?」

 シェーナはハッとした。もう一人誰かがいるとは思わず、地で喋ってしまった事に血が引いていく。

「そそ。ディアス。隠れてないでこっちおいでよ」

「……ディアス? ですって!」

 意外な、そして嫌な名前を聞いてシェーナは思わず聞き返した。

「別に隠れてるわけじゃないさ」

 そう言ってドアの影からエリスの後ろに現れたのは、黒髪黒瞳の男だ。背は長身でシェーナよりも頭半分高い。引き締まった体には余分な肉がついてなく、戦士として理想的な体つきをしている。いくら体を鍛えても、マッチョな筋肉質では体が動かしづらくて返って邪魔になる。要するに加減と付け方が大切なのだ。その体格から分かる様に、ディアスは剣術学部の生徒だ。剣術学部の生徒と魔導士学部の生徒は、学舎が離れている事からあまり交流がないのだが、ディアスとエリスは同郷であり、幼なじみでもあった。

 ディアスは容姿も悪くなく誠実そうに見える。だからディアスに憧れる女性は多い。しかしシェーナにとってディアスはいわゆる敵なので、容姿などは眼中になかった。

 シェーナの親友であるエリスの友達なら、シェーナもディアスと仲良くなれそうなのだが、魔導士学部の主席だけでなく、総合主席を狙っているシェーナにとって、ディアスは危険すぎる人物なのだ。

 卒業年度毎に決まる総合主席は、剣術学部と魔導士学部関係なく、その卒業年度でもっとも優秀な人物が選ばれる。去年の期末トーナメントで剣術学部の優勝者となったディアスは、剣術学部の主席だけでなく、両部の総合主席に一番近い存在とも言える。それは魔導士学部の期末トーナメントで優勝したシェーナにも言える事なのだが、ディアスを無視する事などできない。総合主席を得るための一番大きな壁がディアスであり、勝たねばならない敵なのだ。

「持てるか?」

 ディアスは背中に背負った荷物をシェーナの前に差し出した。ロッカーの中身を詰め込んであるので、大きいし重い。

「大丈夫よ。んっ」

 シェーナは少し仰け反りながら両手で受け取り、直ぐに玄関の中に置いた。

「ありがとう」

 シェーナは敵のディアスに対しても微笑んで礼を言った。しかしシェーナは内心動揺していた。エリスと会話を聞かれしまったからだ。

 ディアスはシェーナの動揺に気づくはずもなく、学校のアイドルに微笑まれて、少し頬を染めていた。

 それを見たシェーナホッとした。大丈夫。きっとディアスは気にも止めていない。

「じゃ、じゃあ、俺は帰るぞ」

「あー待って待って。シェーナの家に上がっていこうよ。シェーナがお礼してくれるって。ねっ、シェーナ?」

「えっ……えっと……」

 いつものシェーナならエリスをすぐに家に入れるのだが、リビングには見られてはいけない物がある。一応隠してはいるが、今は誰も家に入れない方が安全だ。

「あれぇ? わざわざこんなに重い荷物を持って来たのよ。お茶の一杯くらい出してくれてもいいんじゃないかな?」

「でも、男の子を入れるのはちょっと……」

「大丈夫だって。ディアスは悪さするような奴じゃないから。私が保証するわよ」

 そう言ってエリスはシェーナの了承を待たずに、ディアスの手を引いて勝手にドアの中に突入した。

「お、おいっ!」

 エリスはシェーナがディアスを敵視しているのを知っている。しかしエリスはシェーナとディアスには仲良くしてもらいたかった。どちらも友達だからだ。だからきっかけを作ろうとしたのだ。

「おじゃましまーす」

「おい。エリス。嫌がってるじゃないか。俺は帰るぞ」

 ディアスがエリスの手を振り払おうとした。しかしエリスがディアスの手を掴む力が、意外に強くて振り払えなかった。強引に振り払う事もできたが相手は女の子だ。騎士を目指すディアスは女性を乱暴に扱う事ができないので、諦めて引っ張られた。

「……エリスったら強引ね。いいわよ。お茶とお茶請けくらいは出すからちょっと休憩していきなさい。でも余計な所には触れないでね」

「俺は騎士を目指している。礼を欠くような事はしないさ」

「じゃあ、寄っていくってことだね」

「ぐっ」

 エリスが嬉しそうに言うと、ディアスは断れなくなった。

 ディアスとエリスはリビングのソファーに腰掛けた。その下には魔法陣が描かれた布がある。しかしソファーの下を覗かれなければ大丈夫だろう。そう思ったシェーナは紅茶を入れにキッチンへ向かった。

「んっ? 何あれ?」

 ディアスと話していたエリスが、ソファーの向かいにある暖炉の中に、籠が二つあるのに気づいた。そしてエリスの行動は早かった。ディアスが注意する前に飛んで行き、暖炉の中を覗き込んだ。

「あー! 猫さんと鳥さんだ! 可愛い!」

 そう言ってエリスは鳥が入った籠を持ち上げた。

「病気なのかなぁ?」

 籠の中の鳥は、止まり木に止まる事を諦めたのか、籠の底でぐったりと横になっていた。

「あ、何だ。鳩かぁ」

 エリスは籠の中を見てちょっとがっかりした。珍しい鳥かと思ったが、鳩とはありふれている。

 そんなエリスを見ていたディアスが、ふと真下を見ると、ソファーの下から布の一部がはみ出ている事に気がついた。

「なんだ?」

 ディアスは何気なく布の一部を引っ張ると、見るからに怪しい魔法陣が描かれた布が出てきた。中央には魔晶石が置かれ、乾ききっていない血痕が染みを作っている。

「なぁ、エリス。これ何だ?」

 ディアスは見るからに怪しい布をエリスに見せようとしたその時、シェーナが戻ってきた。

「あっ! だめっ!」

 シェーナはティーセットをテーブルの上に乱暴に置くと、もの凄い勢いでエリスが持っている籠を奪い取った。

「えっ! わっ?」

 突然の事に戸惑ったエリスがシェーナの方へ倒れ込んだ。

「ちょっ……」

 シェーナもエリスのタックルを喰らってバランスを崩し、籠を放り投げてしまった。

 バサバサッ!

 籠が開き、猫の魂が宿った鳩が、部屋の中を這いずるように無茶苦茶に動き回った。

「待ちなさいっ!」

 シェーナが鳩を取り押さえようと飛びかかると、鳩は爪でシェーナの手の甲を引っかいた。

「きゃっ!」

 シェーナは手を引っかかれて、反射的に手を振って鳩を弾いた。

「うわっ!」

 鳩はもの凄い勢いでディアスの顔面へと弾かれ、ディアスは突然の事に対処できず、頬を浅く引っかかれてしまった。

「もう、何なのよぅ」

 うつぶせに倒れたエリスが顔を上げると、目の前に魔法陣が描かれた布があった。

 その魔法陣には鳩の猛襲によって引っかかれた、シェーナとディアスの血が付着していた。

「ん? なにこれ? ……モーテリア?」

 エリスは何気なく魔法陣に書かれた文字を口に出してしまった。

「なっ! ば……きゃぁあっ!」

 その次の瞬間、魔法陣が輝きだし、シェーナとディアスがばったりと倒れた。そしてシェーナとディアスと鳩と猫から光の玉が飛び出し、しばらくうろついた後、違う体へと入っていった。

「えっ? なに? なに?」

 エリスは何が起きたか全くわからず、目の前で起きた事に唖然とした。

「う~ん……」

 すぐに起きあがったのはディアスだった。

「ああああああああああああああああああ!」

 ディアスは起きあがるとシェーナに詰め寄った。

「私が見える……って事は……」

「ちょっと……ディアス。 いったい……?」

 エリスがおろおろしていると、今度はシェーナがうめいた。

「何だ何だ?」

 シェーナは起きあがると、唖然となってディアスを見つめた。

「何で俺がいるんだ?」

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