噂の義賊「白い風」 - 4 -
食後のデザートもたいらげた わたしたちは早速、町へと繰り出せるワケもなく……。
取り合えずは宿屋の部屋に戻ったんだけれど。
「あ、お2人とも、ちょっと、こちらの服に着替えて下さいね」
部屋に戻ったわたしたちに、そう言ってジェフリーさんが差し出したのは、ジェフリーさんの今日の服装と同じく、ちょっと高級感 漂う洋服。
「はいよ」
ケイン王子はそれを受け取って、部屋の隅で着替え始めた。
昨日と変わらないチンピラ風の恰好から、ちょっと両家の坊ちゃん風な恰好に。
上半身裸の所は見たけれど、下はまだだった。
だからケイン王子の着替えをつぶさに観察したかったけれど、それはジェフリーさんによって阻止されてしまう。
「さあ、ナサニエルさんも」
わたしは差し出された服を受け取りながらも、ケイン王子から視線は外さなかった。
あ、シャツを脱いだわ!──次はズボンの紐を外して……。
「おい、ナサニエル!」
着替える手を止めて、ケイン王子がこちらを見た。
「はい。なんでしょう?」
「お前、こっち見んな」
「はあ……それは、またどうして?」
ケイン王子はライアン・フランシス様では ないけれど、外見だけはイメージとピッタリだ。
だからケイン王子の言葉を勝手に脳内変換すれば、それはもう、わたしの中でライアン・フランシス様と言っても過言ではない。
ケイン王子の見てくれだけを脳内にインプットすれば、夢の中で出会うライアン様に具体的な肉付けが出来るような気がする。
実際に絵とか挿絵だけでは想像できない部分を妄想して作り上げた、わたしの中のライアン・フランシス様。
ケイン王子と出会ったおかげで、そのイメージに声が加わった。
見た目より少し低めの声。
わたしが想像していたのとは少し違ったけれど、昨日は本気でケイン王子がライアン様だと思っていたから。
もう、わたしの中のライアン様の声はケイン王子の声に塗り替えられてしまった。
ライアン・フランシス様に会いたい。
架空の人物だと分ってはいたけれど、願いは叶った、叶えられたと思い込んでしまった。
ただのぬか喜びだったのに……。
けれど、舞い上がったこの気持ちは、呆気なく撃沈。地面にめり込んだ。
しかーし。前向きで健気なわたしは思ったの。
これってチャンスなんじゃないのって!
ケイン王子は見てくれだけはライアン・フランシス様そのものだ。
まあ、現実の人間だからキラキラ加減とかが、若干足りない気がするけれど……。
わたしのライアン様素敵フィルターが取れてしまったケイン王子は、金髪で碧眼な男の人。
でも見た目はライアン様に近いんだから、努力すれば何とかなるハズ!
そう、性格だって変えられるハズ!
わたしの理想的なライアン・フランシス様に!!
ここに来て、わたしの目標が1つ増えた。
聖騎士になることと、ライアン・フランシス様のモデルと言われているケイン王子を、ちゃんとその名に相応しい人物に仕立て上げる事。
そうですよね!神様!!
これがわたしに与えられた試練……いいえ、使命ね。
だって、指輪に願ったからって、ほいほーいっと願いが叶っちゃオカシイもの。
夢を叶える材料だけは用意したから、後は自分で煮るなり、焼くなり、好きにしちゃってーってことなのね!
わたし、頑張ります!!
願いを叶えるために努力します!
そこで、まずは確実に聖騎士になっておかないといけない。
目下の目標は、今回のお姫様誘拐事件を解決することからだ。
「……お前の視線が怖い」
ケイン王子は呟くようにそう言った。
あら、王子。そんな弱気ではとてもライアン様のモデルとは呼べません。
もう少し、しっかりして下さらないと。
そんなことを思いながら、わたしは視線をケイン王子から外すと、自分も着替えにとりかかった。
と、その前に。
「あの……時間があったらお風呂を借りたいのですけれど……」
そう言えば、昨日からお風呂に入っていない。
あんなにたくさん歩いて、結構 汗も掻いたワケだから、若干臭う気がする。
「ああ、時間はまだ少しありますから、少しだけならいいですよ」
「あ、ありがとうございます」
許可をくれたジェフリーさんに感謝の言葉を述べる。
「この部屋にはお風呂はありませんから、宿の方に言って下にある公衆浴場の場所を聞くといいでしょう。出来たら早めにお願いしますね」
「はい!すみません」
「いえ。綺麗好きな方には好感が持てます。聖騎士団は男所帯ですからね。みんなお風呂が嫌いで……ケイン様も一緒に入ってきたら如何ですか?昨日、入ってないですよね?」
うえ!?ケイン王子はお風呂が嫌いなの!?
「俺はいい……まだ、そんなに汚れてないし。それよりも、ナサニエル!さっさと行ってこい。俺は待たされるのが嫌いなんだ!」
な、なんてこと。
ここは色々と言いたいことがあるけれど、一先ずは自分の汚れを落としたかった。
昨日は疲れてそのまま寝てしまったけれど、そんなこと1度だってしたことなかったんですからね!
わたしは綺麗好き。きっとライアン・フランシス様もそうに違いない。
物語の中にはお風呂の記述なんて、なかったけれど……。
とりあえず、ジェフリーさんに言われたとおり、宿の人に案内してもらって公衆浴場と言うものに初めて入った。
けれど、何て言うか……色んな意味でカルチャーショックを受けたわ。
まず、男の人の裸。だって裸の男の人が結構いたの。
それはそうよね。ここって男風呂だもの。
わたしはうっかり女風呂に入ろうとして、見張りに立っているオバさんに止められた。
──いけない、わたしって男だった。
と、再認識出来たのはよかったのよ。今後のためにも。
でも心は乙女ですもの。やっぱり抵抗が……。
と、そんなことは言っていられないわね!臭い方がもっと耐えられない!
意気込んでお風呂に向かったものの、湯気が一杯で視界が遮られている。
……なーんだ。そんなに気にすることなかったのね。
そう思った瞬間に過った男の人の影は、もう、わたしに色んなものを捨てさせてくれた。
乙女の恥じらいとか、色々。
「あれ?こんな所に女が混じってらー。嬢ちゃん、入る場所間違えたのか?」
筋肉質のオジさんが自分のモノを隠そうともせずに、入口付近で固まっていたわたしに声をかけてきた。
そうね。後から考えてみれば、自分は確かに邪魔だった。
だから、ちょっと、からかってやろうって思われたのかもしれない。
だって自分はどこからどう見ても下町の子供って言うには、少し肌が白すぎただろうし、髪だって自慢じゃないけどサラサラだ。
いくら湯気で周りが見えなくても、すぐ近くの人は見えるしね。
見るからに軟弱そうで、自分たちよりも育ちの良さそうな人間に難癖をつけたくなっても、それはそれで仕方のないことだと思うのよ。
「お、こいつは別嬪さんだな。いっちょ相手して貰おうか。背中流すついでに俺たちのココも処理してくれよ」
オジさんの連れだろうか?
こちらの男の人は筋肉質ではないが、それなりの体格に、なんとも頭の悪そうな顔をしたって言ったら失礼よね。
とにかく、そんな男の人が自分のアソコを指さして言った。
わたしは思わず見てしまった男の人のモノから、さっと目を離す。
……なんなの?この人たちの言っている意味がわからない。
ひょっとすると、目上の人の背中を流すのがこの公衆浴場のマナーなのかしら?
そんなことを思いながら、ひょいっと視線を戻すと、異様に近い場所にオジさんたちが居た。
わたしは驚いて、そんな時に突然、腕を掴まれたものだから、思わず……何も着ていないオジさんたちの股間を蹴りあげてしまったのだ。
足に残る微妙な感触に、わたしは声にならない悲鳴を上げる。
小さい頃、メイドのジェシカに教わった。
知らない男の人に突然、腕を掴まれたりしたら、こうやって股間を蹴りあげるのよ。
淑女の嗜みだと言うその技が、今、こんな所で、出てしまうなんて……。
オジさんたちは「くぅ」とか「うぅ」とか言いながら、その場に疼くまった。
わたしは慌てて謝ろうとしたけれど、そんなコトより、急いで部屋に戻らなくてはジェフリーさんに迷惑をかけてしまうと思ったの。
彼への印象は良くしておかないと、今後に差支えがあるものね。
だから、オジさんたちには悪いけれど、とりあえず自分の用事をすませて、それから背中を流すなりなんなりしてあげよう。
わたしは急いで体を洗って、もちろん、オジさんたちの股間に触れた足はそれは念入りに。
別に汚いってワケじゃないけれど……なんとなく、気持ち的に。
……ああ、わたし。とうとう汚れてしまったのね。
ふと、そんな思いが胸をよぎった。
見ず知らずの男性の下の部分に、たとえ足でも触れてしまうだなんて。
できる事なら、初めてはライアン様のモノがよかった。
けれど、それは不可能だから、かなり妥協してケイン王子のモノでも文句は言わなかったのに。
……人生って上手くいかないわね。
それから、しばらくして先ほどの場所に戻ると、オジさんたちの姿が消えていた。
……あれ?どうしたのかしら。
首を傾げながら、着替えを済ませて男風呂を出ると、見張りのオバさんがわたしに謝って来た。
「すまないね。アタシがここに立って居ながら、問題を起こす奴がいるだなんて」
「はあ」
「男たちはもう、追いだしたからね。ああ、アンタに何もなくてよかったよ」
「はあ?」
わたしは思わず首を傾げてしまう。
オバさんが言う男たちって、誰のことだろう……。
「そこの爺さんにお礼を言っときな。ピンク頭の坊ちゃんが下品な奴らに絡まれてるって教えてくれたのはその老人だよ」
「……えっと」
オバさんの指さす所には木の椅子に腰をかけた背の低いお爺さんが居た。
なんだかよくわかんないけれど、とりあえず、お礼を言えばいいのよね?
「あ、あの。ありがとうございました」
「いやいや、気にしなさんな。ただの年よりの老婆心じゃて」
「はあ、そうですか」
なんだか不思議な雰囲気の人だ。
白髪頭に長いまゆ毛と髭も長くて、その表情がまったく見えない。
僅かに見える皮膚は皺くちゃで、目だって開いているのか閉じているのかわからないし。
着ている服は白い生地にちょと金のふちどりとか文様があって、聖騎士の服に似ていないこともない。
ローブみたいだったから、全然別物だけど。
「あの、失礼します」
わたしはとりあえず、もう1度だけ頭を下げて、部屋に戻った。
「おかえりなさい」
ジェフリーさんは結構早かったですね、なんて言いながら、これからの作戦を詳しく説明してくれた。
ケイン王子は部屋に入って来たわたしを一瞥すると、フイッと視線を横に逸らす。
……あれ?なんだかご機嫌斜め?
「これから僕たちは商人として、この町の領主のお宅へ向かいます」
「商人ですか?」
ジェフリーさんの言葉にあたしがそう質問を返すと、彼は頷いた。
「表向きは、ですけどね」
なんでもこの町の領主サマは、少年を売り買いしている、という噂があるそうだ。
その事が今回の誘拐騒ぎにどう繋がるかと言うと……。
「実は……「白い風」からの脅迫文には、続きがありまして。誘拐された姫を返してほしくば、ケイン・フィーダ・トリエスタをこの町に連れて来いと」
「そ、それで?」
なんでケイン王子が指名されたんだろう。
なんだってこの田舎の町に?
「それが、文章はそれだけしか書かれていませんでしたので、とりあえずはこの町で聞き込みを。それで、ここの領主の噂を聞いたのです」
「……噂」
「はい。なんでもこの町の領主様の家には年端もいかない少年たちが大勢 いるとか、いないとか」
そこから少年の売り買いをしているって噂が流れたらしい。
「後はその少年たちが、みんな聖騎士の制服を着ているらしいんです」
何だそれー!絶対、その子たちが盗賊団の「白い風」で、決定じゃない。
怪しい、怪しすぎるでしょう。
「なんだか怪しすぎて、逆に怖い気が……」
「ナサニエルさんのおっしゃる通り、僕たち第3団もそう思いまして、慎重に事を進めようと、現在団員を1名。領主邸に送りこんでいるのですが……」
「ひょっとして、連絡が取れないんですか?」
言葉を濁したジェフリーさんに、わたしは詰め寄った。
「おっしゃる通りで、実は昨日、定期連絡を寄こす予定だったのですが。約束の場所に彼が現れずに……そんな矢先にケインが聖騎士姿のあなたを捕まえて来て……」
わたしったら、随分と紛らわしい事をしちゃっていたのね……。
「す、すみません!わたし……そうとは知らずに随分とご迷惑を……」
「まったくだ」
後ろから茶々が入るけれど、わたしはそれを無視した。
どんな理由があろうとも、ケイン王子のしたことは罪もない一般市民の拉致監禁なんですからね。
いくらライアン・フランシス様に似ていようが、そんなことは許されない。
本当にライアン様だったなら、いくらでも許してあげたのに……。
ケイン王子が中途半端にライアン様に似ているのがいけない。
どうせなら、中身までそっくりだったらいいのになぁ。
……まったく、残念な男だ。
「なんだか。俺、こいつにすっごーく馬鹿にされてる気がするんだが」
気の所為か?なんてジェフリーさんに聞いているケイン王子。
「ヤダなー、気のせいですよ。気のせい」
わたしったらダメね。ケイン王子はわたしが聖騎士になる為の大切な駒。
それに、いつかはきっとライアン・フランシス様のモデルと呼ぶに相応しい人になるんだから。
ここはゴマをすっとかないと。
「ケイン王子は本当にライアン・フランシス様に似てらっしゃるなーって思ってただけですよ」
見た目だけは。見た目だけは、ね。
わたしの最上級の褒め言葉に気をよくしたケイン王子は、
「ふざけんなよ!俺はライアンでもフランシスでもねえ!ケイン、だ!」
あら、お気に召さなかったようだ。
「まったく贅沢なんだから」
「何が贅沢なのか聞かせて貰おうか?」
「まあ、まあ。ケイン。落ちついて下さい」
額に浮かんだ青筋をピクピクさせながら、今にもこちらに剣を向けてきそうなケイン王子をジェフリーさんが宥める。
「ジェフリー、止めてくれるな」
「いや、もう遊んでる暇はありません。屋敷に向かう時間です」
冷静に言われて、少し落ち着いたのか、肩で大きく息をつき、ケイン王子がわたしを見る。
「今度、ライアン・フランシスとか言う名前を口にしてみろ!容赦なく切ってやる」
「まあ、野蛮人!ライアン・フランシス様はそんなコトいいません!」
「お前は言ってる傍からっ」
「何度でも言ってやりますよ!ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様!ほら、3回は言ってやりました」
「この野郎!」
「ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様!ほら、8回!まだ言いますよっ」
わたしはそこで息を切って、
「──ライアン・フランシス様、ライアン・フランシス様!さて、何回言ったでしょう?」
わたしの質問にケイン王子は不敵に笑って、
「10回だろう?」
「ブー!答えは11回です。続けていう前に1回、ライアン様の名前を言いましたー。ぷぷぷ、間違えてやんのー」
「なんだとー!そんなものは数に入らないだろう!」
「いいえ、わたしの答えが正しいです!」
「いや、俺だ!」
「わたしです!」
「俺!」
「わたし!」
言い合いを続けていると、背後から恐ろしい気配を感じた。
「あなた方は、この任務をなんだと思っているんですか?」
ジェ、ジェフリーさん……なんだか怖いです。
温和なイメージだったジェフリーさんの背中に何か どす黒いものが……あれが噂に聞く魔のモノたちが潜むと言われている闇だろうか?
か、体が動かない……。
「ジェ、ジェフリー。気を静めて欲しい。俺が悪かった」
「わたしも悪かったです」
慌てて謝るケイン王子。わたしもそれに素早く便乗した。
「──大人しく、静かについて来ていただけますか?ケンカせずに」
「ああ」
「はい」
わたしとケイン王子は一緒に答える。
「事は一刻を争うかもしれないんですよ?」
「反省してる」
「反省しています」
ああ、どうかジェフリーさんの怒りが静まりますように。
「そんな事より、さっさと行った方がよくないか?説教なんか止めにして」
ケイン王子、あなたってなんて空気の読めない。
ジェフリーさんの頬がヒクヒクってなっていますよ!ヒクヒクって。
「……まあ、ケインの言うとおりですね。役割は領主邸へ行く道すがらお話しします」
なんとか気を落ち着けたジェフリーさんがそう言って、わたしたちはようやく宿の外に出た。