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トリエスタの聖騎士  作者: ゆげつげ
【 手にした指輪と囚われの姫君 】
6/20

噂の義賊「白い風」 - 1 -

※下ネタ注意。

 トイレに着いて、わたしがまず思ったことは……何、これ?だった。

 だって、だって、壁一面に変わった形の陶器の器が等間隔に並んでいるのよ。

 こ、これで、どうやって用を足せっていうんだろう。

 途方に暮れるわたしにケイン様は言った。

「何だ?小便したいんじゃないのか?」

 しょ、しょうべんですってぇぇぇ!!

 止めてください。そんな美しいお顔で小便だなんて。

 せ、せめてオシッコって……いや、それも色々と間違ってる気がする。

 やっぱり小便でいいのかしら?何かもっと相応しい言葉が……黄色い水とか?

 それはそれで嫌な気がするけれど。

「あ、あの……どうすればいいんでしょう?」

 わたしは取り合えず聞いてみた。

 イメージとか云々よりも、この歳でお漏らしなんて経験したくない。

「はあ?普通に立ってすればいいだろう……って、お前、男のくせに立ちションしたことないとか言うなよ」

 立ちション──それは立ったまま用を足すこと。

 そんな高等技術、ほんの少し前まで女だったわたしは経験したことがない。

「ないです」

「は?」

「ないんです!立ちションなんて!!」

「お、お前……どこの王族だよ」

 王族?王族って立ちションしないモノなのだろうか?

 そんなことよりも、奥の方に個室があるみたいだから、そこで何とか用を足そう。

 わたしがそちらに行こうとすると、ケイン様に引きとめられた。

「ちょっと待て。教えてやるよ、立ちションの仕方」

 ……え、えっと?

 そう言ってケイン様は徐に1つの器の前に立つ。

「まず、ズボンを下ろすだろ?それから自分のモノを持つ。そして、あの少し窪んだ所を目がけて出す。わかったか?」

 いや、わかったかって言われましても。

「わたし、個室でやります」

 いくら お相手がケイン様でも、そんな自分を晒すような真似は出来ません。

 モノには順序ってものがありますし。

 わたしがずっとお慕いしていたことには変わりないけれど、やっぱりねぇ。


 個室だったら女性のトイレと同じ作りだと聞いたことがあるし、屋敷のトイレは みんな そうだった。

 突然、体が変わってしまっても、多分、やり方にそう違いはないと思う。

 取り合えずズボンを下ろして、座ってすればいいのよ。


 だから、こんな往来の目の前でお尻を見せて、立ってするなんて、考えられない。

 ドアは閉まっててもカギがないんじゃ、いつ、誰が入ってくるか、わからないじゃない!


「お前なぁ。恥ずかしがってる場合じゃないだろ?男だったら、こっちでするもんだぜ。それとも何か?用があるのは大便の方だったのか」

「ち、違います!!」

 だ、大便とか、言わないで欲しい。

 わたしの中のライアン・フランシス様のイメージをこれ以上、壊さないで!!

「や、やればいいんでしょう……やれば!!」

 う、うう……どうして、こんなことに。

「あ、あのー。むこう向いてて下さいね」

「その間に逃げようってか?」

 そう言って目を細めるケイン様。

 うう……そんな目で見ないでほしい。


「……わかりました」

 わたしは小さな声で答えた。


 そうね、きっとコレは試練なんだ!

 願いを叶えてくれた神様がわたしに与えて下さった試練。

 聖騎士になれたら、どんな困難にだって立ち向かって見せるって誓ったんだもの。

 ……まだ、なれてないけれど。この体になったことで、道は開けたってコトよね。

 うんうん。

 わたしは頷くと、壁際の器の前に立った。

 なんとなく、隅っこの方が落ち着く気がしたのだ。

 意を決してズボンを下ろそうとするけれど、手が縛られてて上手くいかない。

「うーん、もう!」

 四苦八苦してると、後ろから声がかかった。

「ったく、しょーがねーな。ズボンくらい1人で下ろせねーのかよ」

 金色の髪をポリポリ掻きながら、ケイン様が近寄ってくる。

 え、ちょっと……何をなさるおつもりで?

「さっさとしねーと、洩らしちまうぞ」

 言ってわたしのズボンを下着ごと引きずり下ろした。

「あれ、お前。なんだって女物の下着なんか履いてるんだ?」

 だって、だって、それは……。


「いぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 わたしの羞恥の叫びに駆けつけて来てくれた人は、どうやらケイン様のお知り合いだったみたいだ。

 どうしてわたしの前に神様が降臨させて下さった ライアン・フランシス様ことケイン様にお知り合いがいるの?だとか。

 その他、色んな疑問がわたしの頭の中に渦巻いたけれど。


「──ケイン。部屋にいないと思ったら、こんな所で、いたいけな少年に何て事を……」

「い、いや。ジェフリー、これには深い訳が」

「これのどこに深い訳があるって言うんですか?あなたはこの少年を無理やり」

「いや、誤解だ。ジェフリー」

「情けないです。僕はそんな方の元で汗水たらして働いていたなんて」

「お前が汗水たらして働いてたことなんて、1度も見たことないが……」

 トイレに入ってきた黒髪の男の人、ジェフリーさん(?)とケイン様は仲よさそうに会話している。

 ……う、羨ましい。

 できる事なら、わたしも仲間に加わりたい。

 でも、でもね──わたしは堪え切れずに泣いていた。


 ズボンを下ろされた衝撃で、出るモノも引っ込んじゃったけれど。

 見られた!見られた!!

 今は女じゃなくて、男だけど、そういう問題じゃないわよね!


 ああ、もうお嫁にいけない。この場合はお婿なのかしら?


 憧れのライアン様ならまだしも、見知らぬ男性にまで下半身を露出した姿を!

 っていうか男同士なら、ありなの?平気なものなの?この状況。


 どうでもいいけど、笑ってないで、ズボン上げてよ!

 こんな風に縛られてちゃ、届かないんだからー!!




 泣きだしたわたしをなんとか宥めすかしたケイン様とジェフリーさんは、一先ずわたしを先ほどの部屋へと連れて行った。

 どうやらここは宿屋のようで、ジェフリーさんが下の食堂で適当にご飯を見つくろってきてくれる。

 気のすむまで泣いたわたしは、両手を縛りあげていた縄を解いてもらって、それから、ちょうど お腹が減っていたので、それを黙々と食べた。


「あ、ちょっと……聞きたい事が……」

 あるんだけど、とケイン様に言われても、食べる!


 ああ、何てことだろう。

 これが、聖騎士になる為の試練なのだろうか?


 そうよね……聖騎士になったら、周りは男の人ばかり。

 これしきの事でダメージを受けてちゃダメよね。


 笑って流せるようにならなくちゃ。

 だって、わたしはエルザ・クリンプトンではなく、ナサニエル・レイン。

 れっきとした男の子なんだから。


 でも、どうしよう……このまま家に帰ってはダメかしら。

 ダメよね……。

 血のつながらない男児なんて、邪魔なだけだ。弟が生まれたなら尚更。


 やっぱり、わたしには王都に向かって聖騎士になるしか道はない、わよね?


「あ、えっと……ナサニエル、だっけ……もう、落ち着いたか?」

 あれからライアン様、もとい ケイン様は微妙に罪悪感を感じたのか、ほんの少しだけ、わたしに優しく接してくれる。

 それは嬉しい、嬉しいんだけど……わたしが求めていたことと大きく差がある気がするの。

「…………」

 わたしはケイン様を無言で見つめる。

 ああ、思い出すだけで涙が……。

 そんなわたしを見て、ケイン様が、うっと言葉を詰まらせた。


「申し訳ありません。怖い思いをされたでしょう?まさか僕もケインがあんなことをするなんて、思っても見ませんでした。いくら女性が苦手だからと言って……こんな少年に手を出すなんて」


 そんな時、ジェフリーさんがわたしを見て言った。


 さっきは気が動転していてわからなかったけれど。

 この人、どこかで見たことあるような気がする。

 綺麗に整えられたブルネットの髪。

 それからグリーンの瞳は、まるでお父様とお母様みたいな色合いをしている。

 横わけにした髪に乱れはなく、そして、優しい笑みを湛えている。


「ジェフリー!それはさっきも説明しただろう!?」

 彼の言動にカッと頬を赤く染めたケイン様は、何と言うか、可愛らしい。

 ライアン様とは少しイメージが違うけれど、これはこれでいいんじゃないだろうか?

 もしかしたら、物語が進んでいくにつれて、こういう場面も見られるのかしら。

「冗談はさておき、ナサニエルさんとおっしゃいましたか」

 そう言って、頭を上げるジェフリーさん。

「冗談かよ」

 なんてケイン様がその横で悪態をついている。

 ……う、やっぱりイメージじゃない。顔はソックリなのに。

 わたしは気を取り直して頷いた。

「はい。わたしはナサニエル・レインと言います。失礼ですが、ジェフリーさんはライアン様の何ですか?」

「ライアン、様?」

「ええ、ライアン・フランシス様です」

 訝しげな表情のジェフリーさんに、わたしは頷く。

「ライアン様と言うか、今はケイン様と名乗っているようですが……」

「ケイン……」

 ジェフリーさんはわたしから視線をケイン様にうつす。


「言ったろ?こいつ俺の事、ライアン様とか何とか言って聞かないんだ」

 おかしな奴だろ?って、ケイン様ったら、酷い。

 わたしは おかしな奴でもなんでもなくて、ナサニエル・レインだって ちゃんと名乗ったのに。

 それとも本名の方がいいのかしら?


「ナサニエルさん……ひょっとして、ライアン・フランシス様と言うのは……今、巷で人気の『聖なる騎士物語』の主人公、ライアン・フランシスのことですか?」


「ええ!ジェフリーさんも御存じですか!?」

「はい。愛読させて頂いてますが……」

 ああ、こんな所で同志と出会えるなんて。


「ナサニエルさん、非常に言いにくいことなんですが。ここにいるケインは見てくれこそ物語の主人公にそっくりですが、本当に見てくれだけ、なんですよ」


「そんな、違います!ジェフリーさん。わたしちゃんとお願いしたんです。神様に。そしたらライアン様が現れて」


「彼はライアン様ではありませんよ。あなたも聞いたことくらいあるでしょう。この人はこう見えてもこの国の王子です。今は任務中でこんな恰好ですが……彼の名前はケイン・フィーダ・トリエスタ。ライアンと言う架空の人物ではなく、実在する人ですよ」


「……そ、そんな」

 願いが叶ったと思っていたのに。

 わたしはジェフリーさんの言葉に愕然とする。

「本当に、ライアン様じゃないんですか?」

 本当の本当に?わたしはケイン様とジェフリーさんを見た。

「おい、ジェフリー。こんな得体のしれないヤツに正体ばらしていいのか?この任務は一応、極秘にってことだっただろう?」

「彼は大丈夫だと思いますよ。盗賊団「白い風」の一味ではない筈です」

「筈って、お前なぁ」

 2人の会話がまったく耳に入って来ない。

 ケイン様がライアン様じゃない?

 じゃあ、ライアン様はどこに……って初めからいないのか。


「……ライアン様っ」

 どうもわたしの今日の涙腺はすこぶる緩くなっているらしい。

 次から次に流れてくる涙に、ケイン様とジェフリーさんは困ったようにため息をついた。


「ジェフリー、こいつどうする?」

「あなたがここに連れて来たんでしょう?ケインが最後まで面倒みて下さい」

「お、俺がぁ?」

 ひっく、ひっくとしゃっくりをあげるわたしに、ケイン様が顔を引き攣らせる。

「俺、無理。ガキは嫌いだ」

「あなたはそれだけじゃなくて、人が嫌いなんでしょう?」

 ジェフリーさんの言葉にケイン様は顔を顰める。

「ウルサイな。ほっとけよ」

「昔はあんなに可愛らしかったのに」

「小さい頃の話はするな!」

「あの時は無邪気でしたよね。疑うことも知らずに、姉君たちに いいように遊ばれて……」

「ウルサイ!」


 ……あ、なんか。わたしって忘れられてる?


 もう、どうでもいいや。なんだか泣いたら疲れちゃったし。

 わたしってば、今日、かなりの距離を歩いたものね。

 お腹はまだ空いてる気がするけれど、それよりも、今は眠い……。


 わたしは言い合っている2人を無視して、近くのベッドに潜り込む。

 あ、このシーツの匂い。ケイン様の匂いだ。

 彼がライアン・フランシス様じゃなかったのは残念だけど……モデルと噂される人物だけのことはある。

 見た目は本当にそっくりだ。

 あの雑誌の挿絵、まんざら嘘でもなかったのか。

 何割か美化されていると思ったのに。


 見た目だけなら……それでも十分な気がする。

 わたしのライアン様に、そう呼ぶに相応しい人柄になってくれさえすれば……。


「おい、お前!そこは俺のベットだぞ!!」

 ほら、この言葉づかい。これをまずは正して。

「おい、出ろって!寝るな!!」

 仮にも一国の王子がこんな、だなんて。

 まあ、わたしも人のコト言えないけれど……。

「おい、お前。ナサニエル・レイン!」

 そう、お前じゃなくて、ナサニエル・レインよ……。


 わたしはそれから程なくして、夢の世界へと旅立った。





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