ナサニエル・レインの誕生 - 4 -
2時間弱だなんて、わたしは山道を甘く見てた。
一応、綺麗に整備されてはいるものの、鬱蒼とした木々に囲まれた山道を下ること3時間。
その間、誰にも遇わないんだから、ミネリ村って つくづく田舎なんだって思い知らされた。
まあ、時間帯がちょうど人通りの少ない時だったんだろうけれど。
それから、麓に辿り着いて、町に入ってからも、わたしが注文した仕立て屋に辿り着くまで、プラス1時間半かかった。
いつもはバッスンを騙して、家の馬車を使ってたから1時間ちょっとで行けた道のりも、わたしの足では無駄に時間がかかった。
町に着いてからも道に迷うし。絶対、こっちだって思っていたのとは反対の方に目的の店はあった。
──「クレメリーの仕立て屋」
その看板の店に入って、引き換え券を渡すと、商品を受け取る。
店員さんはわたしの髪をチラッと見たけれど、何も言わずに出来あがった服を見せてきた。
「ご注文の品はコチラでお間違えないでしょうか?」
……ああ、なんて素敵なんでしょう。
この国の聖騎士の服とそっくりなソレ。もちろん実物なんて見たことないけれど。
絵なら『月刊 聖騎士☆通信』で何度も見ている。
それに『聖なる騎士物語』の挿絵も、実物を忠実に再現しているって噂だし。
「ええ、間違いありません」
わたしは嬉々として、その服を受け取った。
ああ、やっぱり取りに来てよかった。
これまでの憂鬱な気分がウソのように足取りが軽い。疲れも吹っ飛んだみたい。
わたしは店の外に出ると、早速その服を身につけたくてウズウズしていた。
ちょっと羽織って見るだけ。
……どこか、人目につかない場所はないかしら?
どうせなら自分の姿を見れる所がいい。建物と建物の間の細い道なんてのはどうだろう。
しばらくブラブラして、ちょうどいい場所を見つけた。
ちょっと暗くて陰気な通り。
普段ならそんな所に立ち寄ったりはしないんだけれど……。
ちょうど店先のショーウィンドウが鏡の役割を果たしてくれそうだし。
そちらに近づくと、ふと目に止まる物があった。
「──なんでも願いが叶う指輪?」
ショーウィンドウの隅っこに飾られてある指輪は、銀色で真ん中には黒い石。
その周りをとり囲むように繊細な蔦の模様が彫り込まれている、なかなかの物だった。
わたしはその店の看板を見る。
──「フラメンス聖具店」
「ここって聖具屋さんなんだ……」
わたしは感嘆のため息と共に、思い切って店の中に足を踏み込んだ。
落ちついた色調で統一された店内。
店には聖力がなければ使えないアイテムが、数多く並べてある。
でも、どれも見た目は普通のアクセサリーとは変わらないような凝った造りで、通りのイメージから、ちょっと不気味な想像をしていたんだけど、予想外の展開だ。
「いらっしゃいませ」
声をかけてきたのはダンディーな おじ様。
オールバックの灰色の髪は、クリンプトン家の執事、バッスンを思い出す。
「あ、あの。ショーウィンドウにある指輪なんですが……」
「はい」
「なんでも願いが叶うって本当ですか?」
わたしは自分の肩の荷物が商品に当たらない様に手に持ちかえながら言った。
「ええ。その様に伝えられています」
そう言っておじ様が温和な笑みを浮かべる。
「本当!?」
わたしは興奮して尋ねた。そんな指輪が普通に売られてて、いいの?
だって本当に願いが叶うなら、誰だって欲しいはずよね!
「実はあの指輪は聖具ではなく、神具なのですよ」
「……神具!?」
聖具が人の手によって作られた物とするならば、神具は神によってもたらされた物だ。
「神具は神の道具ですので、人には効果が無いと言われています。ですからお守りとして身につける方が多いですね」
「他にもあるんですか?」
「当店で取り扱いの神具はあれだけです。そうあるものではありませんので。大変、貴重ですよ」
神具……神具といえば!確か、ライアン・フランシス様も身につけていらっしゃったはず。
『聖なる騎士物語』第2巻の途中にそう言う記述があったもの。
ライアン様の神具は指輪ではなく、ピアスだったけれど……。確かお母様の形見とかなんとか。
「おいくらですか!?」
……ああ、今日はなんて素敵な日なのかしら。
わたしは鼻歌を歌いながら、先ほどの聖具店のすぐ脇の路地に入りこむ。
積まれてある木箱にそっと腰を下ろして、手に入れたばかりの指輪を自分の右手薬指にはめてみた。
「ああ、素敵!」
指輪の値段は神具という割に、そこまで高くなかった。──金貨30枚。
普通の聖具が銀貨5枚とかで買えちゃうんだから、なんの効力もない割には高いのかもしれない。
けれど、これでまた一歩、ライアン・フランシス様に近づけた気がする。
全財産を使いきってしまったけれど……。
そろそろ家に帰らなきゃ。
来る時に思ったより時間が かかったから、村に着く頃には夜になっているかもしれない。
でも、わたし、他に行くところなんてないし……。
これから家に戻っても、お父様とお母様はわたしを受け入れてくれるかしら。
わたしがお父様とお母様の子ではないなんて、きっと何かの間違えに決まってる。
だって、だって……。
「……はあ」
わたしは ため息をついて、手元の紙袋を見た。白い聖騎士の服。
滑らかな手触りのその服を 座っていた木箱から下りて、羽織ってみる。
想像するライアン様の体型に合わせて作ったから、少し、いや、かなり ぶかぶかだけど。
「ああ、なんだかコレって……」
まるでライアン様の服を借りちゃいました、みたいな感じだ。
わたしはこの服を使って、ライアン・フランシス様の等身大 人形を作ろうとしていた。
まだその材料なんかを探している途中だったんだけど。
「それも、今日まで、かな」
わたしが男だったら、このまま聖騎士を目指して、王都まで行くのに……。
再びため息をついて、わたしは右手に光る指輪に願い事をしてみた。
「わたしを聖騎士にしてください。その為だったら、どんな困難にだって打ち勝って見せます」
なんてね。そんなの叶うはず無い。
それよりも……。
「ライアン・フランシス様に会えますように」
と、こちらも叶うはずない夢なんだけど、でもせっかく大枚はたいたんですもの。
これくらいの夢を見たっていいわよね。
「おい、お前」
突然、右手から かかった声にわたしは思わず飛び上がる。
「ひゃい!」
変な声が出てしまった。
恐る恐る声のした方を振り向くと、そこにはライアン・フランシス様がいた。
「ああ、神様……」
わたしの願いを聞き届けて、この世にライアン様を降臨させて下さったのですね。
でも、わたしのライアン様はけして人様に「お前」なんて言葉使ったりしませんよ。
ここはやっぱり「そこの君」とか「あなたは……」みたいな台詞がピッタリだと思います。
わたしはそんなことを考えながら、意識が遠のいていくのを感じた。
……ああ、耳元で声がする。
その見た目よりも ほんの少し低い声がス・テ・キ。