ナサニエル・レインの誕生 - 3 -
部屋へ戻ると とりあえず、わたしは大きな布袋に本を詰めた。
『聖なる騎士物語』の現在刊行されているモノで4冊。
新刊は来年あたりに出るんじゃないかって噂だ。
それから、初回から購読している『月刊 聖騎士☆通信』。
本当は全部持っていきたいのだけれど、これは かさ張るから、お気に入りの号だけ。
2年前から「聖なる騎士同盟」で、まことしやかに囁かれ始めた噂。
実はライアン・フランシス様にはモデルとなる方がいらっしゃるとか。
それがこの国の第2王子であるケイン・フィーダ・トリエスタ様だ。
ケイン王子は聖トリエスタ聖騎士団、第3団の団長で、その就任式の様子が特集された記事が載っている号だけでも持っていこう。
なんたってプレミアがついてるし。
実写版ライアン・フランシス様と噂されている王子の姿絵は、確かに小説の挿絵にソックリだった。
金髪に碧眼、整った顔立ち……でも、でも、ライアン・フランシス様の方が断然カッコイイに決まってる!
王族の姿絵なんて絶対、本物より数段マシに描かれているハズだもの。
それに性格だって、甘やかされて育った(であろう)王子とは比べものにならないくらい、過酷な人生を過ごされて来たんですからね。ライアン様は!!
大切な友の死、仲間の裏切り、貴族たちの派閥に、その出生の秘密。
美しい顔に影を落とすのはその暗い過去たち……。
けれど、ライアン様はくじけたりしない。
ずっと、前だけを見つめて……魔のモノたちからこの世を救うために、ただ1人、真剣に戦い続けている。
──いけない、いけない。荷作りの途中だった。
早くしないと、誰かがやってくるかもしれない。
わたしはクローゼットの奥深くに眠っていた服を取り出した。
何かの時の為に用意していた、男ものの服。
生地はちょっと上等過ぎるから村では浮くかもしれないけれど、町まで出れば裕福な家の坊ちゃん程度に見える代物だ。
わたしはそれを着こんで、しまった と思う。
これじゃあダメだ。女の男装にしか見えない。
14歳になった時から ぷっくりと膨らみだした胸は未だ成長期。
わたしは布を使ってなんとかそれを平らにし、今度はどうだと、鏡を見る。
それでも、やっぱりダメだった。
大きすぎる目が邪魔だ。それに薄桃色の唇。
照れるとすぐに赤くなる頬も肌の白さを際立てて、女の子に見えてしまう。
そう、1番いけないのは髪。
この世の中、髪の長い男性は大勢いるけど、それは男の体つきをしているから、そう見えるのであって。
いくら男だと言い張っても、体を見れば一目了然なわたしには邪魔なものだ。
……そうだ。髪を切ろう。
わたしくらいの年齢で髪の短い女性なんて、そうそういないもの。
机の引き出しからハサミを取り出し、バチバチと髪を切る。
一本では銀色に見えてしまう わたしの桃色の髪が、細かい模様の絨毯の上に束になって落ちた。
わたしはなんとか髪形を整えると、よし、と頷く。
我ながら、なかなかの出来だ。
どこからどうみても、ちょっと年はのいかない男の子って感じ。
声が高いのは、まだ声変わりをしていないから。
そんな感じで頭の中で設定を思い浮かべる。
……うーん、名前はなんにしよう?
意味があって、とっても素敵な名前がいいなぁ。そう、ライアン・フランシス様みたいな!
彼の名前を使うのはちょっと おこがましい気がするし、そうだ!あれにしよう。
『聖なる騎士物語』の冒頭で、ライアン・フランシス様を守って亡くなった騎士の名前。
──ナサニエル・レイン。
彼はライアン様の親友だった。
友の死に苦悩するライアン様……そう、この名前がいい。
わたしの名前はエルザ・クリンプトンではなく、ナサニエル。ナサニエル・レイン。
平民だった彼は聖騎士を目指し、そしてライアン・フランシス様のパートナーとなった。
ライアン様が唯一、その心を許した相手。
わたしはこれからナサニエル・レインとして生きる!
そして、そこで思い出した。
「出来あがった服を取りにいかなくちゃ」
代金は前払いしてあった。
せっかくだから、家を出るついでに服を取りに行こう。
時刻はまだお昼前、今から出れば隣町にはお昼過ぎには着けるはず。
馬車ではいけないから徒歩になるけれど、ミネリ村からそう遠くない所にある。
山道を下って2時間弱の道のり。
「よいしょっと」
わたしは手持ちのナイフと本、それから今まで貯めてきた金貨を袋に詰めて立ち上がった。
「ふん」
気合を入れて、それを右肩にからう。
分厚い本が入っているだけに、結構 重たい。
どうしよう、もう少し持っていくものを減らすべきだろうか?
悩んでいると扉を叩く音がした。
「エルザ、エルザ!部屋にいるのか!?」
お父様の声に咄嗟にベッドの下に隠れる。
返事のないわたしの部屋に飛び込んできたお父様とお母様は、部屋の中を見渡して、あるものに気付いて声をあげた。
「ああ……エルザ……」
そう言うと、お母様はその場でふっと意識を失ってしまう。
「奥様!」
お母様が床に倒れる寸前に執事のバッスンが、その体を支えた。
「エルザ……わたしが腑がいないばかりに……」
鏡台の下に散らばったわたしの髪をお父様がすくいあげる。
……しまった。片づけるのを忘れてた!
「バッスン。エルザを探してくれ。まだそう遠くへは行ってないはずだ!」
お父様が言う。
「かしこまりました。旦那様」
そう言って、バッスンはお母様を立たせ、部屋を出ていこうとする。
けれど、彼のその足をお母様が引きとめた。
「バッスン……もう、いいのよ。遅かれ早かれ、こうなっていたのかも知れないわ。わたし達の本当の子でないと、あの子に知られていたなんて……」
え、え、ええええええ!?
ちょ、ちょっと待って。お母様。
「いずれこうなる運命だったのよ。あの子をずっと大事に育ててきたけれど。もう少しこの手に抱いて居たかったけれど……こうして、自ら旅立ってしまった」
お母様が泣いている。
「今はただ……あの子の旅立ちをそっと見送ってあげましょう」
お父様が泣いているお母様の手をとって、
「ああ、そうだな。お前の言うとおりだ。わたしたちは少し子離れしないと いけないのかもしれない」
そ、そんな、お父様。
「お前は少し休みなさい。体に触る」
「……ええ」
お父様はお母様を連れだって部屋から出ていく。その後にバッスンが続く。
そうして、バッスンは部屋の扉を閉める前に、部屋の中を見回すと、すんっと鼻を鳴らした。
──パタン。
扉がそっと閉められて、部屋には静けさが戻る。
わたしは呆然としたままベットの下からはい出した。
……どうしよう。どうしたらいいの?この状況。
つい、衝動でこんな行動をとってしまったけれど。
わたしは出来あがった服を町にとりに行ったら、また普通にこの家に帰ってくるつもりだったのに。
髪を切ったのだって、こんな短い髪の毛じゃ恥ずかしくて外には出してもらえないだろう。
いくら田舎の貴族でも、流石に娘にこんな髪させてたんじゃ、王都になんか連れて行けないよね。
聖女になれ、だなんて言えなくなるんじゃないかなぁ、という計算の元だったのに。
あげくに、わたしがお父様とお母様の本当の子供じゃないだなんて!?冗談じゃない!
わたしが言ったのは言葉の綾だ。
もちろん、小さい頃に両親と髪の色が違うことで村の子にイジメられたこともあった。
お前はもらわれっ子だーってね。
でも、髪の色が違うのは聖力の所為で、瞳の色はお父様とお母様と同じだったから、わたしは全然 信じてなかったのに。
もし、本当に よその子だなんて知ってたら、あんな風に叫んだりしない。
ちょっとはオカシイかなぁって思ってたけれど……だってわたしはお父様にもお母様にも似てなかったから。
何度も言うようだけど……本当に、どうしましょう。
ひょっとして、いや、ひょっとしなくても、わたしって見捨てられた!?
真実を知ってしまったら、なんとなく出て行き辛いし。知らない振りをするってのもありかも?
「──とりあえず、洋服だけでもとりに行こう」
わたしはトボトボと、いつも使っている秘密の抜け道から屋敷の外に出た。