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トリエスタの聖騎士  作者: ゆげつげ
【 手にした指輪と囚われの姫君 】
15/20

魔物の種 - 1 -

 愛って難しいものね。

 ダメだと判っているけれど、ついつい比べてしまうの。

 ライアン・フランシス様とケイン王子。

 見た目は近くても、同じ人間ではないわ。

 ライアン様は架空の人物だから、比べたって仕方がないのだけれど。

 あの完璧なライアン・フランシス様とケイン王子を比べる方が酷ってものよね。


 わかってる、わかっているのよ。


 でも世の中にはどうしようもない事ってあるじゃない。


 例えば、ライアン・フランシス様が本の中の主人公だという事とか、お会いしたくても現実に存在していないから無理だという事。

 それから、今の現状。


 わたしたちはしばらく歩かされた後に、屋敷の裏手にある別館へと連れて行かれた。

 手を縛られているとは言っても、隙をつけばいつでも逃げ出せそうなこの状況。

 でも誰もそれを実行しない。


 だからわたしは大人しく、ケイン様と愛の語らいをしながら歩き続けていたのだけれど。


 別館に入る前に、それまで大人しく前後にわかれて、わたしたちを連行していた少年の1人が言った。

「ここからはお静かに願います」

 何故か、すごーく軽蔑した眼差しで見られたわ。

 ケイン王子がわたしの前で「俺は違う、俺は違うんだ」なんてブツブツと呟いている。

「わかりました」

 わたしが素直にそう返事すると、少年たちは再び、わたしたちを連れて歩きだした。

 それから、しばらくして──。


「あの……」

「お静かに」

 わたしが声を上げると、先ほどの少年が口をはさんできた。

「じゃあ」

「…………」

 少年は無言のまま、素早くこちらに近づいてくると、懐から白いハンカチを取り出して、わたしの口をそれで塞ぐ。

「ふぁんふぇふぉふぉふふんふぇふふぁ」

 何てことするんですか、と言ったつもりでも、口から出るのはくぐもった声ばかり。

「お静かにと言ったはずです」

 確かにそう言われたけれど、一言も話しちゃいけないなんて言わなかったじゃない。

 だからちょっと小声でお喋りしようとしただけなのに。

「少年、いい仕事したな」

 グッジョブ、なんて言いながらケイン王子が少年の肩を叩いた。

「!?」

 少年はケイン王子の両手が自由になっていることに目を見開いた。

 わたしも同じく目を見開く。

「ふぇふぃん、ふぃふふぉふぁふぃ」

「何言ってるのか、わかんねーよ」

 もちろん。わたしは「ケイン、いつの間に」と言ったのだけれど通じていないみたい。

 愛です。愛が足りませんよ、王子。


 いや、これはケイン王子お得意の照れ隠しと言うやつね。

 それともわたしがなかなか、ライアン・フランシス様への愛を断ち切れないから、怒っていらっしゃるのかしら。

 ごめんなさい、王子。

 ナサニエルの時にはライアン様ではなく、ケイン王子を愛そうと誓ったのに。


 でもわかってください。

 愛とは耐えることも必要なのです。

 そして少年は青年へと成長していくものだと、何かの本に書いてあったような。


「お前らって全然、盗賊らしくないよな。捕虜の手を縛るだけで、武器を取り上げないなんてよ。そもそも最初は縛りもしてなかったしな」


 そう言ってケイン王子は腰に吊るしてある剣に手をかけた。

「これは一体どういう事なんだ?」

 抜かないまでも剣を手にした王子は、随分と迫力があった。

 少年たちは脅えた目でケイン王子を見やり、リーダー格とおぼしき人物を見る。


「これから旦那さまがご説明なさいます。それまで、どうかお静かに──あまり騒ぐとあの方が目覚めてしまう」


「あの方?」

 少年の言葉にジェフリーさんが口をはさむ。

 そのジェフリーさんの両手からも、いつの間にか縄が無くなっていた。

「まあ、ここは大人しく彼らの後をついて行くことじゃな。まったく、堪え性のない奴め」

 そう言ってケイン王子を小突いたロアンお爺さんも、知らないうちに自由になっていた。


 みんなズルイ!


 わたしもなんとかして、この縄を解かないと。それから口を塞いでいるこのハンカチも。

 息がしづらいこと、この上ないわ。


 わたしは何とか猿ぐつわを外し、両手の縄に取り掛かる。

 本当、詰めが甘いわ。ケイン王子の言うとおり、とても本当の盗賊団とは思えない。


 義賊だから?義賊だからなの?

 あれ、でも……この縄、解けないのだけれど。

 みんなどうやって、外したのかしら。

 今後の為にも、誰かに教えてもらう必要があるわね。


 近くにいるジェフリーさんに声をかけようとして、その視線がある一点を見ていることに気づく。


「──マイケル?」

 ジェフリーさんの口から零れ出た名前。

 視線の先には、先ほどわたしたちが通ってきた別館の玄関ホールに佇む人影が見える。

「若旦那様!」

 少年の呼び声に、わずかに身動きする影。


 わたしの目がおかしいのかしら?


 マイケルに若旦那様、そう呼ばれた男性の左半身がよくわからない灰色をした物体に覆われていた。

 まるで、何かの根のように見えるそれは、その人の体を這うように蠢いている。


「寝てなくてはダメじゃないですか!起きていればそれだけ進行が早まります!!」

「お部屋へお戻りください!」

「若旦那様!!」


 制服姿の少年たちは口々に、声を上げる。


「どうして、どうして……ジェフリー先輩がここに?」

 それに殿下まで、と、少年達の若旦那様は半分しか動かない口で、なんとか聞きとれる言葉を発した。

「マイケル、お前…… 一体どうしたってんだ、その体!?」

 ケイン王子が叫んだ。

 その隣でジェフリーさんが言う。

「そう言えば、マイケルの姓はベアトリスでしたね。失念していました」


 館に部下を送る前に気付きましょうよ、ジェフリーさん。なんてことは言えない。

 それよりも、この人はどうやら目的の人物ではないみたい。

 ケイン王子やジェフリーさんのお知り合いのようだけれど……彼は人、よね?


 ジェフリーさんに「先輩」なんて言っているから、彼も聖騎士の1人なのかしら。


「お兄様」

 その時、背後(当初わたしたちが進んでいた方向)から声がかかった。女性の声。

 振りかえると、廊下の突き当たりにある部屋の扉が開いている。

 そこからヒラヒラとしたドレス姿の女性と、なんちゃって聖騎士服の男性というか少年。

 その後からベアトリス卿が姿を現した。

「テレサ!」

「ブライアン!!」

 ケイン王子が女性を、ジェフリーさんが男性の名前を呼んだ。




 わたしたちは今、ベアトリス邸の別館にある応接室にいる。

 時刻は深夜というよりも明け方に近いかもしれない。


 先ほど館の外に出た時はまだ辺りは真っ暗だったけれど。

 宿屋を出た時刻を考えれば、日付が変わってもう何時間か経っているはずだもの。


 応接室には10人くらい座れるテーブルがあった。

 その席にケイン王子、ジェフリーさん、ロアンお爺さん、わたしの順で腰を下ろしている。

 その向かいには、ベアトリス卿、1つ席を空けて、テレサ姫とブライアンさん。


 先ほど現れたヒラヒラドレスの女性は盗賊団に攫われたはずのテレサ姫。

 ふわふわの綿がしみたいな淡い金髪と青い瞳の持ち主。

 顔はケイン王子に似ていないこともないけれど、目が悪いのか丸いメガネをかけている。


 ブライアンと言う人は、わたしたちが探していた人物。

 この屋敷に潜入していた聖騎士で、ジェフリーさんのパートナー。つまり対ね。ペア。

 癖のある飴色の髪とそのべっ甲の様な瞳。

 見た目はわたしよりも年下に見えるのに、なんとケイン王子やジェフリーさんよりも年上なんですって。


 ケイン王子とジェフリーさんの年齢は『月刊 聖騎士☆通信』によれば、18歳と20歳。

 なんと、ケイン王子のみならず、ジェフリーさんのことも、あの雑誌に載っていたのよ。

 「今月の聖騎士」という、読者から人気のコーナーで、ジェフリーさんが取り扱われていたの。

 ここに来る前に暇つぶしで、持ってきていた雑誌を見ていたら、発見した。


 ……どおりで見覚えがあると思ったわ。


 たまたま、お気に入りでプレミア付きの号に特集されていたのがケイン王子とジェフリーさんだなんて、何か運命的なものを感じる。


 ブライアンさんがその雑誌に載っていたかどうか、記憶にないけれど……彼は今年で28歳だと言う。

 ここまで見た目と実年齢にギャップがある人を初めて見たわ。




 それから、若旦那様ことマイケル・ベアトリスさんは、やっぱり聖騎士だった。

 しかもケイン王子やジェフリーさん達と同じ、第3聖騎士団の団員らしい。

 前回の魔物退治で負傷して、療養のために故郷のこの屋敷に戻ってきていたと言うのだけれど。


「まず、今回の件について謝罪をさせて頂きたい」

 ベアトリス卿はそう言って頭を下げた。


「あなたが謝る必要はありません、ベアトリス卿。全てはわたくしが計画したことですから」

 テレサ姫が言う。


「大方そんな事だろうと思ったよ。そもそも「白い風」は王都近辺を賑わしている義賊だ。こんな国境近い南の田舎町にどんな用があるのか、疑問だったんだよ」


 姫の言葉に王子が言う。


「ケイン様、そんな言い方ではこの町の領主であるベアトリス卿に失礼ですよ」

 もう、正体を偽る必要のなくなったジェフリーさんはケイン王子を呼び捨てしなくなっていた。

 それならば、わたしも様を付けてお呼びしなくてはね。

 何の敬称もなく呼び合うのは、二人っきりの時だけというのがセオリーかしら。


「ケイン様、もう正体はバレているんですから、そのチンピラ風な言葉遣いは止めて下さい。顔に似合いません」


「お前ら、話のこしを折るなよ」

 ジェフリーさんとわたしがそう言うと、ケイン王子はため息交じりに言葉を返した。

「悪いのはケイン様です。そんな言葉遣いなのがいけないんです」

「まったく、ナサニエルさんの言うとおりですね」

 わたしの意見にジェフリーさんが賛同してくれる。


 あれから、なんとなく有耶無耶になってしまったわたしの身元調査は、ロアンお爺さんのお蔭でひとまず落ち着いたみたい。

 ジェフリーさんはあまり納得のいってないような顔をしていたけれど、今では以前と変わらず接してくれている。

 確か、わたしたちが閉じ込められていた部屋で何か言いかけていたけれど、もう一度、聞かないという事は、それほど大した内容ではないのだわ。


 そんなわたしたちの遣り取りをニコニコと笑顔で見ていたブライアンさん(とても30歳近くには見えない)が、わたしを見て言う。


「ジェフリー君にケイン君、その子はだぁれ?」

 ブライアンさんの緊張感の薄い言葉に、向かいの席からわたしへと視線が集まる。

 その喋り方からしても、年下だって言われた方がしっくりくると思うのですけれど。


「わたくしも先ほどから気になっておりました。彼女は……?」

 テレサ姫はどうも表情の少ない方のようで、今のセリフも殆ど顔色を変えずに言った。

 メガネをかけたお人形の様な人。

「テレサ、こいつは女じゃねぇ。男だ」

 ケイン王子が訂正した。

 なんだかこんなやりとりばかりね。

「桃色の髪の男の子か、珍しいね~」

 なんて茶色の瞳を輝かせながら、ブライアンさんが言う。

 そんな彼はニコニコと可愛らしく笑っていて、その表情が更に年齢を若く見せている気がするのだけれど。

 どうやら笑顔はブライアンさんの標準装備みたい。

 だって出会ってから、ずーっと微笑んでるように見えるんだもの。


 いるわよね。口角が元から上がってる人って。


 そんな人は大抵、何か重要な時とか、悲しい場面で1人だけ笑ってるって思われて「ヘラヘラしてんじゃねぇよ」とか「あなたって最低」とか言われちゃうの。


 でも、ブライアンさんの場合はその容姿が手助けしている。

 だって一見、子供に見えるから。

 しかも口を開くと更に幼く見える。


「彼はナサニエルさんと言って、ロアン様の知人のお子さんだそうです」

 ジェフリーさんが言った。

「どうも、ナサニエル・レインと言います」

 わたしはそう言って、ペコリと頭を下げる。

「僕はね~、ブライアン・トマソンだよ」

 そう言ってブライアンさんはこちらに向かって手を振ってくる。

 ……これは振り返した方がいいのかしら?

 疑問に思って、ケイン王子やジェフリーさんを見るけれど、誰もこちらを見ていない。

 王子はテーブルに肘をつき額を抑えているし、ジェフリーさんは誰も座っていない席の一点を見つめている。

 ロアンお爺さんは、眉毛で目が隠れていて、どこを見ているのかさっぱり わからなかった。


 わたしは取りあえず、テーブルの下から少しだけ手を出して、小さく振り返す。

 すると、ブライアンさんの行動がエスカレートした。

「わーい。ナサニエル君は、もう僕の友達だね~」

 ぶんぶんと両手を振ってくる。

 危ない。隣の席の姫に当たっちゃうわ。


 ……あ、よけた。


 テレサ姫は無表情のまま、ブライアンさんが振りまわしている手を、上半身を傾けることによって上手く交わした。

 何て言うか、わたしも気をつけましょう。

 ここまで空気の読めない人が居たなんて……他人の振り見て我が振り治せとはよく言ったものだわ。


 ……わたし、ここまではないわよね。


 そもそも、わたしの場合は空気を読めないんじゃなくて、あえて読まない時があるだけで。

 ブライアンさんよりマシだわ。

 それとも、ブライアンさんのこれは── 計算!?


「わたくしは、テレサ・フェイス・トリエスタです」

 ブライアンさんの隣でテレサ姫が冷静に言う。

 うーん、一体何を考えているのか、わからない人だわ。


 何が起ころうと無表情なお姫様と、やたらとテンションの高いブライアンさん。

 この場合、空気が全く読めていないのは、後者の方よね。




「ブライアン先輩」

 とうとう痺れを切らしたジェフリーさんが、ブライアンさんに声をかける。


「ダメだよ!ジェフリー君。僕は先輩じゃなくて、ブライアン君。見た目から言ったら君よりお兄さんには見えないでしょ。だから先輩じゃなくて、君付けにしてって、いつも言ってるのに~」


 無駄に語尾を伸ばすブライアンさん。

 ジェフリーさんはいつものことなのか顔を引き攣らせることなく言った。


「これから真剣な話をしますので、あなたは少し黙っていてください。雰囲気が壊れます」

「ええ~」

「よろしいですか?ブライアン

「でも~」

「僕にこれ以上、言わせないでください」

 あ、ジェフリーさんの背に、いつか見たような黒い闇が見えるわ。

「……わかったよ、ジェフリー君。キミがそこまで言うなら、その通りにするよ」

 ブライアンさんは、ジェフリーさんの背後をチラチラと視線を送りながら言った。

「ジェフリー君は魔物を飼ってるよね、絶対」

「何か言いましたか?ブライアン

「ううん、なぁんにも……」

 そう言って首を振って、ブライアンさんは黙り込んだ。

 その様子を見たジェフリーさんは、これでよし、とばかりにベアトリス卿を見る。


「── 事情の説明をお願いします」


 うん、なんだかブライアンさんが潜入捜査に使われた理由がわかった気がするわ。

 たぶん、ケイン王子もジェフリーさんもブライアンさんの働きなんて、最初から期待してなかったのよ。

 ただ、一緒に行動するのが鬱陶しいから、厄介払いしただけだと思うわ。


 それに、ちょうど見た目も少年に見えるから。

 たぶん、そう。きっと、そうよ。そうに決まってる。


「わかりました。ご説明いたしましょう。少し長くはなりますが……」

 そう言ってベアトリス卿は話し始めた。

 倉庫部屋で感じた悪役の様な雰囲気は一遍、ただの人の良さそうなお爺さんに見える。

 でも、その中には領主としての威厳が見え隠れしているけれど。


 ……それにしても眠いわ。


 生まれてこの方16年。

 こんなに夜更かしをしたのは『聖なる騎士物語』の最新刊が出て以来1年ぶりだもの。


 わたしは出そううになる欠伸を何度も噛み殺した。




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