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トリエスタの聖騎士  作者: ゆげつげ
【 手にした指輪と囚われの姫君 】
10/20

町の領主邸 - 1 -


「──いいですか?商家の息子が僕で、ケインはその従者。ナサニエルさんは商品の少年役です」

 どこで調達したのか、そこそこ立派な馬車を用意したジェフリーさんが言った。

 ケイン王子は従者らしく、馬車を操っている。


「あのー。聞いてもいいですか?」

 馬車の座席に乗り込んで、わたしはジェフリーさんに尋ねた。

「はい」

「なんでケインさんが従者で、ジェフリーさんが商家の坊ちゃんなんですか?」

 普通は逆なんじゃ……。


「ああ、ケインが商家の息子だと、彼があれこれ説明しなくてはいけなくなるでしょう?そんな芸当が彼に出来ると思いますか?」


「いいえ、思いません」

 わたしは即答した。

 なるほど、そういうコトか。従者ならば主人に付き従って、ぼーっと立っておくだけでいいもんね。

 本当の従者だったら、それだけではダメだろうけど。

「ナサニエルさん、すみません。あなたに危険な役をさせてしまって……」


「いいえ、気にしないでください。そもそもわたしがあんな所で聖騎士の恰好なんてしてたのがいけなかったんです」


 そう、あのまま 我慢して、何も考えずに家まで帰っていたらこんなことには ならなかった。

 そうすれば、今頃……今頃は……。

 聖女になる為に王都に行かされてたかも知れない。


 だったら今の状況の方が、かえってよかったんじゃないかしら?

 このままこの事件が解決したら、わたしは晴れて憧れの聖騎士に……。


「──ルさん、ナサニエルさん!」

「あ、はい」

 しまった。ジェフリーさんが何か話しかけていたみたいだ。


「あの、お伺いしてもよろしいですか?なぜ、あなたのお嬢様は聖騎士の制服にそっくりな物をお作りになったのか……あなたに対するプレゼントにしてはサイズが大きすぎる気がして」


 ああ、そうだった。そこのところは全く説明してなかったのよね。

 えっと、お嬢様っていうのはエルザ・クリンプトンのことでしょう?

 それって、つまりわたしのことだ。

 ……うーん。どうしたものか。

 ある程度、真実を話しておいた方が無難よね。


「えっと、エルザお嬢様はわたしと同じくライアン・フランシス様に憧れていて」

「ああ、あなたの荷物の中にもありましたね『聖なる騎士物語』の本が」

 わたしの荷物は今、ケイン王子とジェフリーさんが滞在している宿屋に置いてある。


「はい。とっても大切にしているんです。お嬢様からの贈り物なんですよ。えっと、それで、制服の話なんですけどエルザお嬢様はあの聖騎士の服を使って人形を作ろうとしていたんです」


「──人形、ですか?」

 わたしの言葉にジェフリーさんは首を傾げた。

「はい。ライアン・フランシス様の等身大の人形です」

「そ、それはまた凄いですね……」

「ええ、素材を吟味して、色々と準備をしていたんですが……」

 そこで言葉を濁したわたしが続きを話し出すのを、ジェフリーさんは真剣な表情で待っている。

 どうしよう、続きを考えなくっちゃ。

 エルザは死んじゃった事にしようかな。だって本人はここに居るんだし。

 お父様とお母様はわたしの事、周りになんて言うつもりなんだろう。

 下手に死んだ何て言って、後で確認されたら厄介だし。ここは曖昧に……。

「お嬢様はその作業を続けられなくなって……うっ……」

 と、ここで泣きを入れてみる。

 俯いたわたしを見て、ジェフリーさんは悪いコト聞いちゃったなぁーって顔をしてくれていた。

 よっし!掴みはOKね!


「──ですから、わたしにこの服を餞別に、と、お渡し頂いたのです。あの日、仕立て屋で出来あがった服を頂いて、わたしはいてもたっても立ってもいられずに、出来るだけ人目のつかない路地であの制服をちょっと試着していた所で、ケインさんに……」


 殴られたかどうかなんて覚えてないけれど。

「そうだったんですね。申し訳ありません。立ち言ったことをお聞きして」

 そう言うジェフリーさんに、わたしは言った。


「いいえ。わたしはエルザお嬢様の為にも聖騎士になろうって、誓ったんです。お嬢様の憧れと一緒にわたしも……。ですから、本物の聖騎士さんに、しかもジェフリーさんのような方に出会えて光栄です!」


 ゴマすりなんかじゃ、ないんだからね。

 これは本当にわたしが心から思ってることで……。

 けしてゴマすりなんかじゃ。


 その時、ちょうど馬車の揺れが止まった。


「どうやら、着いたようですね。ナサニエルさん、くれぐれも脅えたような素振りでお願いします」

「はい!」

「……大丈夫ですか?」

「ええ、演技力には自信があります。任せてください」

 ジェフリーさんは不安を隠しきれない様子でわたしを見た。

 大丈夫ですよ、ジェフリーさん。

 わたしが居れば百人力。大船に乗ったつもりでいて下さい!

「さあ、行きましょう!」

「いや。張り切らないでください。あなたは売られに来たんですから」

「……あ、そうでした」

 ジェフリーさんがため息をつく。

 しょうがない。心底落ち込んだ顔をしよう。

 そう、辛い事を思い出せばいいの。辛いこと。辛いこと。

 ああ、わたしって本当にお父様とお母様の子供じゃないのかしら……。

「あ、その表情いいですね!それでいきましょう」

「…………」

 わたしはジェフリーさんに促がされて、馬車を降りた。




「俺はちょっくら馬車を返してくるから、ジェフリー。後は頼んだぞ」

 え、ケイン王子も一緒に行くんじゃないの!?

 わたしがビックリしている間にケイン王子は通りを馬車と共に走り去ってしまった。

「えっと、あの?」

「さて、行きましょうか。ナサニエルさん」

「あ……はい」

 ケイン王子の従者役って、ただの馬車を動かすだけの従者だったのか……。

 つ、つかえない男なのかしら。ケイン王子って。

 薄ら寒い風が辺りに吹いている気がする。

 まあ、気を取り直してって、取り直しちゃいけないんだった。

 暗い気持ちで、屋敷を見上げてみる。


 流石に町中だけあって、それほど大きくはないけれど、この町では一番大きな家じゃないだろうか。

 わたしが住んでいた屋敷は田舎だけあって、無駄に大きかったけれど……。

 ジェフリーさんは門を潜ると、その家の扉についているノッカーを叩いた。

 それから、

「すみません。わたくし、メルべリン商会の者ですが」

 いつも僕って言ってるジェフリーさんが、畏まった様子で わたくしって言っている。

 というか、メルべリン商会ってなんだろう?

 架空の名前なのかしら。それとも実在するの?

 まあ、よくわからないけれど。

 細かいところは気にしない。わたしは取りあえず、与えられた任務をこなすだけだ。

 わたしはの使命は、この家に上手い事 潜り込んで、先に潜入した第3聖騎士団の団員さんにジェフリーさんから預かった手紙を渡せばいいんだよね。

 これが上手くいきさえすれば、わたしも念願の聖騎士かぁ。

 ちょっと感慨深いものがあるわぁ。

「さ、行きますよ」

 わたしは嫌がってる風な演技の為に、ちょっとの間、立ち止った。

「──さあ」

 もう1度、促がされると、しぶしぶ といった感じで動き出す。

 ……どう?これがわたしの演技力よ!

 ふふんって得意げに胸でも反らしたい所だけれど、今は無理なので我慢しておく。

 辛いこと、辛いこと、っと。

 せっかくライアン・フランシス様に出会えたのに偽物だった……。

 まあ、元が架空の人物で、存在すらしてないのは百も承知だけれど。

 ……乙女の密やかな夢をよくも踏みにじってくれたわね、ケイン王子め。

 おっと、ケイン王子にはなんの罪もないんだったわ。

 この事を考え出すと、辛い思いっていうか、苦い思いっていうか、憎しみ?に近い気がするので止め止め。

 やっぱり、お父様やお母様のことを考えるのが一番。

 ……はあ。今頃、どうしていらっしゃるかしら。


 この屋敷の執事らしき人(恰好が家の執事のバッスンと同じだった)が、扉を開ける。

 わたしはそれから、ジェフリーさんに促がされて屋敷に1歩足を踏み入れた。

 そこには目の前に広がる広々とした玄関ホールと、その中央から延びる2階へと続く階段。

 その壁際にはここの領主の奥方様だろうか?の大きな肖像画。

 後は、部屋の中は隅々まで手入れの行き届いた感じ。

 所どころにさり気なーく美術品が飾ってある。

 ……家の大きさはクリンプトン家が買ったけれど、家の中身はこちらの方が断然いい。

 やっぱり町の領主だけあるなって、そう思ってしまった。


 けれど、ここの領主はなんだって少年なんかを集めているのかしら?

 その事を口にしたら、ケイン王子は「そういう趣味なんだよ」って言っていたけど、そういう趣味って?

 なんだか色々と疑問だらけだ。

 でも、今、そんなことを口には出来ないし。

 とりあえずは、執事さんに通されたこの部屋で、ソファーに腰掛けるジェフリーさんの隣に立っておく事しか出来ない。


 なんと、わたし、今。再び縛られています。

 今度は縄じゃなくって、手錠と言うには装飾過多な右と左の輪っかが繋がった腕輪みたいなモノ。

 それを嵌められて、両手を前で組んでいるような形になっている。

 この国である程度の貴族に人を売るときには、商品である人の身なりもそれなりに整えるものらしい。


 でも、本当に人の売り買いがされていたなんて。わたし、初めて知ったわ。

 しかも、それが貴族の人だなんて。

 ……まさか、お父様も?

 いや、でもあのお屋敷には少年なんて1人もいなかったし。

 わたしが物心ついた頃から、あの家で仕える人間が代わったことなんてなかった。

 新しい人が増えるということも。


 ああ、はやく領主の人が現れてくれないかしら……。




 そんな事を考えて早20分くらいは経過したんじゃないだろうか。

 扉の奥から先ほど、この部屋に案内してくれた執事さんがやって来て、こう言った。

「旦那様は今日はお会いにならないと。また後日、こちらへ来て頂けますか?」

 執事さんの言葉にジェフリーさんは徐に口を開いた。

「こちらも商売で来ていますのでね。これだけ待たされて、それは無いんじゃありませんか?」

「誠に申し訳ありません……また、後日」

 執事さんは深々と頭を下げて、先ほどと同じ言葉を繰り返す。

「──時間と日程は?」

「それは、また後ほど」

 あれ、なんだかこれは少しおかしいわよね。

 あの後、ジェフリーさんは結構粘ってたけど、それはまた後日、それはまた後ほど。

 とかしか言われなくて、結局は領主邸を後にした。




 手錠を隠し、ある程度の所まで来て、それを外してもらう。

 馬車はもういないので人目を気にしながら徒歩で宿に戻ると、ケイン王子が部屋で寛いでいた。

 あたしたちは部屋の中に入ると、扉を閉めて備え付けのソファーに腰を下ろす。

 そうしてから、やっとジェフリーさんが口を開いた。

「──おかしいですね」

「なんだ。ナサニエルはやっぱり気に入って貰えなかったのか」

 それが当然とばかりにケイン王子がわたしを見る。

 お、おのれぇ……失礼な!

「ナサニエルさんがどうとか言う問題ではありません。もしかしたら、僕たちが送りこんでいた者の正体がバレたのかもしれません」

「ジェフリー、そうなると……」

 ケイン王子の表情が急に引きしまる。

 まあ、その表情はちょっと素敵だわ。

 ……なんて、今はそれどころじゃなさそう。

「少し厄介なことになりそうですね」

「ああ」

 呟いたジェフリーさんに頷くケイン王子。

 一体、何が厄介なことなのか。わたしにはサッパリわかりません。


「今夜辺り潜り込んでみるか?」

「本来ならそれは避けたいのですが、已むを得ないですね」

 そう言って頷き合うケイン王子とジェフリーさん。

 なんだか2人を見ていると、少し羨ましい。

 わたしも出来る事ならライアン・フランシス様と素敵なタッグを組みたいわ。

「ジェフリー、こいつはどうする?」

 ケイン王子はわたしを親指で指す。

 こいつ、とか、お前、とか。わたしには自分で付けた立派な名前があるのに。

「どうしましょう?ここへ置いていきますか?何の訓練も受けていない者は足手まといになるかと」

 え、え、え?

 もしわたしがこのままここに置いて行かれたとしたら、事件解決の手助けをしたことにならないんじゃ?

 そうしたら、やったね!聖騎士になれちゃった。

 という わたしの夢が少し遠のく気がする。

「あの……わたし、ついていきます!足手まといにはなりません」

 何の根拠があって、というか何の根拠もないけれど。

 ……絶対、絶対!何が何でもついて行ってみせる!!

 わたしの想いが通じたのか、ジェフリーさんが渋々といった感じで頷いた。

「まあ、いいでしょう。これもいい経験でしょうから」


 それから夜遅くなるまで、しばらく宿の部屋で時間を潰した。




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