美味
注:死ぬ描写があります。
ごくり、と飲み干した。
憎いほどに冷たく澄みきった、忌々しい空気の張った部屋に女が一人足を踏み入れた。畳張りの部屋の中央には布団が敷かれ、白い男が寝ている。浅ましく白い髪がうつくしい顔を伝って顎から首筋へと降り、骨が透け出てがたがたに壊れたその様はまさに繊細で、下劣。
女はぷるぷると潤って生きた曲線を描く生足で、ひた、ひた、と歩み寄った。
「今日の薬は、もう飲んだの?」
男はさらさらと睫毛を震わせながらぼやけた視界で、女の艶やかな紅の乗った唇を見詰めた。不自然に笑んだその艶々光るものが、柔らかく冷たいものでもあることを男は知っていた。ほっとした。
「ええ」
「そう」
「はい」
女は、舌を這わせたくなるような片足で男を跨ぎ売女のように上に乗っかると、いやらしく整った爪先を男の首筋に這わせた。
「……そう」
ぐっと、首にかけた女の手に力が入った。男は一瞬身体を硬直させ、やがて鳥のように、手足をばたばたと、畳をがりがりと、頭をがくがくと、暴れた。血走った眼をぐっと見開き、骨ばった死んだ指で獣のように女の頭をぐっと引きよせ、柔らかいあの紅を、ねっとりと泥のように貪った。
澄んでいた空気が生暖かく優しいものになってから、女は首から手を離した。横たわって死んだ男に付いた紅を拭き取り、力なく畳の上に膝を落とした。緊張で固まった顎の骨のしゃりしゃりとした触感をごくり、と飲み込んだが、口の周りの筋肉がひくひくと痙攣するのを抑えることができず、まろやかで、柔らかな私の愛した頬を、がりがりと引っ掻いた。ぽたりと落ちた一滴も私はやはり味わいたかったが、今はただ。
私の舌に残る絶望が、美味しかった。
執筆前に決めた設定
死の床を舞台に食を表現
テーマは生と死
書きたかったのは激情
書きたい小説はこれとは180度違った……ラブコメディなんですが、小論文は書いても話を書かなくなって3年、久しぶりすぎてプロットを作っても書きだせないでいたため、指慣らしに思いつく1シーンならぬ1カットを綴ってみようと思い立ち始めました。
反省点としては、男の描写が弱い。
また、1カットなので背景や経緯の説明を省いたことと、食に拘りすぎたことでよく分からない話になっていること、だと思います……。(もう少し時間を置いて客観視できるようになってから考えます。)
元々気にしつつも擬音描写の多い文になってしまうのですが、今回は食がテーマなのであえて意識して擬音を多めに入れてみました。
ちなみに名前は、男:貴由と女:春乃
私が書きたいのはコメディなので、そこのところを気を付けて次からもうちょっと明るい1カットを書きたいと思います。