第8話:孤高の坑道、死地への投資
プロローグが終わり、ここから第1章の始まりです。
カイトの冒険や選択、その先に何が待ち受けているのか。
楽しんでいっていただけると幸いです!
統合ダンジョン10層、ゴブリン・エリートとの死闘から一夜明けた土曜日の朝。俺は一人、大崎駅前にそびえ立つ「都営ギルド・大崎支部」の自動ドアをくぐっていた。
一階のフロアは、朝ということもあり、これからダンジョンに向かう冒険者たちのざわめきで溢れかえっている。買取カウンターからは、魔石の保有魔力を測定する機器の電子音が響いていた。俺はそれらを横目に、エスカレーターで二階のショップフロアへと向かう。
(親からもらった軍資金は十万円。これをどう配分するかで、明日からのソロ攻略の成否が決まる)
二階のアイテムショップ「アルカナ・サプライ」は、一階とは対照的に静謐な空気が流れていた。整然と並ぶポーションの瓶や、、攻略者たちの購買意欲をそそる。俺は学生証を提示し、カウンター越しに店員へ告げた。
「『魔力爆発瓶』を二つ。それと、『回復ポーション』を三つお願いします」
店員の眉がぴくりと動いた。
「学生さん……爆発瓶ですか? あれは一つ五万円、学生割引を適用しても三万五千円です。二つで七万円。ポーション三つで一万五百円。合計八万五百円……かなりの大金ですよ?」
「いえ、必要なんです。……ダンジョンを攻略するために。」
俺の真剣な眼差しに、店員はそれ以上の追求を止め、厳重に梱包された赤い瓶と、翡翠色のポーションを差し出した。
魔力爆発瓶。魔力に反応して爆発し、密集したゴブリン程度なら二、三体を一度に吹き飛ばす。盾士は攻撃手段に乏しく、囲まれればなぶり殺しにされるリスクがある。この七万円の投資は、俺が「詰み」を回避するための必要不可欠な手札だ。
手元に残ったのは一万九千五百円。
だが、前世の廃ゲーマーとしての直感が告げている。この軍資金の使い方は、間違っていない。
土曜日、午前九時。
俺は大崎の住宅街の死角にある、単独ダンジョン【コボルトの土掘り坑道】の入り口に立っていた。湿った土の匂いと、腐食した木材の香りが漂う。
(一層は二体、二層は三体……。三層、ここからが本番だ)
三層。坑道の道幅が少しだけ広がり、奥から五体のコボルトが姿を現した。
二足歩行の犬のような風貌。だが、その瞳には獲物を執拗に追う獣の知性が宿っている。彼らの武装は一様に錆びた短剣。リーチこそ短いが、その分、接近戦での手数は脅威だ。
「キャンッ! ギャウッ!」
五体のコボルトが、狭い通路を埋め尽くすように横一列に並んだ。
この通路の横幅は、コボルトが最大五体までしか並べない絶妙な広さだ。俺一人に対して、五本の短剣が同時に突き出される。
「……シッ!」
俺は盾を構え、あえて通路の中央で足を止めた。
五体の同時突き。まともに受ければ盾の耐久力が一気に削れる。俺は左腕をわずかに引き、円盾を斜めに傾けた。
――キィィィン!
中央の三体の突きが、滑るように盾の表面を逸れて壁に突き刺さる。その瞬間、俺は右手のメイスを、左端の一体の喉元へ向けて最短距離で叩き込んだ。
「カハッ……!」と、喉を潰されたコボルトが沈む。
一人が欠ければ、列に隙間ができる。俺はその隙間に向かって、盾を構えたまま肩から突っ込んだ。
残る四体のうち二体を盾で力任せに押し戻し、陣形を崩す。五体同時なら脅威だが、個々のレベルは俺の方が上だ。俺は乱れた群れの中に踏み込み、一体ずつ確実にメイスで頭部を粉砕していった。
四層、七体。五層、十体。
敵の数が増えるにつれ、コボルトたちは狡猾さを増していく。
前列の五体が盾を叩き、俺の視界と注意を奪っている間に、後列の連中が前列の脇やすり抜ける隙間から短剣を滑り込ませてくる。
鈍い痛みが走る。鎧の隙間を突かれた。
俺は咄嗟に膝を折り、盾を地面に突き立てて全方位への衝撃波を放つ「ヘイト・ブロウ」で奴らを怯ませた。
一人でのレベリングは孤独だ。佐藤の剣戟による牽制も、田中さんの魔法による殲滅もない。全てのダメージを俺一人が引き受け、全ての隙を俺一人が突かなければならない。
だが、その極限状態が、俺の身体に刻まれた「盾士としての動き方」を研ぎ澄ませていった。
午後四時。俺はようやく六層へと足を踏み入れた。
ここのエンカウント数は十五体。
坑道の道幅は三層と変わらない。つまり、五体×三列の縦深陣地だ。
「グルルル……!」
十五体のコボルトによる、組織的な包囲。
通路の前後を塞がれることはないが、前列が倒れても即座に次が補充される「波状攻撃」の形。
俺はあえて、坑道の壁際まで下がり、背後を土壁で固めた。
「来い……! ここが俺の修行場だ!」
そこからの数時間は、地獄のような磨耗戦だった。
短剣が盾を叩く音が、雨音のように途切れることなく響き続ける。
一体を倒す。その瞬間に、二列目のコボルトが俺の腕に噛み付こうとし、三列目のコボルトが仲間の肩越しに短剣を投擲してくる。
俺は円盾を、単なる防御道具としてではなく、身体の一部として認識し始めた。
右からの突きを盾の縁で弾き、その勢いを利用して左からの斬撃をメイスの柄で受ける。
被弾をゼロにすることは不可能だ。ならば、致命傷だけを避け、浅い傷と引き換えに敵の急所を狙い打つ。
土曜日の夜、俺は全身傷だらけになりながら、這うようにして地上へと撤退した。
ポーションを一本消費し、傷を回復させた。一本当たりの値段は今の自分には安くなく、もったいないとも思ってしまうが、ここで万全の体制を整えることが大事だと自分に言い聞かせた。
『経験値を獲得しました。ブースト効果適用。結城カイト:Lv.24 → Lv.25』
日曜日、早朝。
全身の筋肉痛を、無理やり魔力を巡らせることで鎮め、俺は再び六層の闇へと向かった。
昨日の戦いで、俺は「横五体」の同時攻撃を捌くリズムを、完全に掌握していた。
「……右、左、中央。次はフェイント……今だ!」
目で見ているのではない。盾に伝わる振動、空気の揺れ、コボルトたちの荒い呼吸音。
それら全てを情報として処理し、俺は最小限の動きで十五体の猛攻を無効化していく。
午前十一時。
十五体目のコボルトを、盾の縁で首を刈るようにして葬った瞬間。
身体の底から、今まで経験したことのない熱い奔流が駆け抜けた。
『経験値を獲得しました。結城カイト:Lv.29 → Lv.30』
『盾士のランクアップを確認。中級スキル【スタン・バッシュ】を習得しました』
「……届いたか」
俺は汗にまみれた顔で、自分の手のひらを見つめた。
レベル30。
それは一般の冒険者が数か月かけて辿り着く領域。それを、俺はブーストと、この死に物狂いの二日間のレベリングだけで掴み取ったのだ。
習得したばかりの【スタン・バッシュ】を、円盾に魔力を込めて発動させてみる。
盾の表面が鈍い金色に輝き、空間を歪ませるほどの衝撃を孕んでいるのがわかった。
これなら、ただ防ぐだけでなく、敵を数秒ひるませることができる。
俺は六層の安全地帯まで下がり、背嚢から一本のポーションを取り出した。
三千五百円の重みを感じながら、その翡翠色の液体を一気に飲み干す。
熱いエネルギーが四肢の隅々まで行き渡り、蓄積していた打撲や切り傷が、嘘のように消えていった。
スタミナが戻るのを待ちながら、俺は最後の階層――七層への重い石扉を見据えた。
そこには、これまでのように地形の利を活かせる狭い通路はない。
完全な広間。二十体のコボルトによる、逃げ場のない包囲網。
(正直、今のステータスでも、普通に戦えば数分でなぶり殺しにされるだろうな)
だが、俺の腰には残り一本になったポーションと、七万円を投じた二本の「魔力爆発瓶」がある。
そして、この二日間で培った「複数の相手と戦う」経験がある。
何より、俺はこの戦いの果てに、俺が俺であるための最強の証明――【衆目の一点】が眠っていることを知っている。
「よし……。準備はいいか、結城カイト」
俺は自らに問いかけ、盾を強く握りしめた。
午後一時。
俺は立ち上がり、静かに、けれど迷いのない足取りで、コボルトたちの王が待つ最深部へと歩き出した。
孤独なレベリングは終わった。
今回の目的の、最後の壁を超える。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:30』
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