第7話:守護者の誇り、そして分かたれる道
ゲートシティ大崎の地下深く。統合ダンジョン9層の最深部、10層へと続く巨大な石扉の前には、大崎市立第一中学校1年A組の生徒、三十数名が集結していた。
「……デカいな」
誰かがポツリと漏らした。
普段は4人1組の少人数で探索している俺たちにとって、クラスメイト全員が装備を整えて並ぶ光景は、どこか現実味を欠いていた。だが、扉の奥から漏れ出してくる、どろりとした重い魔力は、ここが戦場であることを冷酷に告げている。
「いいか、全員。作戦通り、結城のパーティが先陣を切る。他の盾士は結城のフォローに回り、魔法使いと弓使いは後方から波状攻撃だ。決してパニックになるなよ」
教官が厳しい声で飛ばす。
俺は円盾のグリップを握り直し、隣に立つ佐藤、背後の田中さんと鈴木さんに視線を送った。
俺の現在のレベルは20。周囲の生徒たちの平均レベルは15前後だ。ブーストによる加速は、すでに俺という存在をクラスの枠組みから浮かせ始めていた。
「いくぞ!」
重厚な石の音が響き、扉がゆっくりと左右に分かれる。
その瞬間、猛烈なプレッシャーが俺たちの全身を叩いた。
「――ギガァァァァァッ!!」
部屋の中央にいたのは、通常のゴブリンとは比較にならない、全高4メートル近い巨躯。
10層守護者、ゴブリン・エリート。
三十数人の入場を感知したシステムが、その肉体を軍勢を屠るための化け物へと変貌させていた。岩のように盛り上がった筋肉、赤く発光する瞳。そして、その手には俺たちの胴体ほどもある巨大な戦斧が握られている。
「来るぞ! 全員、俺の後ろから出るな!」
俺は真っ先に踏み込んだ。
ゴブリン・エリートが咆哮と共に戦斧を振り下ろす。三十数人分の強化補正がかかったその一撃は、衝撃波だけで後方の生徒たちを吹き飛ばさんとする威力だった。
「フォートレス・スタンス!」
ドォォォォン!
盾を地面に突き立て、魔力の障壁を展開する。
戦斧が障壁に激突し、雷鳴のような轟音が響く。だが、俺の身体は一ミリも後退しない。レベル20のステータスと、前世で培った衝撃を逃がす角度の極致が、その暴威を正面から受け止めていた。
「なっ……!? あのレベルの攻撃を、たった一人で受け止めた……!?」
後方で構えていた他パーティの盾士たちが、驚愕の声を上げる。だが、それにかまっている暇はない。
「ヘイト・ブロウ!」
メイスで盾を叩き、魔力の重低音を響かせる。
ボスの視線が、俺という不落の壁に固定される。俺はそのまま最小限の重心移動でボスの猛攻を一点に集中させ、反撃の隙を作り出した。
「今だ! みんな、攻撃開始!」
俺の声が合図となり、三十人分の魔法と矢が、雨のようにボスへ降り注ぐ。
佐藤、田中さん、鈴木さんの三人も、俺が作った盤石の安全圏から最大火力のスキルを叩き込んでいく。
戦闘は、俺という絶対的なタンクを軸とした完封劇だった。
俺が防ぎ、ほかのみんながゴブリン・エリートに攻撃を重ねる。
そういった一連の流れがまとまり、いざという時に待機していた教師数名の出番もなく終わる。
最後の一撃をクラス全員で叩き込み、ゴブリン・エリートが光の塵となって消えた時、部屋の中は割れんばかりの歓声に包まれた。
『経験値を獲得しました。結城カイト:Lv.20 → Lv.21』
喜びの中、俺だけは静かに盾を収めた。
これから話すべき言葉の重みが、胸の奥に鉛のように溜まっていた。
その日の夕暮れ。
クラスの打ち上げを丁重に断った俺たちは、大崎を一望できる展望公園にいた。
夕日に染まる街並みが美しく、それゆえに酷く残酷に感じられた。
「……みんな、話があるんだ。昨日言った、大切な話だ」
俺の言葉に、これまでの穏やかな空気が一瞬で引き締まった。
佐藤、田中さん、鈴木さん。三人の視線が俺に集中する。
「まず、謝らせてほしい。……言い出すのが、こんなに遅くなって申し訳ない。本当は、パーティを組む前に言っておくべきだったんだ」
俺は深く、頭を下げた。
「俺は、いずれこのパーティを抜ける。……盾士としてのレベルを50まで上げたら、俺は魔法使いに転職するつもりだ。レベル1からのリスタートだ」
沈黙が流れた。
最初に声を上げたのは、田中さんだった。
「……レベル50で転職? カイトくん、正気なの? 今の時代、一つの職業を極めて最短で上位層を目指す直結ルートが常識なのよ。盾士を50まで極めたなら、そのまま上位職に進むのが一番効率的で、安全なのに」
「わかっているよ。それが正しい道だってことも。でも、俺の目指す場所はそこじゃないんだ」
俺は顔を上げ、三人の目を真っ直ぐに見据えた。
「俺は、全ての基本職業を極めてから、その先にある誰も到達したことのない深淵を目指したい。……直結ルートを通っただけでは、手に入らない強さがそこにはあると確信している」
「全ての職業を……!? そんなの、どれだけの時間がかかると思っているのよ!それに、そんなことをして本当に先はあるの!?」
田中さんの悲鳴のような問いに、俺は答えを濁さなかった。
「だからこそ、俺はこのパーティを抜けるんだ。……俺と一緒にいたら、君たちは俺の極端な計画に振り回されることになる。いつか俺がレベル1に戻るたびに、君たちの足を止めるわけにはいかない」
俺は震える声を押し殺して、本音を続けた。
「君たちには、早いうちに別の盾士を見つけてほしい。佐藤はもう前衛として立派にやれるし、田中さんは戦術の要だ。鈴木さんの回復があれば、新しい盾士が入っても、君たちはきっとすぐにトップ層へ行ける。……俺みたいな異分子が混じっているより、ずっと健全なパーティになれるはずだ」
冷たい言葉だったかもしれない。
だが、中途半端に情を残して、彼らの将来を縛ることだけはしたくなかった。
長い、沈黙が続いた。
風の音だけが響く中、鈴木さんが静かに口を開いた。
「……カイトくんは、ずっと考えてたんだね。私たちのこと、嫌いになったわけじゃないんだよね?」
「当たり前だ! むしろ……その逆だよ。君たちとの時間は、俺の人生で一番大切で、楽しいものだった」
その時、佐藤が俺の肩を、これまでにないほど強く掴んだ。
見れば、彼は怒るどころか、どこか悔しそうに笑っていた。
「……なんだよ、それ。カッコよすぎるだろ」
「佐藤?」
「俺さ、実はずっと気づいてたんだ。カイトが俺たちの知らないところで、死ぬ気で自分を追い込んで強くなってること。俺たちが追いつけないほどの高みを見つめてること。……でも、まさかそんなバカげた目標を持ってたなんてな」
佐藤は俺の肩を揺らし、力強く言った。
「いいかカイト。謝る必要なんてねえよ。お前がそこまで本気なら、俺たちが引き留める方がお前にとって失礼だ。……ただ、一つだけ言わせてくれ。新しい盾士を探せなんて、簡単に言うなよ」
「え……」
「お前以上の盾士なんて、そう簡単に見つかるはずないだろ? だからさ、カイトがレベル50になるまでは、全力でこき使ってやる。お前の盾を、俺たちが盗んでやるよ。……お前がいなくなった後も、俺たちが最高のパーティでいられるようにさ」
田中さんも、メガネを指で押し上げながら、少し赤い目をして笑った。
「そうよ。カイトくんが50になるまで……あとどれくらいかしら? それまでに、私たちがあなたを頼らなくてもいいくらい強くなってあげるわ。それなら文句ないでしょ?」
「みんな……」
「カイトくん」
鈴木さんが、優しく俺の手を取った。
「魔法使いになっても、またいつか、私たちが追いついたら……その時は、一緒に遊んでくれる? パーティじゃなくても、私たちは友達でしょ?」
視界が滲んだ。
前世、誰とも繋がれなかった俺に、こんな言葉をかけてくれる仲間ができた。
俺が求めた効率の先に、こんな温かい結末があるなんて、想像もしていなかった。
「……ありがとう。みんな。俺、レベル50になるまで……全力で君たちを守るよ」
夕闇が迫る大崎の丘。
四人の影はまだ一つに重なっていた。
分かたれる日は、いつか必ず来る。けれど、その日までの一分一秒を、俺は盾士として、彼らの仲間として、大切に刻んでいこうと誓った。
結城カイト。
盾士レベル21。
魔法使いへの転身を誓ったその夜、俺の第二の人生は、真の意味で「仲間」と共に歩み始めた。




