表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

第7話:守護者の誇り、そして分かたれる道

ゲートシティ大崎の地下深く。統合ダンジョン9層の最深部、10層へと続く巨大な石扉の前には、大崎市立第一中学校1年A組の生徒、三十数名が集結していた。


「……デカいな」


誰かがポツリと漏らした。

 普段は4人1組の少人数で探索している俺たちにとって、クラスメイト全員が装備を整えて並ぶ光景は、どこか現実味を欠いていた。だが、扉の奥から漏れ出してくる、どろりとした重い魔力は、ここが戦場であることを冷酷に告げている。


「いいか、全員。作戦通り、結城のパーティが先陣を切る。他の盾士は結城のフォローに回り、魔法使いと弓使いは後方から波状攻撃だ。決してパニックになるなよ」


教官が厳しい声で飛ばす。

 俺は円盾のグリップを握り直し、隣に立つ佐藤、背後の田中さんと鈴木さんに視線を送った。

 俺の現在のレベルは20。周囲の生徒たちの平均レベルは15前後だ。ブーストによる加速は、すでに俺という存在をクラスの枠組みから浮かせ始めていた。


「いくぞ!」


重厚な石の音が響き、扉がゆっくりと左右に分かれる。

 その瞬間、猛烈なプレッシャーが俺たちの全身を叩いた。


「――ギガァァァァァッ!!」


部屋の中央にいたのは、通常のゴブリンとは比較にならない、全高4メートル近い巨躯。

 10層守護者、ゴブリン・エリート。

 三十数人の入場を感知したシステムが、その肉体を軍勢を屠るための化け物へと変貌させていた。岩のように盛り上がった筋肉、赤く発光する瞳。そして、その手には俺たちの胴体ほどもある巨大な戦斧が握られている。


「来るぞ! 全員、俺の後ろから出るな!」


俺は真っ先に踏み込んだ。

 ゴブリン・エリートが咆哮と共に戦斧を振り下ろす。三十数人分の強化補正がかかったその一撃は、衝撃波だけで後方の生徒たちを吹き飛ばさんとする威力だった。


「フォートレス・スタンス!」


ドォォォォン!


盾を地面に突き立て、魔力の障壁を展開する。

 戦斧が障壁に激突し、雷鳴のような轟音が響く。だが、俺の身体は一ミリも後退しない。レベル20のステータスと、前世で培った衝撃を逃がす角度の極致が、その暴威を正面から受け止めていた。


「なっ……!? あのレベルの攻撃を、たった一人で受け止めた……!?」


後方で構えていた他パーティの盾士たちが、驚愕の声を上げる。だが、それにかまっている暇はない。


「ヘイト・ブロウ!」


メイスで盾を叩き、魔力の重低音を響かせる。

 ボスの視線が、俺という不落の壁に固定される。俺はそのまま最小限の重心移動でボスの猛攻を一点に集中させ、反撃の隙を作り出した。


「今だ! みんな、攻撃開始!」


俺の声が合図となり、三十人分の魔法と矢が、雨のようにボスへ降り注ぐ。

 佐藤、田中さん、鈴木さんの三人も、俺が作った盤石の安全圏から最大火力のスキルを叩き込んでいく。


戦闘は、俺という絶対的なタンクを軸とした完封劇だった。

俺が防ぎ、ほかのみんながゴブリン・エリートに攻撃を重ねる。

 そういった一連の流れがまとまり、いざという時に待機していた教師数名の出番もなく終わる。


 最後の一撃をクラス全員で叩き込み、ゴブリン・エリートが光の塵となって消えた時、部屋の中は割れんばかりの歓声に包まれた。


『経験値を獲得しました。結城カイト:Lv.20 → Lv.21』


喜びの中、俺だけは静かに盾を収めた。

 これから話すべき言葉の重みが、胸の奥に鉛のように溜まっていた。




その日の夕暮れ。

 クラスの打ち上げを丁重に断った俺たちは、大崎を一望できる展望公園にいた。

 夕日に染まる街並みが美しく、それゆえに酷く残酷に感じられた。


「……みんな、話があるんだ。昨日言った、大切な話だ」


俺の言葉に、これまでの穏やかな空気が一瞬で引き締まった。

 佐藤、田中さん、鈴木さん。三人の視線が俺に集中する。


「まず、謝らせてほしい。……言い出すのが、こんなに遅くなって申し訳ない。本当は、パーティを組む前に言っておくべきだったんだ」


俺は深く、頭を下げた。


「俺は、いずれこのパーティを抜ける。……盾士としてのレベルを50まで上げたら、俺は魔法使いに転職するつもりだ。レベル1からのリスタートだ」


沈黙が流れた。

 最初に声を上げたのは、田中さんだった。


「……レベル50で転職? カイトくん、正気なの? 今の時代、一つの職業を極めて最短で上位層を目指す直結ルートが常識なのよ。盾士を50まで極めたなら、そのまま上位職に進むのが一番効率的で、安全なのに」


「わかっているよ。それが正しい道だってことも。でも、俺の目指す場所はそこじゃないんだ」


俺は顔を上げ、三人の目を真っ直ぐに見据えた。


「俺は、全ての基本職業を極めてから、その先にある誰も到達したことのない深淵を目指したい。……直結ルートを通っただけでは、手に入らない強さがそこにはあると確信している」


「全ての職業を……!? そんなの、どれだけの時間がかかると思っているのよ!それに、そんなことをして本当に先はあるの!?」


田中さんの悲鳴のような問いに、俺は答えを濁さなかった。


「だからこそ、俺はこのパーティを抜けるんだ。……俺と一緒にいたら、君たちは俺の極端な計画に振り回されることになる。いつか俺がレベル1に戻るたびに、君たちの足を止めるわけにはいかない」


俺は震える声を押し殺して、本音を続けた。


「君たちには、早いうちに別の盾士を見つけてほしい。佐藤はもう前衛として立派にやれるし、田中さんは戦術の要だ。鈴木さんの回復があれば、新しい盾士が入っても、君たちはきっとすぐにトップ層へ行ける。……俺みたいな異分子が混じっているより、ずっと健全なパーティになれるはずだ」


冷たい言葉だったかもしれない。

 だが、中途半端に情を残して、彼らの将来を縛ることだけはしたくなかった。


長い、沈黙が続いた。

 風の音だけが響く中、鈴木さんが静かに口を開いた。


「……カイトくんは、ずっと考えてたんだね。私たちのこと、嫌いになったわけじゃないんだよね?」


「当たり前だ! むしろ……その逆だよ。君たちとの時間は、俺の人生で一番大切で、楽しいものだった」


その時、佐藤が俺の肩を、これまでにないほど強く掴んだ。

 見れば、彼は怒るどころか、どこか悔しそうに笑っていた。


「……なんだよ、それ。カッコよすぎるだろ」


「佐藤?」


「俺さ、実はずっと気づいてたんだ。カイトが俺たちの知らないところで、死ぬ気で自分を追い込んで強くなってること。俺たちが追いつけないほどの高みを見つめてること。……でも、まさかそんなバカげた目標を持ってたなんてな」


佐藤は俺の肩を揺らし、力強く言った。


「いいかカイト。謝る必要なんてねえよ。お前がそこまで本気なら、俺たちが引き留める方がお前にとって失礼だ。……ただ、一つだけ言わせてくれ。新しい盾士を探せなんて、簡単に言うなよ」


「え……」


「お前以上の盾士なんて、そう簡単に見つかるはずないだろ? だからさ、カイトがレベル50になるまでは、全力でこき使ってやる。お前の盾を、俺たちが盗んでやるよ。……お前がいなくなった後も、俺たちが最高のパーティでいられるようにさ」


田中さんも、メガネを指で押し上げながら、少し赤い目をして笑った。


「そうよ。カイトくんが50になるまで……あとどれくらいかしら? それまでに、私たちがあなたを頼らなくてもいいくらい強くなってあげるわ。それなら文句ないでしょ?」


「みんな……」


「カイトくん」

 鈴木さんが、優しく俺の手を取った。

「魔法使いになっても、またいつか、私たちが追いついたら……その時は、一緒に遊んでくれる? パーティじゃなくても、私たちは友達でしょ?」


視界が滲んだ。

 前世、誰とも繋がれなかった俺に、こんな言葉をかけてくれる仲間ができた。

 俺が求めた効率の先に、こんな温かい結末があるなんて、想像もしていなかった。


「……ありがとう。みんな。俺、レベル50になるまで……全力で君たちを守るよ」


夕闇が迫る大崎の丘。

 四人の影はまだ一つに重なっていた。

 分かたれる日は、いつか必ず来る。けれど、その日までの一分一秒を、俺は盾士として、彼らの仲間として、大切に刻んでいこうと誓った。


結城カイト。

 盾士レベル21。

 魔法使いへの転身を誓ったその夜、俺の第二の人生は、真の意味で「仲間」と共に歩み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
メンバーといつかお別れしてしまうのは寂しい気持ちもありますが、それ以上にみんながカイトを本当の友達だと思ってくれていたことに感動しました…! 友達という心の支えができたカイトはこの先どう成長していくん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ