第6話:絶望的な加速、不協和音のプロローグ
統合ダンジョン7層。ここからは洞窟ステージの「本番」と呼ばれている。
これまでのゴブリン、スライム、ジャイアントラットに加え、四種類目のエネミー、スケルトンが姿を現すからだ。
「ギチ……ギチギチ……」
暗闇から響く骨の擦れる音。
魔力によって動く骸骨兵士は、痛みを感じず、急所も存在しない。生半可な斬撃では骨の隙間をすり抜け、あるいは骨を断ってもすぐに再生を始める。
「佐藤、下がれ! 剣士の【斬打】じゃ効率が悪い。俺が止める!」
俺は一歩前へ出ると、メイスを握り直し、円盾を構えた。
スケルトンの錆びた剣が振り下ろされる。俺はそれを盾で受けるのではなく、メイスの重みを乗せた殴打で、肘の関節を正確に粉砕した。
「今だ、田中さん! スケルトンには衝撃と、魔力そのものによる崩壊が効く!」
「わかってるわ! ――炎弾!」
レベル10で田中さんが習得した新魔法。直進する燃え盛る火の玉が、体勢を崩したスケルトンの胸腔に突き刺さり、内側から爆発させた。
骨が粉々に散り、周囲の魔力が霧散する。
「ふぅ……。カイト、マジで助かる。お前、スケルトンの動きまで見切ってんのかよ」
佐藤が剣を鞘に収めながら、感心したように笑う。
レベル10になり、鋭い踏み込みを伴う【一閃】を覚えた佐藤は、確かに強くなった。だが、そんな彼らですら、俺が放つ存在感の変化に気づき始めていた。
身体から溢れ出す魔力光の密度。一挙手一投足に伴う無駄のない爆発的な筋力。
経験値ブーストという禁断の加速を得た俺のレベルは、7層から9層を突破するわずか数日の間に、恐ろしい速度で跳ね上がっていた。
『経験値を獲得しました。ブースト効果適用。結城カイト:Lv.19 → Lv.20』
頭の中に響く無機質なアナウンス。
それと同時に、俺の身体を一段上のステージへと引き上げる感覚が走った。
盾士のレベル20スキル、フォートレス・スタンスの習得だ。
「……ねえ、カイトくん」
8層の休憩スポットで、鈴木さんがポツリと呟いた。
彼女は、傷ついた俺たちをライト・ヒールで癒しながら、少しだけ不安そうな瞳で俺を見つめていた。
「カイトくん、なんだか遠くに行っちゃいそうで。私たちのレベル、まだ13なのに。カイトくん、もう……」
彼女の言葉に、場の空気が凍りついた。
佐藤も田中さんも、目を逸らす。
彼らも気づいているのだ。同じ演習時間を共有し、同じ敵を倒しているはずなのに、俺一人だけが異様な速度で強くなっている事実に。
レベル13とレベル20。その差は「7」。初期段階におけるこの差は、もはや大人と子供ほどの開きがある。
「そんなことないよ。……ただ、少しだけ伝えたいことがあるんだ」
俺は意を決して、三人の目を見て言った。
「今回の10層ボスを攻略したら……みんなに話したいことがある。大切な話だ。だから、今は攻略に集中させてほしい」
俺の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「大切な話」という響きに、彼らは何らかの予感を感じ取ったようだったが、佐藤が力強く頷いてくれた。
「わかった。カイトがそう言うなら、今は前だけ見るぜ。……10層、絶対に突破しような!」
9層。最深部直前のこの階層は、まさに地獄だった。
4種類すべてのエネミーが波状攻撃を仕掛けてくる。
俺は習得したばかりのレベル20スキル、フォートレス・スタンスを披露した。
「全員、俺の背中に隠れろ!」
盾を地面に思い切り突き立てる。魔力の障壁が展開され、襲いかかる魔物たちの猛攻を文字通り完封した。
圧倒的なヘイト管理。圧倒的な防御力。
本来なら死力を尽くすべき9層を、俺という壁がすべてを肩代わりすることで、無傷で切り抜けてしまったのだ。
地上へ戻るエレベーターの中、鈴木さんが静かに言った。
「カイトくんは、本当に……すごく強いよね。」
そこには、かつての仲間としての称賛だけでなく、どこか見知らぬ強者を見るような、淡い劣等感と疎外感が混じっていた。
翌日。金曜日のホームルーム。
教官が教壇に立ち、10層ボス攻略演習の概要を説明した。
「今回の10層ボス攻略は、クラス全体での合同攻略だ。午前中の間に9層のボス部屋前で全員集合し、一斉に入場する形式とする。」
教室がざわめく。これまではパーティ単位での活動が主だったからだ。
「10層ボス、ゴブリン・エリートは、入場人数が多ければ多いほど強化されるという特性を持っている。しかし、統計的には50人程度までは人数を増やした方が、犠牲を出さずに安全に攻略できると考えられている」
一人一人の負担を減らし、集団の数で押し切る。それが学校側の選んだ「教育的かつ安全な」戦略だった。
「だが、強化されたボスは一撃の重さも桁外れになる。今回は30人強だが最前線に立つ盾士のお前たちには、特に高い練度が求められる。……結城、佐藤。お前たちのパーティが先陣を切ることになる。期待しているぞ」
ホームルーム後、俺たちはいつものようにゲートシティ大崎へ向かった。
道中、佐藤が俺の隣に並んで歩きながら、少しだけ寂しそうに笑った。
「人数が増えればボスも強くなる、か。……昨日のカイトの盾を見てなかったら、正直ビビってたよ」
「佐藤……」
「いいんだ。お前にはお前の目指す場所があるんだろ? ボスを倒した後の話、ちゃんと聞くからさ」
田中さんも鈴木さんも、無言で頷いた。
彼らはもう、俺がこのパーティから「卒業」しようとしていることを悟っている。
それを分かった上で、彼らは最後まで俺の仲間として戦おうとしてくれているのだ。
(ごめんな。でも、俺は止まれないんだ)
加速するレベル20の重みと、仲間たちの信頼の温かさ。
その矛盾に引き裂かれそうになりながらも、結城カイトは、洞窟ステージの終着点へと足を踏み入れた。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:20』




