第50話:連携と訓練
月曜日の朝。学校の教室には、落ち着きを取り戻した”いつもの空気”が満ちていた。
教壇に立った龍崎教官が、鋭い視線でクラス全体を見渡した後、重々しく口を開く。
「……先週、クラス全員上級職のレベル10突破を確認した。これをもって、本日より三十一層以降の探索許可を正式に開放する」
教室がワッと沸き立つ。これまでは変異ボスの影響で足止めを食らっていたが、ようやく「深層」への入り口が開かれたのだ。しかし、龍崎は声を荒らげることなく、釘を刺すように続けた。
「浮かれるな。すでに十層二十層と超えてきたお前たちはわかっているだろうが、統合ダンジョンは十層区切りでモンスターのレベルが大幅に変わる。心してかかれ」
ホームルームが終わるや否や、佐藤が真っ先にカイトの席へやってきた。その後ろには田中と鈴木も続いている。
「なあカイト、聞いたか! ついに三十一層だ。……どうだ、また一緒に潜らないか? お前がいれば、どんな難所だって突破できる気がするんだ」
佐藤の目は真剣だった。先週の共闘を経て、彼らは改めてカイトという存在の大きさを実感していた。しかし、カイトは静かに首を振る。
「……悪いな、佐藤。せっかく誘ってくれたのに申し訳ない。先週、話していた『調教師』の仲間を正式にテイムしたんだ。しばらくは、あいつらとの連携を身体に叩き込みたい。だから、今は三十一層には行かずに、低層で訓練に専念するつもりだ」
カイトの言葉に、佐藤たちは一瞬呆気に取られた。クラスどころか学校全体で見ても一番強いと思われるカイトが、新天地への一番乗りを逃してまで訓練を選ぶとは思っていなかったからだ。
「そうか……。いや、謝る必要なんてないさ。カイトが決めたことなら、それが一番正解なんだろうしな」
「誘ってくれてありがとう。気持ちは、すごく嬉しいよ」
カイトが真っ直ぐに目を見てそう告げると、佐藤は照れ臭そうに鼻を擦った。
「おう! 気にすんな。気が変わったらいつでも声かけてくれよ。俺たちのパーティの『特等席』は、いつでも空けておくからさ」
快く引き下がってくれた友人たちの背中を見送りながら、カイトは心の中で小さく感謝した。彼らの善意は本物だ。だからこそ、今は中途半端な戦力で彼らの足を引っ張るわけにはいかなかった。
午後の演習時間。
カイトが選んだのは、新入生たちで賑わう上層階ではなく、統合ダンジョンの十四層――広大な草原が広がるフィールドの、人目に付かない岩陰だった。
風に揺れる草の香りが鼻を突く中、カイトは【眷属の庭園】のゲートを開く。
「……出番だ。来い、ティロフィ。騎士」
翡翠色の光と共に、灰色の小竜と、鉄の騎士が姿を現した。
「グルァ!」
「…………」
ティロフィは元気よく鳴き、名もなき騎士は静かに片膝を突く。カイトは頷き、前方の草むらを見据えた。そこには、赤く光る角を持つ巨牛――『バースト・ブル』が、地面を蹄で削りながらこちらを睨みつけている。
「訓練開始だ。騎士、前へ。ティロフィは遊撃。……行くぞ!」
カイトの指示と同時に、バースト・ブルが重戦車のような速度で突進してきた。衝突の瞬間に角の魔力を爆発させる、一撃必殺の重層突進だ。
「防げ!」
カイトの声に応え、名もなき騎士がカイトシールドを構える。大盾が、爆発の衝撃を正面から受け止めた。
ドォォォン!
凄まじい衝撃波が草原を揺らすし、騎士は少し押し込まれる、が倒れない。それどころか、騎士は流れるような動作で長剣を抜き、無防備に晒される牛の側頭部を叩く。
「ティロフィ、今だ!」
騎士が作った一瞬の隙。ティロフィが【身体強化】を乗せた跳躍で、バースト・ブルの死角へと回り込む。
「【爪撃】、そして【一閃】!」
ティロフィの鋭い爪が牛の脚を切り裂き、騎士の返す刀で放たれた魔力を纏った刃が、巨体のバランスを完全に崩させた。ドサリと巨牛が倒れ伏す。
「いい連携だ。次は、多方向だ」
休む間もなく、周囲の草むらから『ニードル・ラビット』の群れが飛び出し、一斉に背中の針を射出してきた。さらに、風と一体化した『ウィンド・ウルフ』が、フェイントを織り交ぜた突進でカイトの首筋を狙う。
「騎士、背後を! ティロフィは上空からの針を叩き落とせ!」
名もなき騎士は、背後から迫るウルフの「風の刃」を、盾ではなく剣に纏わせた魔力に流れを作る【流剣】で受け流す。一方のティロフィは、自身の小さな翼を羽ばたかせながら、放たれた針を正確に【爪撃】で弾き飛ばしていく。
カイトは後方で、二体の魔力を管理しながら、大癒術師のスキル【エリア・マイナーヒール】で二体の体力を回復する。
(騎士が盤石の『盾』となり、ティロフィが自由自在な『矛』となる。……この二体の成長が、今から楽しみでしょうがないな)
戦闘が終わってしばらく散策していると、草原に潜んでいた『プレイン・マンティス』が、不意打ちを仕掛けてきた。巨大な鎌が、騎士の盾を「引っ掛け」て強引にガードを剥がそうとする。
「……甘いな」
カイトは【追憶の指輪】を起動させず、純粋な調教師の指示だけで応じる。
「騎士、盾を捨てろ。そのまま懐に入れ。ティロフィ、上から叩け!」
騎士は迷いなく盾を手放し、鎌に剣をひっかけ、そのまま引かれる勢いを利用してマンティスの懐へ。剣を逆手に持ち替え、鎧の隙間を縫うように突きを放つ。同時に上空からティロフィが【爪撃】を見舞い、草原の暗殺者を一瞬で解体した。
数時間に及ぶ特訓を終えた頃には、二体の眷属は確かな経験値を積み上げていた。
「……ふぅ。お疲れ様、二人とも」
カイトはティロフィの頭を撫で、名もなき騎士の肩を叩く。
ティロフィは嬉しそうに喉を鳴らし、騎士は静かに剣を納めた。
(レベルを上げるだけじゃない。こいつらの特性、癖、そして俺との呼吸。……それが噛み合った時、このパーティーは世界を震撼させることすらできる『魔王軍』になる)
時刻は外ではもう夕暮れとなる中、カイトは満足げに庭園のゲートを開き二体をゲートの中に入れ、そのまま閉じる。
明日からもしばらくはここで育成と連携の訓練をする。
佐藤たちには申し訳ないが、まだ自分たちには余裕がない。
しばらくは一緒に攻略に臨むことはないだろう。
「……さて、行こうか」
カイトは草原を背に、静かに歩き出した。
『現在のジョブ:調教師(Lv.15)』
『使役モンスター:ティロフィ(Lv.UP)、名もなき騎士(Lv.UP)』




