第47話:再誕の苦行と、新たなる職
四月最初の日曜日。夕暮れに染まる地上とは対照的に、単独ダンジョン・鍛錬道場には、太陽の明かりとは無縁なダンジョンの中で断続的に響く金属音が充満していた。
「……ふぅ」
カイトは短く息を吐き、手にした剣を鞘に収めた。足元には、核を砕かれ、ただの銀色の液体へと戻った『シルバースライム』の残骸が転がっている。
都営ギルド本部に呼び出され、重鎮たちを戦慄させてから三日。カイトは即座に次なる行動を開始していた。
現在の彼のジョブは、金曜までの「魔騎士」ではない。
『調教師』――。
かつての全能感を代償に、レベル1からやり直すという狂気の選択。剛田鉄心が数秒で悲鳴を上げたあのリセットを、カイトは眉一つ動かさずに飲み込み、この土日、ひたすら経験値効率の良いシルバースライムを狩り続けていた。
(……ようやく、レベル10か)
脳内に響くシステム音。無機質なアナウンスが、次なるスキルの習得を告げる。
『スキル【眷属の庭園】を習得しました』
カイトの瞳に、微かな満足の色が浮かぶ。
調教師という職において、このスキルこそが「運用」の根幹だ。捕獲したモンスターを異空間に格納し、食事や休息の概念を排して常に万全の状態で使役する。この「庭園」がなければ、強力な魔物をテイムしたところで、その維持管理にリソースを割かれ、かえって足枷になりかねない。
それに調教師という職が知られていないこの世界でモンスターを外に出したら……想像するだけでもめんどくさいことになるに決まってる。
(これで準備は整った。来週から本格的に動こう)
週が明け、平日は再び「学生冒険者」としての日常が戻ってきた。
三十層の変異ボス騒動を受け、学校側は三十一層以降の開放を一時凍結している。そんな月曜の演習前、カイトが支度をしていると、聞き覚えのある声がかかった。
「よお、カイト! あー……なんだ、その。色々大変だな」
声をかけてきたのは佐藤だった。その背後には田中と鈴木も立っており、どこか心配そうにカイトを伺っている。ギルド本部への連行や、学校全体に広がっている噂。彼らなりに、かつてのパーティメンバーであるカイトを気に懸けていたのだろう。
「……まあな。一応、教官との話は一段落したよ」
「そっか。……なあ、もし良かったらなんだけどさ。明日からの自主練期間、久しぶりに四人でパーティ組まないか?」
佐藤が照れ隠しに後頭部を掻きながら誘ってくる。カイトは少し意外そうに目を細めた。今の自分は「調教師」にリセットした直後で、ステータス的には魔騎士と比べて大きく弱体化しているのは保有魔力から見てもわかるはずだ。それでも誘ってくる彼らの厚意は、今のカイトには少しばかり眩しかった。
(……いい調整になるか)
「ああ。分かった。久しぶりに組もうぜ」
翌日から数日間、カイトは佐藤、田中、鈴木の三人とともに二十五層へ潜った。
狙うはエリア中ボスの討伐。「魔騎士」として前線で暴れることはせず、カイトは一歩引いた位置で戦況を見守った。
「カイト! 左から来るぞ!」
「……【エリア・マイナーヒール】。……【ガード・スタンス】」
カイトは調教師のスキル上げを並行しつつ、大癒術師譲りの回復と、大盾士の経験を活かした完璧な指示で佐藤たちをバックアップした。
「おいおい、なんだよこれ……めちゃくちゃ戦いやすいぞ」
「カイト君の指示、予知能力でもあるんじゃないかってレベルだね」
田中と鈴木が驚愕の声を漏らす。カイト自身はレベル13まで上がった「調教師」の手応えを感じつつ、佐藤たちが二十五層の中ボスを相手に、危なげなく戦う様子を観察していた。
そして中ボス戦が終わった後、田中から問われる。
「それに、また私たちの知らない職業についてるわね?」
「あー、それについてなんだけど、聞きたい?」
そう、カイトは言葉を濁しながらも訪ねると、田中だけでなく佐藤、鈴木も前のめりになって聞こうとする。
「「「聞きたい!」」」
「そっか、じゃあどこから話そうか……」
あくまでもここだけの話でお願いね?と前置きしつつも、カイトは魔騎士や調教師についてみんなに話し始める。
彼らとの時間は、殺伐としたレベリングの中で、カイトにとって数少ない平穏なひとときだった。
そして平日が終わり、土曜日がやってきた。
カイトが独り向かったのは、都心から少し外れた場所に存在する、特殊な単独ダンジョン。
名称:『竜の巣』。
全三十層からなるそのダンジョンは、出現する魔物のすべてが「ドラゴン系統」という、国内屈指の高難易度エリアだ。現在、トップクランでも十四層までしか攻略されておらず、そこから先は人跡未踏の領域となっていた。
(十四層まで、か。……直結ルートの上級職なら妥当なところかな)
カイトは入り口の転送ゲートを見上げ、静かに足を踏み出す。
彼がここに来た目的は、単純なレベリングではない。
「魔王」へと至るための――生涯の友、あるいは最強の「手」となる最初の仲間を、この巣の深淵で確保するためだ。
「……お目見えといこうか、ドラゴンたち」
カイトの呟きを吸い込むように、咆哮に似た風が吹き抜ける。
「調教師レベル13」。
常識を脱ぎ捨てた少年が、『竜の巣』へとその一歩を刻んだ。
『現在のジョブ:調教師(Lv.13)』




