表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/58

第45話:新たなる希望、あるいは狂気の証明

都営ギルド本部。

 東京都心の千代田区の一角にそびえ立つそのビルは、日本のダンジョン攻略の心臓部だ。重厚なエントランスにギルド専用車両が滑り込み、カイトと引率の教官が車を降りた。


そこで二人を待ち構えていたのは、一人の女性だった。

 白衣のボタンを掛け違え、寝不足特有の隈を目の下に刻んだその女性——職業研究部門部長、九十九紗英は、カイトが地面に足をつけた瞬間、獲物を見つけた猛獣のような、あるいは未知の素粒子を発見した物理学者のような、爛々とした視線を浴びせてきた。


「……あぁ、君が。君が『それ』なのね」


挨拶よりも先に、彼女はカイトを、文字通り「舐めるように」観察していた。


「私の直感が告げてるわ。君は、既存のどのチャートにも当てはまらない。歪んでいて、それでいて結晶のように美しい……。ねぇ、今すぐステータスを見せてくれないかしら?」


「九十九部長、初対面でそれは失礼だ」


教官が慌てて割って入るが、九十九は聞く耳を持たない。カイトは無機質な表情のまま、「断ります」と短く告げた。その動じない様子に、九十九はさらに頬を紅潮させ、「いいわ、ますます興味深い」と独り言を漏らしながら、二人を最上階の特別会議室へと誘った。


会議室の重い扉が開く。

 そこに漂っていたのは、物理的な重圧だった。


「ガハハ! 来たな、話題の坊主!」


部屋の中央、応接ソファにどっしりと腰を下ろしていた巨漢——攻略部門部長、剛田鉄心が立ち上がる。身長百九十センチを超える筋肉の塊から放たれるのは、数多の戦場を潜り抜けた上級職『壊剣士』特有の殺気にも似たプレッシャーだ。

 並の生徒なら腰を抜かすであろうその圧を、カイトは柳に風と受け流し、視線を逸らさずに会釈した。


「ほう……俺の圧をまともに受けて、瞬き一つしねぇか。龍崎たちの報告は盛りすぎだと思ってたが、こりゃあ『本物』だな」


 龍崎……教官の名前を上げ、カイトを試したと言外に伝えた剛田に声がかかる。


「鉄心、客人を怖がらせるのではない」


部屋の奥から響いたのは、穏やかだが、この場の空気を一瞬で平定する通る声だった。

 都営ギルド長、皇慈円。

 白髪を整えた老紳士は、柔和な笑みを湛えながらカイトを席へと促した。


「結城カイト君。急な呼び出しに応じてくれて感謝する。我々が君に聞きたいことは山ほどあるが……まずは、君が三十層で見せたあの『力』について、君自身の口から語ってもらいたい」


三者三様の視線が、カイトに集中する。

 カイトは一度目を閉じ、どこまでを「商品」として差し出すかを思考した。

 単独ダンジョンの特殊条件クリア報酬や、複合上級職の具体的なルート——それらは自分の持つアドバンテージだ。だが、この場を納得させ、かつ自分の価値を正しく認めさせるには、相応の「正解」を提示する必要がある。


カイトは目を開け、静かに口を開いた。


「僕の職業は『魔騎士』。……これは、直結ルートでは『ハズレ』とされている二つ以上のとある中級職を、それぞれ極めた者にのみ開放される【複合上級職】です」


その言葉が落ちた瞬間、九十九紗英が「複合、上級職……!」と、喘ぐような声を漏らした。


「通常の上級職は、一つの初級、一つの中級を経て到達する一直線のルートです。しかし、僕は『騎士』を極め、『大魔法使い』を極めた。それによって二つの系統が混ざり合い、独自の進化を遂げたのがこの職です」


カイトは、ステータス画面の職業とレベルのみ見えるようにして、理論の裏付けを示した。


「直結ルートの上級職に比べ、複合職は前提となる経験値とスキルの蓄積量が倍以上になります。その結果、ステータスの基礎値、スキルの保有数、そして何より『物理と魔法の完全な同時行使』という、単一職では不可能な出力が可能になるんです」


「……馬鹿な。そんな話、どの資料にも……」

 教官が絶句する。だが、九十九の目は、その理論の整合性を瞬時に認め、狂喜に震えていた。


「あり得る……! 理論上は可能かもしれない! でも、誰もやらなかった……いえ、できなかったのよ。誰が好き好んで、レベル50や70でカンストした職を一度捨てて、また一から初級職のレベリングなんてする? 効率が悪すぎるし、何よりみんなリセット時の喪失感に耐えられなかったもの!」


「坊主……お前、それを一人で証明したっていうのか?」

 剛田が、信じられないものを見る目で問いかける。


「証明と言えるかは分かりませんが。……ただ、魔法使いでは耐性のある敵に弱く、騎士では物理無効の敵には勝てない。そうやって一人で攻略する時に”詰まない”方法を模索していった結果、この職に辿り着いた。それだけです」


カイトの淡々とした言葉に、会議室を沈黙が支配した。

 その「それだけ」を、たった一年、冒険者の卵となってからたった一年で熟したこと。この場の誰もが、その異常性を理解していた。


「……ふむ。理屈は分かった。だが、実際に『職を捨てる』ということがどれほどの喪失感か、理論だけで語るのは不十分かもしれんな」


不敵に笑った剛田鉄心が、自身のステータス画面を開いた。


「俺は今、上級職『壊剣士』のレベル85だ。坊主、お前の言ったことが本当なら、俺が今ここで初級職に戻っても、いずれは高みに辿り着けるってことだよな? ちょっと試させろ」


「鉄心、やめておけ!」

 皇の制止も聞かず、剛田は職業変更をした。



瞬間。

 剛田の全身から、爆発的な魔圧が霧散した。

 鍛え抜かれた肉体そのものは変わらない。だが、彼の魂に刻まれていた強者の風格、スキルの輝き、そして「万物を切り裂く」という絶対的な確信が、音を立てて剥がれ落ちていく。


「……ぐっ、がっ……あぁ……っ!!」


剛田が膝をつき、肩で荒い息をつく。

 圧倒的な全能感から、何も持たざる『初級職:魔法使い(レベル1)』への転落。それは、健康な人間がいきなり全感覚を奪われたかのような、凄まじい虚脱感だ。


「……無理だ……。これ、は……正気じゃない……」


剛田はわずか数十秒で、震える手を使って元の上級職へと再転職した。

 戻ってきた魔力に安堵しながらも、彼の顔には冷や汗が流れていた。


それを目の当たりにした教官、九十九、そして皇の視線が、再びカイトへと向けられる。

 この苦行を、周囲から「落ちこぼれ」と蔑まれながら、たった一人で、二度、三度と繰り返した少年。

 彼が持っている力の源は、単なる運や才能ではない。常軌を逸した「執念」と「狂気」なのだ。


「……失礼した、結城君。鉄心には良い薬になっただろう」

 皇が静かに謝罪する。その瞳には、先ほどまでの「期待」に加えて、深い「敬意」が宿っていた。


「君が提供してくれた『複合上級職』の情報は、極めて価値が高い。……だが、これを今すぐ公表するのは、君にとってもギルドにとってもリスクが大きすぎる。まずは我々の方で、過去の文献や理論を精査させてもらう」


「はい。構いません」


「君には感謝する。いずれ、君にしか頼めない依頼をすることになるかもしれない。……もちろん、その際はギルドとして最大限の報酬と便宜を約束しよう」


そこで話し合いは終わり、カイトは都営ギルドを後にすることになる。


会議室を出る際、九十九紗英に「今度、絶対ラボに来てね! ケーキ作ってあげるから!」と叫ばれたことを思い出し、少しだけ頭が痛くなる。

 だが、目的は果たした。

 これでギルド上層部を味方につけ、かつ「魔騎士」という力を公認(非公式ながら)のものにできた。


(とりあえず、これで今後は少し動きやすくなったかな)


カイトは建物の外に出ると、春の夕暮れに染まる空を見上げた。

 

 カイトの手元には、まだ明かしていないカードがいくつもある。

 そして、彼がこの一年で極めた職業は、二つだけではない。


嵐の始業式は終わった。

 しかし、世界を揺るがす波紋は、まだ広がったばかりだ。


『現在のジョブ:魔騎士』

『現在のレベル:90』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんにちは。 情報を与えたらやっぱり九十九女史みたく「いや可能性はあるやろ。実際答えは目の前に実在しとるし」と理論的に考察出来る、頭の良い人は居るんですね。ただのへんた…情報マニアの可能性も有ります…
魔王に至るまでに必要な残りの要素は何だろう… 単純に火力(物理)?カリスマ性?何よりも速さが足りない、かな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ