第31話:静寂なる研鑽
日曜日は、穏やかな休息の色に染まっていた。
カイトは昨日までの死闘の汚れを落とし、泥のように眠った。全身を蝕んでいた筋肉痛と、魔力欠乏による芯からの倦怠感は、丸一日の休息を以てようやく凪いでいった。
月曜日、午後の演習時間。
統合ダンジョンの転移門の前は、今日も血気盛んな生徒たちで溢れていた。
中級職へと昇格した佐藤や九条院たちのパーティは、すでに十七層以降の攻略へと向かい、ほかのクラスメイトも中級職に上がる者たちが増えてきた。
そんな中、カイトは一人、転移門をくぐる。
「……十一層、転移」
転移した先は、荒涼とした岩場と草原が入り混じる十一層だった。
吹き抜ける風が、鋭い刃のように肌を刺す。この階層の敵の一種、ウィンド・ウルフの気配だ。
風を纏い、草原を音もなく駆ける灰色の狼。その速度は初級職の動体視力を凌駕し、遠距離からは「風の刃」を放ってくる難敵だ。
カイトは『宝物庫』から『雷狼の盾』を取り出し、左腕に固定した。
ズシリとした重み。だが、今の彼には焦りはない。
「……来たか」
前方、三つの影が風と一体化するようにして迫ってくる。
ウィンド・ウルフの群れだ。直線的な突撃に見せかけ、風を操ることで急激な方向転換を行いながらの突進が牙を剥く。
並の盾士であれば、その速度に翻弄されて捉えきれずに後衛へ抜けられるリスクがあるが、カイトは一人。そして、彼には「陣」がある。
カイトは静かに右手の杖を突き出し、心中でスキルの発動を念じた。
「【複製魔法陣】」
足元の地面に、直径二メートルの精緻な光の文様が展開される。
それと同時に、先頭のウィンド・ウルフが鋭い風の刃を放ってきた。カイトは『ガード・スタンス』を維持したまま、盾の角度を微調整し、最小限の挙動でそれを斜めに受け流す。
「【魔力矢】」
杖から放たれた本来一つの青白い魔力の弾丸は、「二重」へと増殖した。
シュパッ、シュパッ!!
時間差のない二連射。一発目が狼の風の障壁を食い破り、直後の二発目がその眉間を正確に貫いた。
続いて跳躍してきた二体目には、複製された【炎弾】を叩き込む。逃げ場のない「面」の爆炎が狼を焼き払い、最後の一体が死角から飛びかかってくるが、カイトは盾を「置く」ようにしてその軌道を塞ぎ、至近距離の魔力矢でトドメを刺した。
『レベルアップ:15』
【初級経験値ブースト】による二倍の経験値。そして【複製魔法陣】による二倍の火力による適正よりも上の狩場でのレベリング。
この二つが組み合わさった時、カイトの成長曲線は、この世界の「常識」という枠組みを完全に引き裂き始めた。
火曜日、水曜日。カイトは黙々と、しかし確実に階層を深めていった。
十二層。草原に潜むプレイン・マンティス。保護色で消えた鎌の不意打ちを、カイトは盾士の直感で察知し、盾を引っ掛けようとする鎌を『受け流し』の要領でいなし、【炎弾】がその硬い外殻を焼き切る。
十三層。群れで襲いかかるニードル・ラビット。多方向からの「針のミサイル」に対し、カイトは盾を回して最小限の被害で凌ぎつつ、広範囲をカバーする複製【魔力矢】の斉射で群れを一掃していく。
そして金曜日。カイトは十四層に立っていた。
目の前には、赤く光る角を持つ巨大な牛――バースト・ブルが、地面を削りながら突進の構えを見せている。
衝突の瞬間に魔力を爆発させる「超重量突進」。レベル30前後の盾士でも後退させられる重戦車だ。
「……来い」
カイトは複製魔法陣をあえて展開せず、盾を低く構えた。
ドォォォォン! と轟音が響き、爆発を伴う突進が盾を叩く。カイトの足が数メートル地面を削ったが、彼は衝撃を全身の筋肉で分散させ、盾士時代の「衝撃逃がし」の技術で立ち止まってみせた。
止まったのを確認してから【複製魔法陣】を展開する。
「【炎弾】」
怯んだ巨躯に、二重となった爆炎が直撃する。
魔力暴走牛が断末魔を上げ、光の粒子となって消えていった。
『レベルアップ:32』
演習終了の鐘が鳴る。カイトは静かに杖を収めた。
一週間でレベル11から32。異常とも言える速度だが、現在の学園内において、カイトのこの変化を正確に読み取れる者はいない。
中級職に上がった佐藤や九条院、そしてレベル50付近に到達している者にとって、レベル30そこそこの魔法使いは、依然として「最前線から脱落した落ちこぼれ」でしかないのだ。
(……それでいい)
カイトは自嘲気味に口角を上げた。
周囲の評価は、関係ない。
一週間後に迫る二十層合同攻略。
その時、死なないだけの力を付けられれば、今はそれでいい。
夕日に照らされる帰り道、これからのことに思いをはせながらカイトは進んでいく。
『現在のジョブ:魔法使い』
『現在のレベル:32』




