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第28話:産声と再起

放課後。周囲がパーティを組み、それぞれの適正に合わせた中層へと向かう喧騒を背に、カイトは一人、統合ダンジョンの入り口へと向かっていた。

 ほとんどのクラスメイトたちの視線は冷ややかだ。かつてクラスどころか学年でも一番先に進んでいたパーティーのリーダーであった「最強の盾」が、今は初心者用の粗末なローブを纏い、覚束ない足取りで一階層へ降りていく。その光景は、彼らにとって転落の象徴でしかなかった。


薄暗い洞窟の中の冷たい空気が肌を撫でる。第一階層――そこは冒険者が最初に足を踏み入れ、そして卒業していく「始まりの場所」だ。

 カイトは周囲に人がいないことを確認すると、『宝物庫』から二つの装備を取り出した。

 一つは、店で購入したばかりの安価な『初心者用の樫の杖』。

 そしてもう一つは、今のカイトには不釣り合いなほど禍々しい輝きを放つ、相棒――『雷狼の盾』だ。


「……っ、重いな」


思わず苦笑が漏れる。レベル50の時、羽毛のように軽く感じたその盾は、今のレベル1の筋力では重い鉄の塊に等しい。左腕にかかるずっしりとした重みに、膝が折れそうになる。

 だが、左手の人差し指に輝く『追憶の指輪』が熱を帯びた。

 

「【ガード・スタンス】」


スキルを発動した瞬間、指輪を通じて盾士時代の「感覚」が強制的に肉体に流れ込んできた。重心の置き方、衝撃を逃がすための骨の角度、筋肉の締め方。身体能力そのものは底辺まで落ちていても、その「技術」は指輪の補正によって維持されていた。

 カイトは重みに耐え、盾を正しく構える。これならば、今の貧弱な腕力でも最低限の守りは機能する。


奥から、汚泥のような悪臭と共に一体のゴブリンが姿を現した。

 かつてのカイトであれば、一撃殴るだけでも雑魚中の雑魚だ。だが、今のカイトにとっては、死を運んできかねない脅威である。


「ギギィッ!」


ゴブリンが錆びた短剣を振り回して跳躍する。

 カイトは極限まで集中した。盾を僅かに傾け、最小限の動きで短剣を逸らす。

 ガギィィン!

 火花が散り、左腕に凄まじい衝撃が走る。骨が軋む音を聞きながら、カイトは右手の杖を突き出した。


「【魔力矢マジックアロー】!」


短い詠唱と共に、杖の先から手のひらほどの大きさの魔力の塊が放たれた。

 それは火も氷も纏わない、ただの純粋な魔力の塊だ。速度も威力も弱々しい。だが、その一撃はゴブリンの喉元を正確に貫いた。


「ガハッ……」


ゴブリンが血を吐き、崩れ落ちる。

 視界に流れる『レベルアップ:2』の文字。

 カイトは荒い息を吐きながら、ゴブリンの残骸を見つめた。


「……ふぅ。一匹倒すだけで、これほどとはな」


たった一回の小競り合いで、精神は摩耗し、死の恐怖に体が竦みかける。

 しかし、その絶望的な状況下で、カイトの胸に去来したのは暗い後悔ではなかった。


(……ああ、これだ)


カイトは自らの手のひらを見つめた。

 そこには、今しがた放った魔法の残滓が、微かな熱として残っている。

 前世。白く塗りつぶされた病室で、管に繋がれ、自分の意志で寝返りさえ打てなかった日々。あの時の自分にとって、指先から「火」や「魔力」を放つなど、文字通りの神話だった。


今、自分の身体は確かに弱く、脆い。

 だが、この指先は、自分の意志で超常の現象を引き起こしている。

 物理的な質量ではなく、自らの魂の内側から溢れる魔力というエネルギーを練り上げ、外象へと出力する。その感覚は、盾を構えて受動的に攻撃を弾いていた時とは全く違う、能動的な「生」の実感だった。


「……楽しいな、これは」


カイトは自然と笑みをこぼしていた。

 傍から見れば、エリートが没落して雑魚相手に苦戦している悲惨な光景だろう。だがカイトにとっては、不自由な肉体に閉じ込められていた前世の自分を、一歩ずつ超えていくための神聖な儀式だった。


二体目、三体目。

 カイトは一階層の奥へと歩みを進める。

 一体倒すごとに、魔力の練り方、盾での受け方、そして魔法を放つタイミングが研ぎ澄まされていく。

 盾士としての防御技術を転用し、敵の攻撃を完全に「無力化」した瞬間を狙って、最小限の魔力矢を急所に叩き込む。それは、この世界の魔法使いが絶対に選ばない、近接魔導戦のスタイルだった。


時間が経つのも忘れ、カイトはゴブリンを狩り続けた。

 魔力切れの眩暈に襲われ、膝を突き、それでもポーションを煽って立ち上がる。

 

 気づけば、周囲には十数体のゴブリンの死骸が転がっていた。

 視界に映るログは、『レベル:5』を示している。


「……今日は、ここまでにしとくか」


カイトは杖を杖代わりにし、ふらつく足取りでダンジョンの出口へと向かう。

 身体はボロボロだ。筋肉痛は明日には全身を襲うだろう。

 だが、その心は晴れやかだった。

 

 盾という絶対の守りを持ちながら、魔法という未知の刃を磨く。

 この歪で、しかし確かな一歩が、いつか世界を驚愕させる「魔王」への道に繋がっていることを、カイトだけが確信していた。


夕闇に染まる街並みを背に歩きながら、カイトは空を見上げた。

 明日も、またこの「弱さ」から始められる。

 そのことが、今の彼には何よりも誇らしかった。



『現在のジョブ:魔法使い』

『現在のレベル:5』

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