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第26話:転生者の矜持、再誕の朝

日曜日の朝。迷宮庭園に差し込む青白い光が、カイトの瞼を叩いた。

 カイトはゆっくりと目を開け、まずは深く、長く息を吐き出した。指先を動かし、膝を曲げ、全身の関節ひとつひとつに語りかけるように意識を巡らせる。昨日、八階層までの連戦で酷使した筋肉は、睡眠とポーションの効果で驚くほど軽く、重苦しい疲労は霧散していた。


「……よし、動ける」


キャンプ用の寝袋を『宝物庫』に仕舞い、冷えた水で顔を洗う。それからカイトは、傍らに置いた『雷狼の盾』とメイスを手に取った。

 盾の表面に刻まれた無数の傷跡。それは昨日、一体一体のミノタウルスと真正面から向き合い、その命を受け止めてきた証だ。カイトは布を取り出し、メイスの打撃面を丁寧に拭い、盾の縁を点検する。

 今日、この相棒たちとの最後の戦いが始まる。その重みを噛み締めるように、カイトは静かに準備を終えた。


九層へと続く石段を下り、巨大な二枚開きの扉の前に立つ。

 扉の隙間から漏れ出すのは、これまでの階層とは比較にならないほど濃密な、闘争と死の気配。カイトは両手に力を込め、その重厚な扉を押し開いた。


――そこは、円形の巨大な闘技場のような空間だった。

 中央に鎮座する巨大な石造りの玉座。そこに腰を下ろしているのが、この迷宮の王、キングミノタウルスだった。


「……デカいな」


思わず呟きが漏れる。体長は約四メートル。全身を覆う筋肉は岩石のように固まり、赤黒い体表には数々の戦歴を示す古傷が刻まれている。その頭上に生えた二本の角は、まるで城門を突き破る槍のように鋭く、黄金の装飾が施されていた。玉座の傍らに立てかけられた大斧は、それだけで一個の鉄塊のような質量を誇っている。


キングミノタウルスはゆっくりと瞼を上げ、侵入者であるカイトを射抜くような眼光で捉えた。だが、王は動かない。ただ不敵に鼻を鳴らすと、王の足元から眩い魔法陣が展開された。


召喚の第一段階。魔法陣から這い出したのは、体長一メートルほどのミノタウルスジュニアだった。


「まずは一体か……。来い」


カイトは盾を低く構える。ジュニアといえど、その速度と一撃の重さは並のモンスターを凌駕する。だが、昨日までの連戦でミノタウルス種の動きを完璧に把握しているカイトにとって、一体のジュニアは脅威ではない。

 突進してきたジュニアの斧を盾の縁で受け流し、返しのメイスで頭部を粉砕する。


しかし、それはただの『始まり』に過ぎなかった。

 一体目が消滅した瞬間、玉座から放たれる魔力が膨れ上がり、次は二体のジュニアが現れた。

 その二体を倒すと続いて四体生まれ、そして最後には七体のジュニアと同時に戦わなければならなかった。


「くっ……数の暴力ってわけか……!」


カイトの視界が、小さな怪物たちの群れで埋め尽くされる。一種類の敵との一騎打ちを強いてきたこれまでの階層とは正反対の、波状攻撃。ジュニアたちは、まるで示し合わせたかのようにカイトの死角を突いて斧を振り下ろす。

 カイトは『ガード・スタンス』を維持し、全方位からの衝撃を盾一枚で捌き続けた。だが、一撃一撃を受けるたびに、スタミナが削り取られていく。


ガギィィン! ガッ! ドォン!


背後からの斧を盾の裏面で弾き、右から来る一撃をメイスの柄で受け止める。

 十四体。この「ギミック」を突破しなければ、王には触れることすらできない。

 カイトは歯を食いしばり、意識を加速させた。前世で数え切れないほどの戦闘を繰り広げてきた経験が、現実世界となり実際に体験した数々の戦闘が、乱戦の中での最適解を導き出す。

 一歩下がり、敵を一直線に並べる。最短距離で一体を仕留め、その死骸を遮蔽物にして次の攻撃を防ぐ。


「あと……三体!」


汗が滝のように流れ、視界が熱を持つ。だが、最後の十四体目をメイスの渾身の一撃で屠った瞬間、闘技場に重苦しい鐘の音が響き渡った。


――王が、ついに玉座から立ち上がった。


「グォォォォォォォォォォォ!!」


大気を震わせる咆哮と共に、キングミノタウルスが巨躯に似合わぬ速度で踏み込んできた。手にした大斧が横一文字に薙ぎ払われる。

 カイトは反射的に盾を構えるが、直撃の瞬間、凄まじい衝撃が腕を突き抜け、全身の骨が軋んだ。


「ぐ……っ!」


あまりの質量差。盾で受けているにもかかわらず、足が石床を削りながら後退する。王は追撃の手を緩めない。間髪入れず、丸太のような腕で大斧を振り上げた。

 縦に叩きつけられる一撃。カイトは【ガード・スタンス】の全魔力を一点に集中させ、盾を斜めに掲げた。


ドォォォォォン!!


衝撃を横に逃がし、カイトはボスの懐へ飛び込む。盾の縁を膝の関節に叩きつけ、体勢を崩そうと試みる。だが、キングの足は岩のように微動だにしない。逆に、自由な左腕がカイトの胴を狙って振り抜かれた。


「【フォートレス・スタンス】!」


盾を地面に突き立てるようにし、衝撃に備える。それでもなお、吹き飛ばされる威力。背後の壁に激突する寸前、カイトは【短距離テレポート】を発動し、空中へと逃れた。


着地と同時にカイトは『宝物庫』からポーションを取り出し補給する。王の猛攻は止まらない。

 キングミノタウルスは鼻から熱い蒸気を吹き出し、地面を大きく蹴った。石床が爆ぜ、巨体が弾丸となってカイトを襲う。重量級の突進だ。


王は突進の勢いのまま、大斧を遠心力に乗せて旋回させた。

 回避不能に見える広範囲攻撃。

その巨大な大斧でカイトの命を断たんと迫る。

 逃げ場はない。カイトの目の前には、巨大な刃が迫っていた。


――だが、これこそがカイトの狙いだった。


王の巨躯が、斧が、その自重と勢いでカイトを飲み込もうとした瞬間。

 カイトは極限まで集中し、まさに命が失われる直前でとあるスキルを使用した。


「グオォッ!?」


獲物を見失い、空を切った大斧。その勢いでキングミノタウルスの体勢が前傾し、隙だらけのうなじが【短距離テレポート】で空中に逃れたカイトの視界に晒された。

 空中から落下する勢いを乗せながら、盾を投げ捨てメイスを両手で握りこむ。


「これで、終わりだ……!」


 落下する自重、そして盾士として蓄積した全魔力を一撃に込める。


――ボッ!!


乾いた音と共に、メイスがキングミノタウルスの脳天に吸い込まれた。

 王の巨躯が糸の切れた人形のように崩れ落ち、闘技場に地響きが轟いた。


静寂が訪れる。

 崩れ去った王の遺体の傍らで、カイトは膝をつき、激しく肩で息をした。

 視界に流れるログ。


『キングミノタウルス、撃破を確認』

『特殊条件:初級職でのソロ踏破達成。報酬【追憶の指輪】を贈与します』


カイトの手の中に、鈍い銀色を放つ指輪が現れた。

 カイトはそれを震える指で掴み、左手の薬指にはめた。


「……ふぅ。……設定、完了」


カイトは指輪に意識を向け、今まで磨き上げてきた盾士の基礎であり極意――【ガード・スタンス】を選択した。これで、たとえ魔法使いになろうとも、カイトの防御技術は魔法的な補正を伴って維持される。


準備は、すべて整った。

 カイトは虚空に浮かぶメニュー画面から、『転職ジョブチェンジ』の項目を選択する。

 盾士の文字が消え、新しいジョブ――『魔法使い』の文字が輝きを放つ。


「……実行」


その瞬間、カイトを包み込んだのは、輝かしい光ではなく、底知れない「喪失感」だった。


「――ッ!?」


立っていられないほどの倦怠感。

 レベル50という極致まで高められた身体能力、溢れるような生命力、鍛え上げられた筋力が、一瞬にして砂のように指の間から零れ落ちていく。

 視界が暗くなり、呼吸が浅くなる。心臓の鼓動は弱まり、あんなに軽かった『雷狼の盾』が、今では重い鉄の塊に感じられた。


『現在のレベル:1』


この世界の人々が、なぜ転職を、リセットを忌避するのか。カイトはその理由を身をもって知った。これは単なる数字の変化ではない。昨日までの「自分」という存在が、根底から否定され、削ぎ落とされる肉体的な苦痛だ。

 積み上げたものをすべて捨て、赤子のように弱く、脆い存在に戻る恐怖。


「ハァ……ハァ……これが、レベル1の……魔法使いの身体……」


カイトは床を這い、荒い息を繰り返す。指先一つ動かすのにも、先ほどまでの数倍の意志力が求められる。今の自分なら、その辺にいるゴブリンにすら殺されかねないとさえ錯覚する。


だが。

 その喪失感と絶望の渦中で、カイトは笑った。


「……はは、……何だ。……この程度か」


カイトはゆっくりと、震える腕を突き立てて身体を起こした。

 脳裏に浮かぶのは、この世界に来る前の、病室の記憶。


白く塗りつぶされた壁。絶え間なく鳴り響く医療機器の電子音。

 自分の力では寝返りすら打てず、管に繋がれ、ただ命が尽きるのを待っていたあの暗い日々。

 歩きたいという願いさえ贅沢に思えた、あの絶望的な「弱さ」に比べれば――。


「歩ける……。自分の足で、立っていられる。……魔法ちからだって、ここにある」


カイトは弱々しく震える右手を掲げ、小さな魔力の矢を手のひらに浮かべた。

 レベル1。身体は重く、脆い。だが、前世の自分に比べれば、今の自分は万能の神にも等しい自由を手にしている。

 リセットなど、恐るるに足りない。失ったステータスは、また積み上げればいいだけの話だ。


カイトは重い足取りで、しかし確かな足取りで、迷宮の出口へと歩き出した。

 来た時と比べ、その足取りは重く弱弱しい。

 だが、その魂には、極めた盾士の技と、病室で培った不屈の意志が刻まれている。


月曜日の朝。

 教室の扉を開けたとき、友人たちは、そして教官は、どんな顔をするだろうか。

 「レベル1の魔法使い」としての、新しいカイトの物語が、今ここから始まる。


『現在のジョブ:魔法使い』

『現在のレベル:1』

『装備:追憶の指輪(継承スキル:ガード・スタンス)』

これにて第一章完結です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


カイトの物語、楽しんでいただけましたでしょうか?

評価やブクマ、感想やレビューなどいただけるとモチベーションにつながるので、ぜひお願いします。


第二章も引き続き毎日更新してまいります。

ぜひ見ていってください。

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― 新着の感想 ―
とりあえず一章一気読みして面白かったのですが疑問点が幾つか ダンジョンでソロ判定はどうやってるのか(ご子息ご令嬢が挑む場合の本人も認識してない護衛はどう判定されるのか) 追憶が装備の効果なんで指輪奪わ…
左手の薬指なのはそこしかダメだったんか?
ついに魔法使いに!どのようになるのか、続きが楽しみです!毎日更新とっても嬉しいです、ありがとうございます
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