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第25話:盾士の残照、迷宮の夜

五月。ゴールデンウィークの喧騒が街の空気を華やかに染め上げる土曜日の朝。大崎の街並みを背に、カイトは一人、学校の管理区域から遠く離れた場所へと足を運んでいた。目的地は、単独ダンジョン、『ミノタウルスの迷宮庭園』である。


都会とは思えない生い茂る木々を分かき分けて進んだ先に、その入り口はあった。


カイトは入り口の前に立ち、使い慣れた『雷狼の盾』の重みを改めて右腕に感じた。この盾と共に、いくつもの死線を潜り抜けてきた。


「……よし、行くか」


一言、自分に言い聞かせるように呟くと、カイトは迷宮へと足を踏み入れた。

親には今日は泊りでダンジョンに行くと伝えてある。

 まだ冒険者養成学校の学生になったばかりなのにダンジョンに泊まるのは危険じゃないのかと、心配されたがどうしても必要なことだと説得してきた。

 最終的に納得してくれて、絶対に無事帰ってくることを約束させられた。

 その約束を胸に、歩みを進めていく。




一歩中へ入れば、そこは高さ5メートルを超える分厚い生け垣に囲まれた異質な空間だった。空は見えているはずなのに、差し込む光はどこか濁り、冷ややかな空気が肌を刺す。ここ『ミノタウルスの迷宮庭園』は、その名の通り、全9階層に及ぶ広大な迷路構造となっており、出現する魔物は『ミノタウルス』種のみという極めて特異な性質を持っている。


さらに、このダンジョンにはある暗黙のルールが存在する。それは「一体ずつとの完全な一騎打ち」が強制されるという点だ。迷路の通路はミノタウルスの巨躯が通るのが精一杯の幅に設計されており、横に並んで戦うことも、背後から不意打ちを食らうこともない。純粋に、目の前の怪物を受け止め、ねじ伏せるだけの力が求められるのだ。


カイトが最初の角を曲がった瞬間、鼻を突く獣臭と共に、地面を揺らす重厚な足音が響いた。


「グォォォォ……ッ!」


迷路の先から現れたのは、体長2.5メートルを超える牛人、ミノタウルスだった。隆起した筋肉は鋼のように硬く、その両手には身の丈ほどもある巨大な両刃の斧が握られている。ミノタウルスはカイトを視界に捉えるなり、一切の躊躇なく突進を開始した。


カイトは腰を落とし、盾を正面に据える。


ドォォォォン!!


大斧が盾の表面に叩きつけられ、凄まじい衝撃がカイトの腕から全身へと伝わる。並の盾士であれば、この一撃だけで腕の骨を砕かれ、後方に吹き飛ばされていただろう。しかし、カイトは衝撃を真っ向から受けるのではなく、盾を僅かに傾け、大斧の軌道を下方へと逃がした。


石床が砕け、土埃が舞う。ミノタウルスの大斧が地面にめり込んだその刹那、カイトは盾の縁をミノタウルスの顎へと叩き込んだ。


「ガハッ!?」


呻き声を上げる怪物。カイトは追撃の手を休めない。彼はこのダンジョンに、ただクリアするためだけに来たのではない。盾士というジョブの特性を、その限界まで使い込み、魂に刻み込むために来たのだ。


続く二体目、三体目の戦闘でも、カイトは自身の技術を研ぎ澄ませていった。

ミノタウルスの攻撃は単純だ。力任せの振り下ろし、横薙ぎ、そして体重を乗せた体当たり。しかし、その一つ一つが即死級の威力を秘めている。カイトはあえてその攻撃を紙一重で受け流し、あるいは正面から衝撃を相殺して対応していった。


「……いい感覚だ」


カイトは戦いの中で確かな手応えを感じていた。

かつてゲームの中でしか活きない「ただのゲームの技術」が、今、現実の世界で自身の血肉となって馴染んでいく。

一体を倒すごとに、経験値が着実に積み上がっていく。ソロ攻略による経験値の独占、そして格上の魔物を相手にすることによるボーナス。カイトのレベルは、演習では考えられないほどの速度で上昇を続けることになる。


二層、三層と進むにつれ、通路はより複雑になり、ミノタウルスの個体もまた、その力強さを増していく。

四層を過ぎたあたりで、カイトのレベルは48に達した。


「ふぅ……」


カイトは『宝物庫』から取り出したポーションを一口飲み、荒い息を整える。

汗が目に入り、視界が滲む。だが、心地よい疲労感だった。

五層、六層。もはやカイトの動きに迷いはなかった。ミノタウルスが斧を振り上げる予備動作、筋肉の収縮、瞳の動き――そのすべてから次の攻撃を予読し、先んじて盾を置く。

時に回り道をしてあえて戦闘回数を増やしていった。


カイトにとっての盾は、もはや防具ではなかった。

それは敵の力を利用し、戦場をコントロールするための精密な計器であり、時には獲物の息の根を止める凶器でもあった。


六層を突破した時、レベルは49。そして八層の最奥、九層へと続く階段の前で、ついにその瞬間が訪れた。


『レベルが50に到達しました』


カイトはその場に崩れ落ちるように座り込み、天井を見上げた。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、関節が焼き切れそうなほどに酷使されている。だが、視界に浮かぶ「50」という数字は、何にも代えがたい達成感を彼に与えた。


レベル50。

それは、初級職が辿り着ける最高到達点である。

そして、今の仲間たちと共に歩んできた「盾士のカイト」の終焉を意味する数字。



「……条件は整った」


現在のレベルは50。8階層までのミノタウルスをすべて、文字通り一騎打ちでなぎ倒してきた。身体には盾士としての技術が完全に定着した。


残るは、九層の主――『キングミノタウルス』の討伐のみ。

あの『ギミックボス』をソロで、しかも初級職の状態で撃破することこそが、報酬である『追憶の指輪』を獲得するための最後の試練だ。


カイトはゆっくりと立ち上がり、自らの装備を見つめた。

傷だらけになった『雷狼の盾』。数え切れないほどの衝撃を吸い込んできたこの相棒も、まだまだ活躍してもらうことになる。


迷宮の空は常に晴天で太陽が真上にあるが、時間を確認すると、既に夕刻を迎えていた。

これ以上の無理は禁物だ。明日の決戦に向けて、心身ともに完璧な状態まで回復させる必要がある。


「……今日はここまでだ」


カイトは階段の入り口で足を止め、その奥に潜む王の気配を感じ取った。

重厚で、圧倒的な質量を感じさせる、死の予感。

だが、カイトに恐れはなかった。あるのは、これまで積み上げてきたものへの確信と、明日への静かな闘志だけだ。


「明日、すべてを終わらせて……次のステージへ行く」


カイトは迷宮の安全地帯まで引き返し、そこで準備を始めた。

『宝物庫』からキャンプ用の小道具を取り出し、食事を済ませて眠りにつく。

佐藤、田中、鈴木。彼らの顔を思い浮かべる。月曜日に学校へ行った時、彼らはどのような表情で自分を見るだろうか。

そして九条院は、自分の変化をどう受け止めるだろう。


様々な思考が頭をよぎるが、それらはすべて、明日の勝利の先にしかない。

カイトは静かに目を閉じ、暗闇の中で明日の戦いのシミュレーションを繰り返した。


日曜日の夜明け。

それが、盾士・カイトとしての最後の戦いとなる。


『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:50(MAX)』


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