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第24話:月光下の研鑽、別れの時

十六層『夜の草原』に、等間隔で設置されたランタンの光が頼もしく揺れている。

 カイトの機転によって構築されたこの「光の陣地」は、単なる照明以上の意味を持っていた。それは、闇に潜む魔物たちの視覚的優位を奪い、逆に誘い込んで仕留めるための、冷徹なまでに効率的な「狩り場」へと変貌していた。


「はぁっ、ふん!!」


光の境界線。闇から弾丸のように飛び込んできたムーンライト・ストーカーを、カイトは一歩も引かずに迎え撃つ。

 『雷狼の盾』を垂直に立て、牙が食い込む直前で僅かに角度を変える。ガリッという嫌な金属音とともに狼の突進エネルギーを横へと逃がし、無防備になったその脇腹へ、盾のエッジを鋭く叩き込んだ。


キャン、と短い悲鳴を上げて転がる狼。間髪入れず、カイトは後続のシャドウ・マンティスの鎌を盾の面で受け、その衝撃を利用して反転。周囲の状況を把握しながら、的確な指示を飛ばす。


「佐藤、右三時方向! 影縫いに来るぞ! 田中さん、今の衝撃波の残響を狙って魔法を一点集中。鈴木さんはいつでも回復を飛ばせるように待機してくれ!」


流れるような攻防。そして、盾士というジョブの「守る」という概念を根底から覆すような、攻撃的な防御。カイトの動きには一点の迷いも、無駄な溜めもない。


(……何なの、あの動きは)


少し離れた位置で自パーティの指揮を執っていた九条院は、思わずレイピアを握る手に力が入り、その光景に見入っていた。

 彼女は自分自身、この学年でも抜きん出た実力者であるという自負があった。名門の家系に生まれ、幼少期から最高級の教育と訓練を受けてきた。事実、彼女のレイピアは鋭く、無駄がない。


だが、目の前のカイトは違う。

 カイトの動きは「教育」されたものではなく、まるで数千、数万の死線を潜り抜けてきた「経験」が肉体に染み付いているかのような、異様な説得力に満ちていた。


(盾士は、あんなふうに動けるジョブじゃないはずよ。敵の攻撃を受けるたびに、彼はそれを次の自分の攻撃の推進力に変えている。……個人技の練度、パーティへの完璧なクロック管理。私との差は、単なるレベルの数字じゃない。……根本的な『何か』が、決定的に違う)


九条院の胸に、焦燥とは異なる、純粋な探求心と深い挫折感が混ざり合う。

 自分はどうすれば、あの領域に辿り着けるのか。どうすれば、彼のように戦場すべてを掌の上で転がすような「先」を見通せるようになるのか。

 隣で必死に盾を構え、カイトの背中を「届かぬ巨人」のように見つめている清水の横顔を見て、九条院は確信した。カイト・ユウキという存在は、この学校という狭い環境では、異端に映るのだと。


季節外れの熱風が校舎をなでる、金曜日の午後。

 一週間にわたる十六層での過酷な夜戦演習も、終わりの時間を迎えようとしていた。

 カイトは、視界の端に半透明のシステムウィンドウを呼び出した。


『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:47』


カイトは、静かに、だが深く息を吐いた。

 この一週間、彼は自らに鞭を打つように戦い続けた。【宝物庫】を活用し、重い荷物に機動力を奪われることもない――という「反則級の兵站」が、カイトのレベルアップを加速させていた。


(……あと、三つ。そして、次の単独ダンジョンを攻略すれば、条件はすべて揃う)


カイトの脳裏には、既に「次」の目的地の地図が描かれていた。

 それと同時に、一つの「終わり」が、抗いようのない足音を立てて近づいていることを実感していた。

 このパーティを組んでから、数ヶ月。初めは頼りなかった佐藤も、気の強かった田中も、内気だった鈴木も、今では立派な探索者としての顔つきになっている。自分を信じて、命を預け合ってきた仲間たち。



演習終了の時刻となり、みんなが撤収の準備を始める中、カイトは佐藤、田中、鈴木の三人を静かな場所に呼び止めた。


「みんな、少し話があるんだ」


カイトの声には、普段の指示出しとは違う、どこか切なさと決意が入り混じった響きがあった。

 そのトーンだけで、三人の空気が一変した。

 冗談を言おうとしていた佐藤が口を閉じ、ポーションの空き瓶を整理していた田中と鈴木が、弾かれたように顔を上げた。


「俺のレベルが、今47になった。……この土日で、一気に50まで上げるつもりだ」


カイトは一度言葉を切り、三人の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「そして……レベル50になったら、俺は転職して、このパーティを抜ける」


夕方の冷たい風が、草原を渡っていく。

 重苦しい沈黙が流れることを、カイトは覚悟していた。


だが、返ってきたのは、拍子抜けするほど穏やかで、温かい微笑みだった。


「……そっか。いよいよ、その時が来たんだな」


佐藤が、どこか清々しい顔で口を開いた。拳を軽く握り、自分の胸を叩く。

「正直さ、そろそろだと思ってたよ。カイトの成長スピードは異常だし、戦い方だって俺たちの数段先を行ってる。約束だった50レベルに近づいてるってのは、一番近くにいた俺たちが……一番よく分かってるよ」


「そうね……。カイトくんがいなくなるのは、正直に言えば、明日からどうやって戦えばいいか分からないくらい心細いわよ」

 田中が、愛用の杖をギュッと抱きしめるように握り直した。

「でも、この一週間の、演習で気づいたの。私たち、もうカイトくんに守られるだけのヒヨッコじゃないわ。カイトくんがいなくても、背中を任せ合って生き残れるように……あんたが、私たちをここまで引き上げてくれたんだもの。……でしょ?」


「はい。カイトくんのおかげで、私たちは他の誰よりも、ダンジョンでの動き方を教わりました」

 鈴木が、少しだけ潤んだ瞳を袖で拭いながら、力強く微笑んだ。

「だから、カイトくん。私たちのことは、もう心配しないでください。あなたは、あなたが行くべき場所へ、迷わず進んでください。私たちをきにして、あなたの歩みを止めるなんて……そんなの、絶対に許しませんから」


三人の言葉には、一点の曇りもなかった。

 彼らはカイトが「自分たちとは違う場所を見ている」ことを、残酷なほど正確に理解し、それでもなお、その旅立ちを心からの友愛と尊敬で祝福しようとしていた。


「カイト。パーティとしての契約は今日で終わりかもしれないけどさ……」


佐藤が、一歩前に出て、力強く拳を突き出した。

「俺たちが友達だって事実は、俺たちが上級職になろうが、プロの冒険者になろうが、一生変わらねえだろ? ……違うか?」


その言葉に、カイトは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 知識による打算ではなく、純粋な「信頼」だけで結ばれた絆。前世の病室に囚われていた自分には決して得られなかった、この世界で最も尊い報酬がそこにあった。


「ああ。……当たり前だ」


カイトは少し震える手で、佐藤の拳に自分の拳を合わせた。

 そこにあるのは寂しさではなく、それぞれの未来に対する確かな期待だった。


カイトは前を向く。

 自分が目指すところに到達するために。

 



『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:47』

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