第23話:月下の混迷、見えない刃と映し出す光
十六層『夜の草原』に足を踏み入れてから、一時間が経過した。
銀月が照らす幻想的な風景とは裏腹に、カイトたちの神経はかつてないほど磨り減っていた。
「……くっ、どこだ!?」
佐藤が焦燥に駆られた声を上げる。彼の目の前では、ムーンライト・ストーカーの銀の毛並みが月光を反射し、輪郭をぼやけさせていた。昼間の草原なら容易に捉えられるはずの距離感が、影の濃い夜という環境下では狂わされる。
ガッ!
背後からの鋭い爪。佐藤が反応するより早く、カイトの『雷狼の盾』がその一撃を弾き飛ばした。火花が散り、一瞬だけ狼の実体が闇に浮かび上がる。
「佐藤、目を凝らすな。気配と、草が揺れる音に集中して」
カイトの声は低く、冷静だった。だが、そのカイトでさえも、周囲の暗闇から絶えず放たれる「気配」の多さに、盾を持つ手に力を込めていた。
「ポーション……使うわ。暗くて足元が不安定なせいで、スタミナの消費が激しすぎる……」
田中が【宝物庫】から素早く小瓶を取り出し、飲み干す。
この階層の真の脅威は、個々の魔物の強さ以上に「視界の悪さ」だった。ランタンの灯りは周囲数メートルを照らすのが精一杯で、その外側にある深い闇は、常に魔物たちの有利な狩場となっている。
少し離れた場所では、九条院のパーティもまた、夜の草原の洗礼を受けていた。
「清水くん、左よ。盾を引かないで」
九条院が氷のように冷徹な声で指示を飛ばす。彼女のレイピアが闇を切り裂き、正確にシャドウ・マンティスの関節を貫いていた。九条院自身は一歩も無駄のない動きで戦場を支配しているように見えるが、その頬を冷や汗が伝っている。
「は、はい……! でも、影から急に出てくるから……っ!」
盾士の清水は、震える膝を必死に抑えていた。松田が九条院の背中を守るように魔法を放つが、暗闇を中で魔法を当てるにはまだ練度が足りていない。
最後尾の大久保は、落ち着き払った様子で杖を構えていたが、足元の窪みに気づかず「おっと」とよろけ、危うく転びそうになっていた。
九条院がふと視線をカイトへ向けた。
目が合う。だが、言葉の応酬はない。九条院はただ、カイトの「一切の無駄がない守備範囲」を認め、わずかに顎を引いて自分の戦闘に戻った。彼女にとっても、ここは他人を揶揄う余裕などない、真剣勝負の場なのだ。
「……カイト、これ、一種類ずつしか出ないって言っても、きついぜ。いつ闇から飛び出してくるか分からねえ」
佐藤が息を切らしながら言う。
十六層のルール通り、現れるのは一種類ずつの群れだが、その「現れ方」が問題だった。
キィィィィィィィン!!
突如、闇の彼方から一直線の光が放たれた。スターライト・ゴーレムのレーザーだ。
「【属性ガード】!」
カイトは反射的に盾を突き出した。暗闇の中で光源となるレーザーはあまりにも眩しく、一瞬だけ全員の視界が真っ白に染まる。
「っ……、目が!」
「動くな! 田中さん、今の光跡の方向に魔法を撃て! 佐藤は俺の右側、三歩の位置で待機だ!」
カイトは視界を一瞬奪われた状態でも、音と魔力の流れだけで戦場を把握しようと努めていた。
ポーションの補給が簡単にできる【宝物庫】があっても、この環境そのものが肉体と精神を削っていく。
「教官が『一種類ずつに慣れろ』と言った意味が分かった。……夜の戦闘は、昼間とは全く別の技術が求められるんだ」
カイトは【宝物庫】から予備のランタンを取り出し、地面に設置して防衛ラインを広げた。
明かりに照らされた範囲を作りだし、近接だけでも昼間と変わらずに戦える状況を作る。
簡易的にだが自分たちのフィールドを作り出しそこで戦闘を行うことにした。
完全な暗闇の中で手元しか照らしていなかった時と比べて、格段に戦いやすくなっている。
十数分ほど作成したフィールドを生かして戦っていると九条院がカイトに話しかけてきた。
「結城くん、お願いを聞いてくれないかしら」
「九条院さん?どうしたの?」
「私たちのパーティーも結城くんたちが作ったこの明かりの範囲……いいえ、その付近でいいから使わせてほしいの。」
そういわれ、ふと九条院のパーティーを見るカイト。
こちらのパーティと比べ、慣れない戦闘で疲労がたまっている様子がうかがえる。
「……なら、これを使うといいよ」
そういいながらカイトはランタンが10個ほど入った袋を、宝物庫から取り出し九条院に手渡した。
「っ!……マジックバック……?結城くん、あなたそんなものまで持っているの?」
「あまり言いふらしてほしくないけどね、困ったときはお互い様でしょ?」
異空間からランタンを取り出したカイトに対し、驚愕を隠せない九条院。
複雑な気持ちを抑え、感謝を示す。
「ありがとう、大事に使うわ」
「うん、お互い頑張ろう」
今、この十六層を完璧に制圧できるだけの「夜の感覚」を身につけること。それが、この黄金週間にカイトたちや九条院たちが成すべき、最大の課題だった。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:40』




