第21話:黄金なき王の試練、宝物を入れる庫
日曜日の朝。大崎の街を包む空気は、太陽が昇り切っておらず、少し冷え込んでいた。駅前の広場に集まったカイト、佐藤、田中、鈴木の四人は、昨日の「スキル封印」という過酷な攻略による筋肉痛を抱えながらも、その瞳には昨日とは違う、静かな闘志を宿していた。
「よし、全員揃っているな。今日は一層から五層まで一気に抜ける。ルールは昨日と同じだ。アクティブスキルの使用は一切禁止。……身体の感覚を研ぎ澄ませてくれ」
カイトの号令に、三人は力強く頷いた。
この『古代王の隠し宝物庫』は、ショートカットは存在しない。攻略のたびに、一層から順に足を踏み入れる必要がある。だが、昨日数時間をかけて身体に叩き込んだ「スキルに頼らない間合い」は、一層のミイラたちを相手にする際、驚くほどの余裕を生んでいた。
二層、三層と進むにつれ、通路は狭まり、壁には不気味なラピスラズリの装飾が増えていく。現れるミイラたちも、盗賊職や盾士職が混じり、より組織的な動きを見せ始めた。
「……っ、こいつら、囲い込もうとしてるわね!」
田中が杖を短く持ち、魔法使いミイラの放つ【魔力矢】の軌道を、杖の物理的な干渉で僅かに逸らす。
「焦るな! 軌道さえ見えれば、スキルの補正がなくても躱せる!」
佐藤が鋭い踏み込みで盗賊ミイラの懐に潜り込み、スキルではない純粋な「斬撃」で包帯を切り裂いた。
カイトは【ヘイト・ブロウ】を使わず、盾の縁を石床に叩きつける金属音と、自身の放つ圧倒的な威圧感だけで、三方向からの敵意を自分に繋ぎ止めていた。
ガキィィィィィィン!
三体のミイラの同時攻撃を、カイトは『雷狼の盾』を円を描くように動かすことで、一点の衝撃も受けずに受け流す。スキルに頼らないからこそ、筋肉の動き、重心の移動、敵の呼吸――そのすべてが鮮明に感じ取れた。
そして午後三時。
四人はついに、最深部である第五層、巨大な黒石の扉の前に辿り着いた。扉の奥からは、これまでの階層とは比較にならないほど重厚で、古びた魔力が漏れ出している。
「この先がボスだ。……ここが正念場になる。佐藤、田中さん、鈴木さん。……泥臭くいくぞ」
ボスの説明を端的に済ませ、カイトたちはボス部屋の扉に触れる。
重厚な扉が、重い音を立てて開いた。
広大な王の間。その中央、玉座に鎮座していたのは、三メートルを超える巨躯を黄金の包帯で包み、頭上に古ぼけた王冠を戴いた【キングミイラ】だった。
キィィィィィィィィン……!
王が杖を掲げると、その周囲の地面から、剣士、魔法使い、盗賊、盾士の四体のミイラが這い出してきた。
「くるぞ! 散れ!」
カイトの叫びとともに、戦闘が開始された。
キングミイラは自ら動くことはないが、その手にした杖から、絶え間なく黄金の治癒光を放ち続ける。その光が部下たちに触れるたび、佐藤たちが付けた傷が一瞬で塞がっていく。
「クソッ、聞いてた通りキリがねえ! 斬っても斬っても元通りだ!」
佐藤が剣士ミイラの猛攻を凌ぎながら叫ぶ。
「私たちが引きつけるわ! 勇馬、右の魔法使いを抑えて!」
「私も前に出る! ……っ、攻撃はできなくても、惹きつけるくらいは!」
戦況は、瞬く間に泥沼の様相を呈した。
スキルが使えないため、一撃で敵を無力化することができない。佐藤と田中は、常に再生し続ける部下たちの猛攻に晒され、じりじりと体力を削られていく。鈴木は敵の攻撃をよけながらも二人の動きを必死に追い、適したタイミングでポーションを投げ渡すが、その在庫も刻一刻と減っていく。
「……三人とも、そのまま足止めを頼む! 隙を見て、ボスに一撃をねじ込め!」
カイトは、自身が相手にしているミイラを潜り抜け、最短距離でキングミイラへと肉薄した。
王が杖を振り下ろし、物理的な衝撃波を放つ。カイトは『雷狼の盾』を正面に据え、スキル【属性ガード】さえも封印した状態で、その衝撃を真正面から受け止めた。
ガッ、とカイトの足が数センチ後退する。
だが、カイトは止まらない。衝撃をあえて逃がさず、その反動を利用して盾の縁を王の腹部へと叩き込んだ。
雷狼の盾の反撃効果とともに大きな一撃が入る。
ドォォォォン!!
「グォォォ……ッ!?」
キングミイラは驚愕したように呻いた。この王は、部下を回復させることに特化している反面、自身の防御には隙がある。スキルを使わないという制約の中で、カイトは前世の知識に基づいた「弱点」を的確に突き続けていた。
「今だ! 全員、ボスへ叩き込め!」
カイトの指示に応え、ボスの驚愕の声に反応し動きを一瞬止めたミイラの隙をつき、佐藤と田中が、一瞬でボス肉薄して脚部へと斬撃と物理打撃を浴びせる。
だが、ボスも黙ってはいない。咆哮とともに周囲に強力な衝撃を放ち、四人を弾き飛ばす。
「きゃあっ!」
田中が壁に叩きつけられそうになるが、カイトが瞬時にその背後へ回り、自身の背中で衝撃を殺した。
「……大丈夫か」
「え、ええ。……ごめん、カイトくん」
「謝らなくて大丈夫、もうすぐ倒せるはず、ここからが正念場だ!行こう!」
そこからは、まさに死闘だった。
スキルによる華やかなエフェクトはない。あるのは、荒い呼吸と、金属がぶつかり合う鈍い音、そして飛び散る砂埃だけだ。
佐藤は腕の感覚がなくなるほど剣を振り、田中は杖を棍棒のように振り回し、鈴木は膝を突きそうになりながらも、最後の一瓶となったポーションを仲間のために掲げた。
そして。
カイトが放った、渾身の盾の突きが、キングミイラの胸の中心にある「核」を捉えた。
パリン、という硬質な音が響く。
王の巨躯が、糸の切れた人形のように崩れ落ち、さらさらと黄金の光になって消えていった。
『第五層守護者、キングミイラの討伐を完了しました』
『特殊条件:アクティブスキル未使用での攻略、達成を確認』
静まり返った王の間。
四人の胸元に、同時に黄金の光が吸い込まれていく。
それと同時に、全員の脳内に、今まで感じたことのない「広大な空白」と、それを自在に操るための術式が刻み込まれた。
『報酬:スキル【宝物庫】をパーティ全員が習得しました』
「……えっ? 何、今の光……。脳の中に、何か変な感覚が……」
田中が自身の掌を見つめながら、戸惑いの声を上げた。
「俺もだ……。なんか、自分の周りに目に見えない『穴』があるみたいな……これ、一体何なんだ?」
佐藤たちが困惑する中、カイトは荒い息を整えながら、ゆっくりと口を開いた。
「……それが、今回の攻略の目的だ。スキル【宝物庫】。……自分専用の異空間収納だよ。上限はない。自分の意思で、物を自由に出し入れできるスキルだ」
「「「……えええええええっ!?!?!?!?!?!?」」」
三人の叫びが、遺跡の天井まで響き渡った。
アイテムボックスなどの特殊な魔道具は存在するが、それらはどれも容量に厳しい制限があったり、どれも高価で持っているのはプロの冒険者の中でも上位の一部か、たまたまダンジョンでドロップした幸運の持ち主ぐらいだ。
「上限なし」でましてや魔道具ではなく自身に身に着く『スキル』など、この世界の常識ではあり得ない、文字通りの「至宝」だった。
「カイト、あんた……。どうして、こんなスキルの存在を知ってたの? それに、アクティブスキルを使わないっていう『特殊条件』なんて、一度だって聞いたことないわ……」
田中が、鋭い、だがどこか感謝の混じった瞳でカイトを射抜く。
佐藤も、鈴木も、同じ疑問を抱えてカイトを見つめていた。
「……それは」
カイトは視線を落とした。
自分が前世の記憶を持っていること。この世界がかつて自分がプレイしていたゲームと酷似していること。それを話すことは、今の彼らにはあまりにも重すぎる。
「……ごめん。詳しくは、言えないんだ。……ただ、これからの俺たちの戦いには、このスキルが絶対に必要だと思った。……本当に、ごめん」
カイトが深く頭を下げる。
沈黙が流れた。だが、その沈黙は拒絶ではなく、受け入れるための時間だった。
「……カイト、顔を上げろよ」
佐藤が、カイトの肩をポンと叩いた。
「理由は言えねえんだろ? だったらいいよ。……ただ、こんなヤバすぎるスキルを俺たちにまで習得させてくれた。それだけで、十分すぎるくらいだ。……ありがとな、カイト!」
「そうね……。不気味だけど、あんたがいなきゃ、一生手に入らなかったもの。……感謝してるわ、カイト」
「私もです、カイトくん。……私たちを信じて、ここに連れてきてくれて……本当にありがとうございます」
三人の言葉に、カイトの胸の奥が熱くなった。
孤独な「知識者」としての攻略ではない。共に汗を流し、苦しみ、報酬を分かち合う「仲間」としての絆。それが、何よりも代えがたい報酬だった。
「……ありがとう。みんな」
佐藤が純粋な疑問といった体で質問をしてくる。
「ここみたいな特殊な条件をクリアしてスキルを獲得したりって、ほかのダンジョンでもあったりするのか?」
「そうだな……、いわゆる俺の知っている限りでは単独ダンジョンすべてにあって、そのどれもが簡単には行かない難易度をしていると思うよ」
「そうなのね、カイトはこうやって他にもスキルをゲットしているからそんなにも強いのかしら?」
田中がカイトの強さについての理由の一つか、とスキルについて聞いてくる。
「それもある、既に俺は単独ダンジョンを3つ制覇してるから」
そう伝えると、三人は驚愕の表情で固まった。
「そうか……、いつも週末明けると雰囲気が変わったと思ってたけど」
「ダンジョンを難易度が上がる条件付きでクリアしてたんですね、納得しました!」
佐藤に続いて鈴木さんが納得の表情でそう言った。
カイトはそれに対し、肯定も否定もせずにただうなずいた。
「とりあえず、今日はもう帰ろうか」
遺跡の外に出ると、そこには美しい夕焼けが広がっていた。
四人は、新しく手に入れた【宝物庫】に、手近な小石や予備の装備を出し入れしては一喜一憂し、子供のように笑い合った。
「あ、これ美紀の杖も入るぜ!」
「ちょっと、勝手に入れないでよ勇馬!」
「ふふ、これがあれば、明日の演習の荷物も楽になりますね」
無限の補給能力。
最強の収納を得た四人は、沈みゆく太陽に向かって、仲良く帰路に就いた。
明日からの学校での演習、さらに強くなれる自分に期待を込めて。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:40』
『習得スキル:宝物庫』




