第1話:二度目の生、大崎の風、空白の七日間
頑張ります、良ければ楽しんでいってください。
視界にあるのは、いつもの白すぎる天井。
鼻を突く消毒液の臭いと、枕元で規則正しく時を刻む心電図の電子音。それが、俺の――十八年間のすべてだった。
(……あと、少し……だったのに)
動かない指先を、タブレット端末に這わせる。
そこには直前までプレイしていたゲームの起動ボタンがある。
そのゲームとは超高難易度VRRPG『万象の揺籃』。
寝たきりの俺が唯一といっていいほど自由に過ごせた世界。
全上級職業のカンスト。そして、その果てに辿り着いた最上級職――【魔王】。
その転職ボタンをタップする直前、俺の体は限界を迎えその世界から追い出された。
もし、次があるなら。
次は、自分の足でどこまでも歩いてみたい。
意識は、そこで完全に途絶えた。
次に目が覚めたとき、俺は揺れる電車の中にいた。
隣には、優しく微笑む見知らぬ女性――いや、今世の「母さん」が座っている。
「カイト、大丈夫? 引っ越しの疲れが出たのかしら。ほら、もうすぐ大崎駅よ。今日からここが私たちの新しい家なんだから」
窓の外、春の陽光に照らされた大崎のビル群が流れていく。
混乱する頭を整理しながら、俺はまず自分の手を見た。
小さく、しかし血色の良い、温かな手。
深呼吸をしても、肺にあの刺すような痛みはない。
十二歳。俺は、中学入学を一週間後に控えた春休みの真っ只中に転生したのだ。
それからの七日間、俺は狂ったように情報の収集に没頭した。
大崎の自宅に置かれたタブレットを使い、この世界の「常識」を洗い出す。
「……信じられないな。システムは『万象の揺籃』そのものなのに、運用方法が絶望的にズレてる」
画面をスクロールしながら、俺は独りごちた。
この世界では数十年前、突如として『統合ダンジョン』が出現し、人類に職業とステータスの恩恵が与えられた。大崎駅に直結する『ゲートシティ大崎』の地下には、世界最大級のダンジョンの入り口が存在し、街全体が冒険者産業を中心に回っている。
俺が通うことになる『大崎市立第一中学校』も例外ではない。
そこは日本でも有数の「冒険者養成」に特化した指定校であり、全国から有望な子供たちが集まるエリート校だった。
だが、調べれば調べるほど、この世界の「攻略理論」の稚拙さに頭が痛くなった。
「リセットが……『禁忌』扱い? 嘘だろ」
掲示板の書き込みも、専門誌の論文も、すべてが口を揃えてこう言っていた。
『一度カンストした職業をリセットし、Lv.1に戻る行為は、時間の浪費であり生存率を著しく下げる愚行である。最短ルートで直結の上級職(Lv.90)を目指すべきだ』
彼らは知らないのだ。
物理職である【騎士】を極めた者が、あえてリセットして魔法職である【大魔法使い】を極め、その二つを「統合」させることでしか開かない、真の上級職の存在を。
あるいは、特定の「単独ダンジョン」を、特定の制約下でクリアした時にだけ得られる特別な『報酬』の存在を。
彼らが「効率的」だと信じている直結ルートは、俺から見れば、最も重要な素材(職業経験)を捨てて進む「欠陥品」の育成にしか見えなかった。
「……でも、好都合だ」
誰も知らない隠しルート。
誰も耐えようとしない、リセットという名の弱体化期間。
それを乗り越える覚悟なら、前世の地獄を知る俺には十分すぎるほどある。
入学式前夜。俺は大崎駅前の歩道橋に立ち、ライトアップされたゲートシティを見下ろした。
巨大な迷宮へと繋がる、人類の希望。
明日、あの中学校に入学し、俺の「本当のレベリング」が始まる。
「待ってろ、魔王。今度は、必ず辿り着いてやる」
夜風を頬に感じながら、俺は力強く一歩を踏み出した。
自分の足で、どこまでも。
この健康な体と、前世の知識という最強の武器を携えて。
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