第18話:刹那を駆ける、不滅の盾
日曜日の朝。昨日の十層突破の代償は、全身を軋ませるような筋肉痛となって現れていた。だが、カイトの精神はかつてないほど鋭利に研ぎ澄まされていた。
再び訪れた地下排水路の最奥。十層の転送陣から、未知の領域である十一層へと足を踏み入れる。
「……ここからが、本当の地獄だ」
十一層から十九層にかけて、迷宮の構造はさらに複雑さを増し、通路の幅は一人通るのがやっとの狭さになる。至る所に感圧式の矢の罠や、踏めば最後、十メートル下の針山へと突き落とされる落とし穴が設置されていた。
カイトは前世の記憶を頼りに、それらすべての罠を「利用」しながら進んだ。背後から迫るコウモリの群れを矢の罠を利用して足止めし、ゴーレムを落とし穴に誘導して削る。
反射の雷光を幾度も撒き散らし、一歩、また一歩と深淵へ。
午後二時。幾多の爆裂を潜り抜けたカイトは、ついに最深部、二十層の巨大な石扉の前に辿り着いた。
重厚な扉を押し開けた先。そこには、十層の親分を二回り以上凌駕する、漆黒の毛並みに覆われた巨躯――「大親分コウモリ」が逆さまに鎮座していた。
キィィィィィィィッ!!!
大親分が放ったのは、物理的な音を超えた「高周波の衝撃波」だ。
「……っ!?」
カイトは瞬時に盾を構えたが、衝撃波は盾を透過し、内臓を直接揺さぶるような振動となって全身を襲った。視界が激しく歪み、平衡感覚が奪われる。
攻撃してはならない。だが、相手の攻撃は防ぎきれない。
大親分は巨体に似合わぬ速度で天井から急降下し、その巨大な鉤爪をカイトの肩へと突き立てた。
ガリッ、という嫌な音が響く。反射の雷撃が炸裂し、大親分の翼を焼くが、ボスの圧倒的な生命力の前では決定打にならない。逆に、カイトの防具は無残に裂け、鮮血が石床に滴り落ちる。
「ぐぅ……!流石に、一筋縄じゃいかないか」
カイトは痛みで膝をつきそうになる体を、盾を支えにして無理やり立たせた。
広場には、大親分の咆哮に呼応するように、四方から爆裂ゴーレムが次々とリポップし、カイトへと歩み寄ってくる。
絶体絶命。攻撃できない制約が、カイトの首を絞める。
大親分が再び大きく息を吸い込んだ。最大出力の「音撃破」の予備動作だ。まともに喰らえば、不殺の条件を達成する前に肉体が崩壊する。
だが【衆目の一点】の効果で体は少しずつ回復している。
爆裂ゴーレムの分ヘイトも増えて回復量が増しているのを感じられる。
(やるしかない……一発勝負だ)
カイトはあえて盾を下げ、全力で広場の中心へと走り出した。
背後からは大親分が猛スピードで追随し、周囲からは五体の爆裂ゴーレムが自爆圏内へと迫る。
大親分の口から、大気を断ち切るほどの音の刃が放たれた。
それと同時に、カイトは極限まで集中し、すべてのゴーレムを大親分と自身の間に来るように誘導する。
「今だ……受けろッ!!」
カイトは衝撃に備え、盾を地面に突き立てるようにして固定した。
正面からは大親分の音撃破。
それをもろに食らった爆裂ゴーレムが連鎖爆発を引き起こす。
凄まじい熱量と破壊の奔流が、カイトを、そして大親分を飲み込んだ。
カイトの視界が白に染まる。
盾を持つ両腕の骨が軋み、意識が飛びかけるほどの衝撃。だが、カイトは叫びを押し殺し、盾の表面をわずかに傾け、すべての爆発エネルギーを一点――突っ込んできた大親分の鼻先へと収束させた。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!
広場全体を震わせる爆散。
砂塵が晴れたとき、そこには翼を無残に引き裂かれ、力なく地に伏した大親分の姿があった。
自らの攻撃と、配下の自爆。そのすべてのエネルギーを反射されたボスは、最後に小さく鳴き声を上げると、粒子となって霧散していった。
『二十層守護者、大親分コウモリの討伐を確認』
『特殊条件:不殺で踏破、達成を確認』
カイトはその場に崩れ落ちた。全身傷だらけで、息も絶え絶えだ。だが、その瞳には勝利の光が宿っていた。
『報酬:スキル「短距離テレポート」を習得しました』
『経験値ブーストが適用されます:結城カイト:Lv.36 → Lv.37』
「……あぁ、これだ。これさえあれば……」
カイトは、深層での激闘を乗り越えた実感を噛み締めた。
短距離テレポート。すべてのジョブで使える「圧倒的な機動力」。
満身創痍の体を引きずりながら、カイトは地上への帰還門を潜る。
排水路の外に出ると、夕闇が街を静かに飲み込もうとしていた。
「明日は月曜日か、帰りにポーション買ってかなきゃな」
機動力という新たな牙を手に入れたカイトは、一刻も早い休息を求め、静かに夜の街へと消えていった。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:37』
『習得スキル:短距離テレポート』




