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第17話:不殺の迷宮、雷鳴の轟


一週間にわたる対人訓練を終えた翌日。


土曜日の朝、大崎の街が週末の穏やかな空気に包まれる中、結城カイトは一人、市街地の外れにある古びた地下排水路の入り口に立っていた。

手には、学校から持ち出しを許可されている演習用とは別に、ギルドを通じて正式に登録・管理している自身の装備がある。


「……ここを今日、十層まで攻略する」


カイトが見つめる先、苔むしたコンクリートの奥には、一般の探索者にはまだ発見されていない単独ダンジョン「迷いコウモリの巣」が暗い口を開けていた。

このダンジョンは、通常であれば適正レベルが五十を超えてから挑むのが定石とされる。中等部の生徒が一人で足を踏み入れるなど、本来ならば自殺志願者と変わらない無謀な行為だ。しかし、カイトが今日この場所を選んだのには、明確な理由と勝算があった。


理不尽なる「不殺」の試練

このダンジョンの最大の特徴であり、攻略難易度を跳ね上げている要因は、その特殊なクリア条件にある。


特殊条件:一度も自ら攻撃(アクティブ・スキルおよび通常攻撃)を仕掛けずに階層主を討伐せよ。


文字通り、剣を振るうことも、攻撃魔法を放つことも、盾で殴りつけるバッシュさえも許されない。一回でも「自分から」ダメージを与える行動を取った瞬間、攻略は失敗となり、強制的にダンジョンの外へと転送される。


通常、このダンジョンを攻略する正攻法は「逃走と誘導」だ。

道中に現れる「迷宮コウモリ」の波状攻撃をすべて回避、あるいは防御だけでいなし続け、ボス階層を目指す。そしてボス戦では、無限に湧き出す「爆裂ゴーレム」という特殊な魔物を利用する。このゴーレムは一定のダメージを受けるか、標的に接近すると自爆する性質を持っており、その爆発にボスを巻き込むことで、カイト自身は手を下さずにダメージを蓄積させるのだ。


しかし、言うは易し。

狭い小道でコウモリに噛みつかれれば機動力は落ち、ゴーレムの爆発に自分まで巻き込まれれば即死もあり得る。攻撃できないという制約は、探索者から「反撃による牽制」という最大の防御手段を奪う。ゆえに、並の盾士では精神が削り取られ、ボスの元に辿り着く前に力尽きるのが関の山だった。


だが、カイトにはこの理不尽を突き破る「裏技」があった。


(雷狼の盾……。お前の反射ダメージは、システム上『自らの攻撃行動』にはカウントされない。これこそが、このダンジョンを低レベルで制圧するための唯一の解だ)


十五層の中ボスから得たこの盾には、物理攻撃を受けた瞬間に雷撃による自動反撃を行う特性がある。これは装備品が付与する「現象」としての反撃であり、カイトの意思による「攻撃スキル」や「通常攻撃」のフラグを立てない。

つまり、カイトは「ただ立っているだけ」で、迫り来る敵を次々と雷で焼き払うことができるのだ。前世の熟練探索者たちの間で、かつて密かに囁かれていた攻略の穴。それを今、カイトは実行に移そうとしていた。



ダンジョンの内部は、全二十層からなる複雑に入り組んだ小道となっていた。

壁は湿った岩肌で覆われ、天井からは常に水滴が滴り落ちている。迷宮という名に違わず、道は幾重にも分岐し、何ら知識を持たずに足を踏み入れれば、数時間と経たずに方向感覚を失うだろう。多くの探索者が地図を作成しようと試みては、階層移動のたびに変化する構造に絶望し、飢えと渇きの中でリタイアを余儀なくされる難所だ。


しかし、カイトの歩みに迷いはない。


「……三つ目の角を右。次は五つ目の分岐を左だ」


前世の記憶に刻まれた「最短ルート」が、カイトの脳内で正確にパスを繋いでいく。カイトは一度も立ち止まることなく、まるで自分の庭を歩くかのような足取りで突き進んだ。


キィィィッ!!


背後から、体長五十センチほどの「迷宮コウモリ」が群れを成して襲いかかってくる。鋭い牙がカイトの首筋や肩を狙って飛びかかるが、カイトは剣を抜かない。ただ、静かに盾を構え、最小限の動きで急所を隠す。


バチィィッ!!


牙が盾の表面に触れた瞬間、青白い放電が弾けた。物理的な接触がトリガーとなり、カイトの意思とは無関係に雷撃がコウモリを直撃する。


「……よし。反射ダメージでの撃破は問題なくできそうだ」


カイトは内心で小さくガッツポーズを作った。痺れて落下し、悶絶するコウモリたちを横目に、さらに奥へと加速する。

道中、岩石の塊に足だけが生えたような奇妙な姿の「爆裂ゴーレム」が通路を塞ぐこともあった。奴らは一定の距離まで近づくと、体内の魔力を暴走させて自爆する。


ドォォォォォン!!


凄まじい衝撃波と岩の破片が狭い通路に充満し、カイトの全身を打ち付ける。本来なら致命的なダメージになりかねないが、カイトは盾の芯でその爆風を受け止めた。衝撃を殺さず、あえてその余波を「推進力」に変えてさらに速度を上げる。


一階、三階、五階……。

カイトの進撃速度は、このダンジョンの普通の冒険者が攻略した場合の数倍の速さに達していた。



時計の針が午後三時を回る頃、カイトはついに本日の目標地点である九層を突破し、十層のボス部屋――「守護者の空洞」へと辿り着いた。


そこは直径五十メートルほどの巨大なドーム状の空間だった。天井には無数の鍾乳石が垂れ下がり、その中央に、翼を広げれば三メートルを超える漆黒の支配者「親分コウモリ」が逆さまにぶら下がっていた。


キィィィィィィィン!!


カイトの侵入を感知したボスが、鼓膜を劈くような咆哮を上げる。同時に、広場の壁際にある土くれが盛り上がり、三体の「爆裂ゴーレム」が断続的に湧き出し始めた。


「さて、ここからが本番だ」


カイトは『雷狼の盾』を深く構え、重心を下げる。

親分コウモリが天井から急降下し、音速に近い速度で旋回しながら、その鋭い鉤爪をカイトへと叩きつけてくる。


ガツゥゥン!


盾で受け止めるたびに、激しい火花と雷光が散る。ボスの攻撃力はこれまでの雑魚とは比較にならないほど高く、その分、反射される雷撃の威力も凄まじいものとなった。ボスの身体が痺れで痙攣する。


「グガァァッ!?」


ボスは自らの攻撃がそのまま自分に返ってくる現象に困惑しているようだった。しかし、カイトの狙いは反射ダメージだけではない。


ボスの突進に合わせ、カイトは広場を徘徊する爆裂ゴーレムの方へと走り出す。

ゴーレムは侵入者であるカイトを感知し、その足をもたつかせながら追ってくる。


「こっちだ、鈍間のろま


カイトはボスの「噛みつき」を盾で防ぎながら、わざとゴーレムの至近距離へと飛び込んだ。

カイトを捕らえたと判断したゴーレムが、赤く発光し、膨張を始める。自爆の予兆だ。


「……今だ!」


カイトは爆発の直前、親分コウモリを誘い出すように盾を下げて隙を見せる。ボスがその喉元に食らいつこうと突っ込んできた瞬間、カイトは盾を構え直し、至近距離で爆発するゴーレムのエネルギーを盾の角度調整で「ボスの方へ」と逃がした。


ドォォォォォォン!!


ゴーレムの自爆が、親分コウモリの顔面を直撃する。さらに盾からの反射雷撃が、ボスの翼を焼き焦がした。

一度も剣を振るうことなく、カイトは戦場のすべてをコントロールしていた。自身の肉体を囮にし、敵の力を敵へと返す。その精緻な計算と胆力は、とても十二歳の少年が持ち得るものではなかった。


数分後。

反射の雷撃と、誘導された自爆の連鎖に耐えきれず、親分コウモリは断末魔の叫びを上げて光の塵へと還っていった。


『十層守護者、親分コウモリの討伐完了』


「……ふぅ。まずは半分か」


カイトは荒い息を整え、盾を背負い直した。

全身を襲う疲労感はあるが、それ以上に確かな手応えがあった。

危なげない勝利。だが、この慎重な積み重ねこそが、二十層の最奥で待つ報酬――「短距離テレポート」習得への唯一の道だ。


帰路、そして明日への布石

地上へ戻る頃には、夕闇が街を包み始めていた。

冷たい夜風が、高揚したカイトの頬を撫でる。


今日の攻略は予定通りだ。雷狼の盾という想定外の戦力を得たことで、このダンジョンの「不殺」という制約は、カイトにとって単なる「効率的な作業」に成り下がった。

明日、残りの十層を攻略しきれば、これから先どんな場面でも活用できるスキルを獲得できる。



カイトは一刻も早い休息をとるため、足早に帰路に就いた。

大崎の街の明かりが、少年の背中を静かに見守っていた。


『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:36』

『特殊ダンジョン攻略状況:10/20層(セーブ完了)』

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