第16話:交錯する切っ先、対人の理
月曜日の朝。教室の空気は、週末に流れた「三十六名未帰還」という重苦しいニュースと、それとは真逆の「ある噂」によって奇妙に波打っていた。
「全員、席に着け」
担任の教官が教卓を叩く。その視線が、一瞬だけ俺たちの席へ向けられた。
「まず、先週の演習結果について報告する。……結城、佐藤、田中、鈴木。お前たち四人のパーティが、中等部一年としては異例の速さで十五層中ボスを突破したことを確認した」
その瞬間、教室が爆発したようなざわめきに包まれた。
「あの噂本当だったのかよ……十五層って、まだ四月だぞ!?」
「九条院さんのチームだって、まだ十二層なのに……」
「静かにしろ!」
教官が鋭い声を張り上げ、再び教卓を叩く。
「……結城たちの成果は素晴らしい。だが、これは決して『焦れ』という意味ではない。十六層以降は、これまでとは次元が違う。本来なら攻略を続行させてもいいが、学校としては安全を優先し、当面の間、結城たちにも十五層以下でのレベリングを徹底させる。……いいな、結城」
「はい。了解しています」
俺は冷静に答えた。実際、俺も今のレベルで闇雲に二十層を目指すつもりはない。まずは地力を固めるべきだ。
「……さて、今日の本題だ。お前たちに、ダンジョンの『もう一つの側面』について話しておかなければならない」
教官の表情が、かつてないほど険しくなった。
「統合ダンジョンは、この日本……大崎の街だけに繋がっているわけではない。異界の入り口は世界中に存在し、ダンジョンの内部では、物理的な距離を無視して『外国籍の人物』と遭遇する可能性がある。既に攻略を進めているお前たちも、別の冒険者とすれ違った経験があるだろう」
生徒たちの間に、ピリリとした緊張が走る。
「だが、中には最初から犯罪を目的として潜っている輩もいる。言葉が通じるとは限らず、法律の目も届きにくい場所だ。そういった相手に対処できるよう、本校では今週から『対人訓練』を開始する。今後、定期的にこの対人訓練を行う週を用意する。ゆえに今週の午後の演習時間は、すべてこれに充てる」
早くダンジョンに潜り、強くなりたいと願う生徒たちから、小さな不満の漏れる音が聞こえた。教官はそれを見逃さず、言葉を継ぐ。
「不満があるかもしれんが、これはお前たちを守るためだ。養成学校の生徒が対人訓練を徹底していると内外に示すだけで、標的にされるリスクを激減させられる。……いいか、真剣に取り組め」
午後。グラウンドの訓練区画には、木製の模擬武器を手にした生徒たちが集まっていた。
最初のメニューは、ペアを組んでの一対一の自由組手だ。
「……結城君。私と組んで頂戴」
真っ直ぐに俺の元へ歩み寄ってきたのは、九条院紗夜だった。彼女の瞳には、先日の商業エリアで会った時のような焦燥ではなく、純粋な武人としての闘志が宿っていた。
「ああ、構わないよ」
俺が木盾を構えると、九条院もまた、ずっしりと重い木刀を構えた。
「――始め!」
教官の合図と同時に、九条院が地を蹴った。
「はぁぁっ!!」
彼女の木刀に、凄まじい摩擦熱が宿る。剣士がLv.20で習得する【火炎斬り】だ。模擬戦用とはいえ、その一撃は空気を焦がし、爆発的な威力を秘めている。
鋭い縦一文字の斬撃。だが、俺は最小限の動きで盾の角度を変え、その熱と衝撃を真横へと受け流した。
ガツッ、と鈍い音が響くが、俺の足元は一ミリも動かない。
「……っ、これならどう!?」
九条院は止まらない。流れるような連撃。上段、中段、そして死角を突く逆袈裟。そのすべてに魔力が込められ、木刀とは思えないほど鋭い攻撃が繰り出される。
クラスで最も激しい戦闘音。自分たちの訓練を止め、呆然と俺たちの組手を見つめ始める生徒が出てきている。
だが、俺の視界は極めてクリアだった。前世の戦場で幾千の剣筋を見てきた俺にとって、彼女の攻撃は確かに鋭いが、「見えない」ものではない。
俺はあえて攻撃に転じず、盾の縁や表面で一点の狂いもなくすべての斬撃を弾き続けた。
九条院の額に汗が滲む。彼女の【火炎斬り】や【一閃】、【斬打】が十数回を超えて放たれているが、俺の防御を一度も崩せていない。
「……信じられない。あんなに正確に……?」
「九条院さんの剣を、あんなに軽く……」
周囲のざわめきが大きくなる。九条院自身も、自分の全力の攻めを「いなされている」という事実に驚愕を隠せないようだった。
「――そこまで! ペアを変えろ!」
しばらくして教官の声が響くと同時に、九条院はピタリと動きを止めた。肩で息をしながら、彼女は俺の木盾を見つめ、それから俺の瞳をじっと見つめ返した。
「……技術の精度が、根本的に違うわね。結城君、あなた、本当に今まで一度も対人戦の経験がないの?」
「……さあ、どうだろうな。独学で必死に練習しただけだよ」
俺は適当にごまかしたが、九条院だけでなく、クラス全体に「結城カイト」という盾士の異常性が、理屈抜きの技術として刻み込まれたのは間違いなかった。
ただ守るだけではない。相手の出方を読み切り、完璧に無効化する。
その精度の高さこそが、この先出会うかもしれない「悪意」に対する最大の武器になる。
俺は木盾の感触を確かめながら、次のペアを探し始めた。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:36』




