表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

第14話:雷鳴の盾と、深淵の予兆

金曜日の夕暮れ。沈みゆく陽光が、大崎の街をオレンジ色に染め上げていた。


 統合ダンジョンのゲートを抜け、地上へと帰還した俺たちの姿は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。佐藤の防具は狼の爪で裂け、田中さんと鈴木さんの制服も土埃にまみれている。


だが、その表情に疲労の色はなかった。あるのは、十五層中ボスを撃破したという、爆発的な達成感だ。


「……あ、あいつら、戻ってきたぞ」


「嘘だろ。まさか本当に十五層まで行ったのか?」


ゲート付近にいた他のクラスの連中が、ざわめきながら俺たちを見る。彼らの多くは十一層の洗礼に跳ね返され、十層周辺での足踏みを余儀なくされていた。その中で、一週間で五階層を突き進み、守護者まで討伐した俺たちの存在は、もはや「異常」の域に達していた。



「結城。……演習の報告を」



待機していた教官の元へ歩み寄る。教官は俺の腕に装備された、青白い電撃を放つ銀色の盾――『雷狼の盾』を一瞥し、目を見開いた。


「……それは、十五層ボスのドロップ品か?」


「はい。先ほど、パーティ全員で『双角の草原狼』を討伐しました」


周囲が水を打ったように静まり返る。教官は信じられないといった様子で何度も端末を確認し、やがて深く溜息をついた。


「……見事だ。中等部一年が四月の演習で十五層を突破するなど、開校以来の快挙だ。月曜日からの演習だが、十六層からはまたそれまでと次元が違う、他にも伝えることもある、安全のためにもまだ十六層以降には挑まない様に。……今日はもう帰りなさい。ゆっくり休むといい」


教官の言葉を背に、俺たちは解散した。


 佐藤たちは興奮冷めやらぬ様子で、明日も装備のメンテナンスで集まろうと盛り上がっていたが、俺は一人、静かに自宅への路地を歩いた。









翌、土曜日。


 俺は早朝から『雷狼の盾』の調整のために、ギルド併設の訓練場にいた。



 盾の表面を指でなぞると、パチリと小さな火花が弾ける。魔力を流し込むと、その帯電はより激しさを増した。試しに訓練用のゴーレムに盾をぶつけてみる。鈍い衝撃音と共に、ゴーレムの全身に強力な雷撃が走り、その動きが一瞬で硬直した。



「……物理反射の雷撃ダメージ。これに俺の【ヘイト・ブロウ】と【衆目の一点】を組み合わせれば、囲まれれば囲まれるほど、敵は勝手に自滅していくことになるな」



効率的なレベリングの新たな核。Lv.36となった今の俺にとって、この盾は文字通り「牙」となる。



訓練を終え、消耗品を補充するために大崎駅前の商業エリアへ向かった。


 週末の街は多くの探索者志望の学生やプロで賑わっている。ふと、大型ビジョンのある広場で、人だかりができているのが目に入った。


「……なんだ?」


ニュースのヘッドラインが流れている。


 最初は『春のダンジョン祭の開催』や『新作ポーションの発売』といった平和なトピックだったが、次の瞬間、赤文字の緊急速報が画面を占拠した。


『【緊急】私立聖エストレラ学園、第三学年が四十層攻略に失敗か。現在、引率教諭を含む約三十六名が未帰還。ギルド連合は大規模な救助隊を編成中――』


広場に戦慄が走る。


 四十層。そこは「中等部」の攻略限界点とされる深層だ。しかも、名門として知られる聖エストレラ学園の、それも最高学年が三十名以上も行方不明。


「嘘だろ……あそこ、プロ顔負けのパーティが揃ってるはずなのに」


「四十層に、何か『出た』のか?」


行き交う人々の声が不安に染まる。


 俺は画面を凝視した。前世の記憶にある「統合ダンジョン」は、これほど早い段階で大規模な全滅を起こすような場所ではなかったはずだ。まさか……。




「……カイト君?」


一人考えを巡らせていると不意に、聞き覚えのある凛とした声に呼び止められた。


 振り返ると、そこには私服姿の九条院紗夜が立っていた。彼女の視線もまた、大型ビジョンのニュースに向けられている。


「……九条院さん」


「あなたも見ていたのね。……この事故。ただの不注意とは思えないわ」


彼女の横顔には、以前のような「格下を導く者」としての余裕はなかった。むしろ、得体の知れない深淵を覗き込むような、鋭い緊張感が漂っている。


「……十五層、突破したんですってね。佐藤君たちから聞いたわ。中ボスを、あなたの盾一つで封じ込めたと」


九条院が俺の方を向き、まっすぐに俺の瞳を射抜いた。


「正直に言うわ。今の私は、あなたに恐怖を感じている。……一週間で、あなたは私の想像を遥かに超える場所に辿り着いてしまった。……結城カイト。あなたは、一体何者なの?」


その問いに、俺は答えなかった。ただ、背に背負っている新たに獲得した盾に意識を向けた。


「……何者でもないよ。ただの、クラスメイトだ。……でも、九条院さん。このダンジョンは、たぶん俺たちが思っているよりずっと、危険に満ち溢れている。どうか気をつけて」


俺の言葉に、彼女は微かに目を見開いた。


 三十六名の未帰還者。


 深層で蠢く「何か」の気配。


 そして、確実に上がっていく俺たちのレベル。



月曜日から始まる演習は、もはや「学校行事」の枠に収まらないものになるだろう。


 俺は九条院と別れ、夕闇に沈み始めた街を歩き出した。


 次なる標的は二十層。草原エリアの終着点であり、真の「破壊の権化」が待つ場所だ。

 そこはクラス全体の合同攻略となるはず、その時には、きっともう転職を終えている。

 俺の盾が放つ雷光が、足元の暗がりを微かに照らしていた。




『現在のジョブ:盾士』


『現在のレベル:36』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ