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第13話:不滅の盾と双角の雷鳴

金曜日の午後。一週間の締めくくりとなる演習の時間は、重苦しい緊張感と共に幕を開けた。

 大崎市立第一中学校の校門を抜け、俺たちは真っ直ぐに統合ダンジョンへと向かう。目標はただ一つ。草原エリアの守護者、十五層の中ボス【双角の草原狼】の討伐だ。


「行くよ。……皆、準備はいい?」


俺が確認すると、佐藤、田中さん、鈴木さんの三人は、力強く頷いた。

 十一層から十四層までの道程は、この数日間の反復練習の成果が如実に表れていた。複数種のモンスターが混じる難所も、今の俺たちにとっては「作業」に近い。カイトが正面でブルを受け止め、佐藤の「風切の鋼剣」が空を裂き、田中さんの新調された「緋色の若木杖」から放たれる【氷礫】が敵を射抜く。


無駄な損耗を徹底的に避け、最短ルートを突き進む。

 時計の針が午後四時を指した頃、俺たちはついに十四層の最奥、天を突く塔の最上階へと続く光の柱の前に辿り着いた。


「予定通り。消耗は最小限だ。……行こう。十五層へ」





光の中に足を踏み入れる。視界が白く染まり、次の瞬間、俺たちはそれまでとは異質な空間に立っていた。

 石造りの巨大な円形広場。天井はなく、不気味な紫色の雲が渦巻く空が広がっている。そして、正面約三十メートル先。そこに「奴」は鎮座していた。


全長五メートルを超える、灰色の巨躯。額から左右にねじれながら伸びる漆黒の二本の角。その角からは、絶え間なく青白い放電現象が起き、パチパチという不快な音が広間に響いている。


「グゥゥ……ルルッ……」


双角の草原狼ツインホーン・プレデター

 奴が立ち上がった瞬間、心臓を直接掴まれるような圧倒的な「魔力の威圧感」が吹き抜けた。並の学生なら、この気配だけで膝をつき、戦意を喪失するだろう。だが、俺の後ろに立つ三人の瞳に、迷いはなかった。


「……っ、凄いプレッシャー。でも、負けないわ!」

「ああ、今日のために俺たちは準備してきたんだ!」


仲間たちの力強い言葉。俺は笑みを浮かべ、円盾を構えた。


「……来るぞ!」


先手を取ったのはボスだった。奴の二本の角に激しい雷光が収束する。


「ガァァァッ!!」


放たれたのは【連鎖する雷撃チェイン・ボルト】。本来なら盾を伝って背後の仲間までをも感電させ、パーティ全体の足を止める盾士泣かせの凶悪なスキルだ。


「させない!」


俺は仲間を背負ったまま受ける愚は犯さない。あえて一人、前方のボスへと肉薄するように踏み出した。雷撃が俺の盾を直撃し、視界が真っ白に染まる。全身を突き抜ける衝撃。だが、射程圏外にいる仲間へ連鎖が届く前に、俺はその全エネルギーを己の肉体と盾だけで受け止めた。


「ぐ、ぅ……っ!!」


ダメージはある。だが、狙い通りだ。連鎖を断ち切り、後衛の自由を確保した。


「今だ、仕掛けろ!」


俺の合図で戦闘が本格的に開始された。

 佐藤が踏み込み、田中さんの魔法が炸裂する。新調された杖の効果は絶大で、強化された魔力弾がボスの灰色の毛皮を焦がしていく。俺は【ヘイト・ブロウ】を連打し、ボスの注意を自分に固定し続けた。


しかし、中ボスは甘くない。「戦術の権化」と呼ばれる所以が、ここから発揮された。

 ボスの体力が三割ほど削れた時、奴は天を仰いで咆哮した。


「ウォォォォォォン!!」


【群れの招集】。

 広場の影から、六体のウィンド・ウルフが音もなく現れる。さらに、ボスは続けざまに【捕食者の咆哮】を放った。


「っ!? ヘイトが……切れた!?」


強制的なターゲットのリセット。六体の配下とボスが、一斉に防御力の低い田中さんと鈴木さんへと牙を向けた。


「危ない、佐藤!」


咄嗟にカバーに入った佐藤だったが、二体のウィンド・ウルフの波状攻撃を受け、体勢を崩される。鋭い爪が彼の脇腹を裂き、鮮血が舞った。


「佐藤くん! ライト・ヒールを……!」

「待て、鈴木さん! 佐藤の回復は後だ。今は自分の身を守れ!」


俺は叫びながら、戦場の中心へと飛び込んだ。

 今この瞬間、俺がやるべきことは一つ。


「全員、俺を見ろ!!」


残りの魔力を振り絞り、広範囲に【ヘイト・ブロウ】の波動を撒き散らす。さらに、わざと防御を捨てて敵の攻撃を誘った。ボスの一撃が、そして六体のウルフの牙が、俺の四肢を、背中を、盾を襲う。


(……これでいい。七体分の敵意、すべて俺に向けろ)


その瞬間、俺の脳内にスキルの真価が響き渡った。

 【衆目の一点フォーカル・ポイント】。

 

 自身に向けられた敵意の数に比例して、自動回復リジェネが加速する。一体につき毎秒0.5%。今、俺には七体の敵が群がっている。つまり、毎秒3.5%のHPが自動で回復し続ける。

 

 ボスの鋭い爪が俺の肩を深く抉る。だが、その直後には傷口から黄金の光が漏れ出し、瞬く間に新しい肉が盛り上がって完治した。ウルフたちが俺の足に噛みつく。しかし、その痛みさえも、次の一秒後には消え去っている。


「な、んだよ……それ……。カイト、お前……死なないのか?」


傷だらけになりながらも、平然と立ち続ける俺の姿に、佐藤が戦慄したような声を上げる。


「いいから、佐藤は今のうちに鈴木さんの回復を受けろ! 態勢を立て直せ! この群れは、俺が一人で止めておく!」


不滅の壁。

 敵が多ければ多いほど、俺は戦場において無敵に近づく。ボスの苛烈な雷撃も、多方向からの牙も、俺を崩すには至らない。


数分後。鈴木さんの【ライト・ヒール】により、佐藤たちが完全な状態へと戻った。


「待たせたな、カイト! 全員、一体ずつ確実に仕留めるぞ!」


逆転のターンだ。俺が七体の注意を一身に引き受けている間に、佐藤たちが外側から一体ずつウィンド・ウルフを各個撃破していく。自由を奪われたウルフたちは、もはや敵ではなかった。


一体、また一体と光の塵に還り、ついにはボス一体だけが残される。


「ガァァァァァッ!!」


追い詰められたボスが、最後の切り札を見せた。

 【閃光の突進】。

 雷を纏い、視認不可能な速度で最短距離を突き抜ける。その狙いは、俺の背後にいる田中さんだ。


「逃がすかよ……!」


前世で培った感覚が、雷の軌道を先読みする。俺は【フォートレス・スタンス】を発動し、一ミリの狂いもなく突進の軸線上に盾を叩きつけた。


――ドォォォォォン!!


凄まじい衝撃波が広場を揺らす。だが、Lv.35に達した俺の筋力と、覚悟を決めた盾は微動だにしなかった。


「終わりだ!!」


衝撃で動きが止まったボスの頭部へ、俺は全魔力を込めた【スタン・バッシュ】を叩き込む。


「今よ!!」


田中さんの杖が赤く輝き、放たれた超高密度の【氷礫】が、ボスの漆黒の角を根本から粉砕した。


「ギャァァァァッ!!」


咆哮が悲鳴に変わる。そこへ、炎を纏った佐藤の「風切の鋼剣」が振り下ろされた。


「これで……とどめだぁぁぁ!!」


【火炎斬り】。

 鮮やかな炎の弧がボスの首元を深く断ち割り、巨躯がゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 静寂が訪れる。次の瞬間、ボスの身体が眩い光の塵へと分解され、広間全体に勝利を告げるファンファーレのような響きが渡った。


『十五層守護者、討伐完了』

『経験値獲得。結城カイト:Lv.35 → Lv.36』

『佐藤、田中、鈴木:Lv.20 → Lv.23』


「……やった。……やったぞ!!」


佐藤が剣を掲げて叫ぶ。田中さんと鈴木さんも、互いの手を握り合って喜びを爆発させていた。

 俺はその場に座り込み、荒い息を吐きながら、ボスが消えた跡に残された一つの宝箱を見つめた。


ゆっくりと蓋を開ける。

 そこには、青白い電流が常に表面を走り続ける、禍々しくも美しい白銀の盾が収められていた。


『雷狼の盾』

 ――物理攻撃を受けた際、自動的に敵へ雷撃によるカウンターダメージを与える。


「……はは、最高の報酬だな」


俺は新しい盾を手に取り、その冷たい金属の感触を確かめた。

 一週間にわたる演習の終わり。手に入れたのは、中ボス撃破という実績と、さらなる高みへと続く「不滅の力」だ。


「さあ、帰ろうか。……みんな、最高の戦いだったよ」


夕日に照らされるダンジョンの出口を目指し、俺たちは充実感を噛み締めながら歩き出した。

 俺の盾には今、確かな雷鳴が宿っていた。


『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:36』

『獲得装備:雷狼の盾』

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