第12話:草原の塔、連携の試練
月曜、火曜のレベリングを経て、そして迎えた水曜日の午後。統合ダンジョンの「草原演習」は、いよいよ本格的な階層攻略へと移行した。
十一層の主戦場であった碧き草原を突き進み、俺たちはその中心にそびえ立つ石造りの塔へと足を踏み入れた。内部にある光の柱に触れ、一段上の世界――十二層へと転送される。
「……っ、いきなり複数か!」
転送直後、俺たちの前に立ちふさがったのは、二体のウィンド・ウルフと、その背後に潜むプレイン・マンティスだった。これまでの「一体ずつ」という環境は終わりを告げ、十二層からはモンスターが種族の垣根を超えて「連携」を仕掛けてくる。
「佐藤、右のウルフを抑えて! 田中さんは左! 鈴木さんはマンティスの影を警戒して!」
俺が指示を飛ばすと同時に、ウィンド・ウルフが風を纏った超高速の突進を仕掛けてくる。だが、今の仲間たちは十一層までの彼らではない。Lv.20という、初等部の壁を一つ突き抜けた強さがそこにはあった。
「燃えろ……! 【火炎斬り】!」
佐藤が新しく習得したスキルを発動させる。彼の剣が摩擦熱に近い強烈な炎を纏い、空気を焼きながら右側のウルフをなぎ払った。並の斬撃なら毛皮で凌ぐウルフも、肉まで焼き切る炎の刃には抗えず、悲鳴を上げて後退する。
「逃がさないわ。【氷礫】!」
続けて田中さんが杖を突き出す。これまでの「炎弾」よりも遥かに弾速が速く、鋭利な氷の塊が左側のウルフの眉間を正確に貫いた。貫通力に特化したこの魔法は、素早い敵の急所を穿つのに最適だ。
しかし、その戦闘の最中、草むらに潜んでいたプレイン・マンティスが、田中さんの足元へ向かって毒を含んだ粘液を吐き出した。
「田中さん、危ない! 【ピュリファイ】!」
鈴木さんが鋭い声で叫び、聖典を掲げる。田中さんの足元に届く直前で毒の粘液は浄化の光に包まれ、無害な水へと変わって霧散した。Lv.20で解放された状態異常回復魔法。これがなければ、田中さんは移動を封じられ、マンティスの鎌の餌食になっていただろう。
「ナイスだ、三人とも! 仕上げは任せろ!」
俺は盾を構え、体勢を崩したマンティスへ肉薄する。ガードを剥がそうとする鎌の軌道を盾の縁で受け流し、至近距離から【スタン・バッシュ】を叩き込んだ。
――バシュッ!
黄金の衝撃がマンティスの巨躯を硬直させ、その隙に佐藤と田中さんの追撃が重なる。
苦戦はした。だが、正確なスキル運用と連携によって、十二層の複数エンカウントを確実に処理できる手応えを感じていた。
木曜日の午後。
連日の演習で俺たちの連携はさらに研ぎ澄まされていた。バースト・ブルが通路を塞ぎ、その後ろからニードル・ラビットが針の雨を降らせるという最悪の組み合わせに対しても、俺が爆発衝撃波を正面から受け止め、その隙に佐藤と田中さんがラビットを仕留めるという形が出来上がっていた。
そして、十四層の草原でバースト・ブルを仕留めた際、これまでにない重厚な装飾が施された宝箱がドロップした。
「おい、見てくれ! 宝箱がドロップしたぞ!」
佐藤が興奮気味に蓋を開ける。中から現れたのは、淡い青色の光を帯びた片手剣だった。
「これは……『風切の鋼剣』か。佐藤、今の初心者用の剣よりずっといい。これに更新した方が良いぞ。」
佐藤が古い剣を置き、新たな剣を握る。その瞬間、彼の纏う気配が一段階鋭くなった。
「すげえ……軽い。これならウルフの速度にも負けねえぞ!」
装備の更新は、パーティの士気を劇的に引き上げた。俺たちはそのまま十四層を突破し、ついに十五層の中ボスへと続く光の柱の前に到達した。
『獲得経験値ブースト適用。結城カイト:Lv.34 → Lv.35』
「……みんな、一度止まってくれ」
俺は柱の手前で、パーティに声をかけた。
「この次の階層は『双角の草原狼』がいる中ボス部屋だ。今の俺たちの火力では、長期戦になってジリ貧になる可能性がある」
「ならカイト、またレベリングするのかしら?」
田中さんが額の汗を拭いながら尋ねる。
「レベルを上げるんじゃない。装備を整えるんだ。……ここまで十一層から十四層を駆け抜けて、手に入れた魔石は全部で486個ある」
俺が背嚢から取り出した魔石の袋を見て、三人が息を呑んだ。
統合ダンジョン11層以降、魔石は一つあたり200円で買い取ってもらえる。
「合計で9万7200円。これを四人で山分けしても一人2万ちょっとにしかならないが、全額を一点に投資すれば、戦況を変えられる」
「一点……って、まさか」
「ああ。田中さん、君の杖だ。今の初心者用の杖じゃ、十五層ボスの雷属性に打ち消されて魔法が届かない可能性がある」
俺はギルドへの一時帰還を提案した。
学校の演習規定では、階層突破時の帰還は認められている。
そうして俺たちは一旦地上へ戻り、大崎の総合ギルド二階へと向かった。
一階の買取カウンターで486個の魔石を換金する。
「……486個ですね。はい、9万7200円になります」
渡された現金の束を、俺はそのまま二階のアイテムショップ、アルカナ・サプライへと持ち込んだ。
「店員さん。十万円弱で、魔法の威力向上と詠唱短縮がついた杖を。……学生割引込みでお願いします」
店員が奥から持ってきたのは、深紅の魔導石が埋め込まれた『緋色の若木杖』だった。
価格は学生割引適用でちょうど9万5000円。
「カイト……いいの? これ、みんなで稼いだお金なのに」
田中さんが震える手で新しい杖を受け取る。
「いいんだ。俺の盾はまだ保つ。佐藤の剣も新しくなった。今、一番のボトルネックはパーティ全体の『瞬間火力』だ。君の魔法がボスの体力を削り切る鍵になる。……頼んだぞ、魔法使い」
田中さんは杖を強く抱きしめ、力強く頷いた。
「……わかったわ。任せて。絶対に無駄にはしない」
佐藤も鈴木さんも、不満を言うどころか、自分たちの役割を再確認したような引き締まった表情をしていた。
残金はわずか2200円。だが、俺たちの手の中には、Lv.34の不滅の盾、風を切る新たな剣、そして高火力を手に入れた杖がある。
準備は整った。
俺たちは明日、再び十五層の扉の前へと舞い戻る。
扉の先で待ち構える「双角の草原狼」を討ち取るために。
『現在のジョブ:盾士』
『現在のレベル:35』




