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第10話:草原への門、冒険の本番

月曜日の朝。大崎市立第一中学校1年A組の教室は、いつも通りの喧騒に包まれていた。だが、その空気は俺が一歩足を踏み入れた瞬間に、皆が違和感を覚えたかのように一変した。


「……おはよう」


俺がいつものように挨拶をしながら自分の席へ向かうと、談笑していたクラスメイトたちの声が、潮が引くように止まった。

 一番近くにいた男子生徒が、俺の顔を見て微かに肩を震わせる。


「……あ、お、おはよう。結城……くん」


彼は不思議そうな、あるいは少しだけ怯えたような視線を俺に向けていた。

 レベルが上がれば上がるほど、体内の魔力保有量は増大し、その密度は周囲に「気配」として漏れ出すようになる。転生した後に夢中で入れた知識の中にそれがあったため知っていたが、Lv.21からわずか二日間でLv.32まで跳ね上がった俺の魔力は、もはや違和感を隠しきれるほど小さなものではなくなっていた。


クラス全体に、重い沈黙が広がる。

 「何だ、この感覚……」「結城、あんなに威圧感あったっけ?」という小声が耳に届く。


そんな静寂を切り裂くように、教室の最前列に座っていた一人の少女が立ち上がった。

 学年の中でも特に期待をされている生徒、九条院紗夜。

 彼女は透き通るような冷徹な瞳を俺に向け、迷いのない足取りで近づいてきた。


「……結城くん」


彼女の凛とした声が響く。

学年の中で期待されているだけあって周りと比べるとレベルは高いようだけど、それでも今の俺との差は、もはや「位」が違うと言っていい。


「九条院さん。何か用かな?」


「単刀直入に聞くわ。……週末、何をしていたの?」


彼女の視線は、俺の表情の微かな揺れも逃さないと言わんばかりに鋭い。

 彼女ほどの能力があれば、俺が纏っている空気の質が、先週とは根本的に異なっていることに気づかないはずがないのだ。


「レベリングだよ。週末は少し、集中的に潜っていたからね」


「……その気配。とても『少し』なんてレベルじゃないわ。あなたの魔力の密度、もう私たちと同じラインにはいないように感じるのよ。……今のあなたのレベルを、教えてもらえる?」


教室中の視線が俺たちに集中する。嘘をつくこともできたが、いずれ演習で露呈することだ。それに、今の俺には隠し通す必要もなかった。


「……32だ」


その瞬間、教室が爆発したような騒音に包まれた。


「さ、32!? 聞き間違いじゃないよな?」

「嘘だろ……金曜日の時点で21だったって聞いたぞ。二日で11も上がるなんて、そんなの、中層の冒険者にだって不可能だ!」


騒ぎの中でも、九条院紗夜だけは凍りついたように動かなかった。

 彼女の瞳に、激しい動揺が走る。

 これまで彼女は、誰よりも努力し、誰よりも効率的に「直結ルート」を進んできた自負があったはずだ。その彼女が、盾士という「レベリングが困難なはずの職」に、文字通り次元の違う速度で抜き去られた。


「32……。私との差が、たった二日で……逆転どころか、ダブルスコアに近い……」


彼女の唇が僅かに震える。そこには隠しきれない劣等感があった。だが、その瞳に宿ったのは絶望ではなかった。自分を遥かに凌駕する速度で高みへと駆け上がる存在への、畏怖を孕んだ「尊敬」の念。

 彼女は小さく息を吐くと、一礼して自分の席へと戻った。その背中には、これまで彼女が背負っていた「期待」という看板の重みとは違う、新たな覚悟が宿っているように見えた。


「ちょっと、カイト! あんた、マジで言ってるの!?」


呆れ顔で近寄ってきたのは、佐藤、田中さん、鈴木さんのパーティメンバーたちだった。


「あんたの『爆速レベリング』には慣れてたつもりだったけど、32って……。もう盾士の域を超えてるわよ」

 田中さんが、深いため息をつく。


「カイト、お前……カッコよすぎるのもいい加減にしろよ。……でも、わかったよ」

 佐藤が俺の肩を叩き、力強く笑った。

「お前が50になって転職するまでに、俺たちもお前に置いていかれないくらい強くなってやる。……待ってろよ、相棒」


仲間たちの温かい、けれど少し引いた視線に、俺は苦笑するしかなかった。




「よし、全員席に着け」


チャイムと共に、教官が教壇に立った。教室の空気はまだカイトのレベルの件でざわついていたが、教師の厳しい一言でようやく収束する。

 一限目の授業が始まった。黒板には、これまでとは違う新しい階層の地図が貼り出される。


「さて、お前たちも10層を突破した。今日からは、統合ダンジョンの『本当の難易度』、11層以降の説明に入る」


教官がチョークで「11層〜15層:草原エリア」と書き込む。


「ここからは草原フィールドだ。視界は開けているが、身を隠す場所はない。そして何より、11層からはモンスターが『魔石』をドロップするようになる。これまでは死体だけが消えていたが、ここからは魔力の結晶が残る。これが冒険者の主な収入源だ」


教室の空気が引き締まる。「魔石」という言葉は、学生にとっても「プロの冒険者」への第一歩を象徴するものだからだ。


「さらに、敵からは稀に『宝箱』がドロップすることもある。中身の質は階層を重ねるごとに良くなるが、その分、敵の強さも10層までとは比較にならない。ニードル・ラビットやウィンド・ウルフ……。草原特有の速度と集団戦術を、お前たちの今のレベルで凌ぎ切るのは並大抵のことではない」


教官は一度言葉を切り、教室全体を見渡した。


「厳しいと感じるなら、無理に11層へは進まず、9層以下でレベル上げを徹底することを推奨する。死ねばそれまでだ。この学校の演習は、あくまで生存が最優先だ」


俺は静かに、配布された資料に目を落とした。そこにはダンジョンの「システム」に関する詳細な記述があった。


「いいか、改めて説明する。このダンジョンにおいて、ボスや中ボスを倒すことは、単なる名誉ではない。守護者を討伐すれば、その瞬間に『次の階層へのテレポート権』が解放される。一度登録されれば、次からは一気に最前線へ飛ぶことができる。これが攻略の要だ」


説明は続く。


「そして、ダンジョンから出る際の手順だ。もうすでに皆体験済みだと思うが改めて説明しておく。階層をまたぐゲート……つまり次の階層へと続く光の柱に触れた際、お前たちの脳内にはダンジョンからの選択肢が提示される。『次の階層へ進む』か、『地上へ帰還するか』だ。ここで帰還を選べば、即座にダンジョン入り口近くの帰還ポイントへ転送される。逆に言えば、階層の途中では『脱出玉』のような特殊なアイテムを使わない限り、自力で歩いて戻るしかないということだ。自分の消耗具合を見誤るな」


ダンジョンは、常に選択を迫ってくる。

 進むか、戻るか。

 戦うか、逃げるか。


(11層、草原……。塔の中に光の柱があるステージか)


俺はペンを回しながら、これからの戦いをシミュレートした。

 ニードル・ラビットの多方向射撃。ウィンド・ウルフの超高速フェイント。プレイン・マンティスのガード剥がし。そして、バースト・ブルの衝撃爆発突進。

 どれもが中等部に入りたての学生には手に余る相手だ。


だが、俺の体内には、Lv.32という魔力が脈打っている。

 そして、孤独な戦いの果てに掴んだ【衆目の一点】という不屈の力がある。


「今日の午後は、最初の草原演習だ。各自、装備の点検を怠るな」


そのの言葉で、午前中の授業は幕を閉じた。

 教室中が「怖いけど楽しみだ」「大丈夫かな……」といった期待と不安で揺れる中、俺だけは静かに、自分の盾の重みを確かめていた。


第二の人生、最初の山場。

 草原の中に立つ「塔」を見据え、俺の物語はまた一段、加速しようとしていた。



『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:32』

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