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第9話:衆目の一点

重厚な石扉が、鈍い音を立てて左右に分かれる。

 その先に広がっていたのは、これまでの窮屈な坑道とは対照的な、磨かれた石床が広がる円形の広間だった。


「……キャンッ! ギャウッ!」


部屋の中央に鎮座していた銀色の毛並みを持つボス個体――コボルト・エリートが、鋭い咆哮を上げた。

 それに応えるように、壁際に控えていた十九体のコボルトたちが、一斉に短剣を引き抜く。彼らは扇状に広がりながら、こちらの逃げ道を塞ぐように高速で距離を詰めてきた。


(来るか。二十体の包囲網。……だが、俺の戦いは扉を開ける前から始まっている)


俺は盾を構えるよりも先に、腰のホルダーから二本の「魔力爆発瓶」を引き抜いた。

 一本三万五千円、二本で七万円。学生の小遣いとしては破格の投資。だが、ここで惜しむ理由はどこにもない。


「まずは、サイドを削らせてもらう!」


俺は両腕を大きく振り、左右に広がって回り込もうとする群れの最外周――その足元を狙って同時に二本の瓶を叩きつけた。


――ドォォォォォン!!


凄まじい衝撃波と、眩い火炎が広間を揺らした。

 魔力爆発瓶から解き放たれた純粋な破壊エネルギーが、密集していたサイドのコボルトたちを直撃する。

 左側で三体、右側で三体。爆風に吹き飛ばされたコボルトたちが、悲鳴を上げる間もなく光の塵へと還っていく。


(よし、まずは六体。残りは十四体……正面の奴らだけだ!)


爆発の混乱が収まるより早く、俺は正面から突き進んでくるコボルトの先頭集団へ向かって、自ら一歩を踏み出した。

 サイドを削ったことで、敵の陣形は「円」から「歪な矢印」へと変わっている。正面衝突の形になれば、盾士の土俵だ。


「スタン・バッシュ!」


盾の表面に黄金色の魔力が収束し、激しい放電現象と共に最前列のコボルトを叩いた。

 物理的な打撃に加え、魔力による衝撃波が敵の三半規管をかき乱す。

 バシュッ、という独特の破裂音と共に、先頭の二体が白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「グルッ……!?」


後続が足を止める。

 急停止した仲間につまずき、前掛かりになっていた彼らの動きが、ほんの一瞬だけ完全に静止した。

 その一瞬こそが、俺が狙っていた『キル・タイミング』だ。


「せいっ!」


俺はメイスを最短距離で振り下ろし、気絶したコボルトの頭部を確実に粉砕した。

 一体。

 すぐさま盾を翻し、体勢を崩した隣の個体の胸腔を突き上げる。

 二体。

 

 序盤の主導権を完全に掌握したことで、戦況は「二十体の包囲」から「十四体との各個撃破」へと塗り替えられていた。



正面から当たり、有利な状況を作り出した序盤。

 そこから態勢を立て直し激しさを増すコボルトたちの連撃。

 数こそ減らしたものの、残ったコボルトたちの動きは鋭い。俺の側面を狙って執拗に回り込み、盾の死角から短剣を滑り込ませてくる。


「っ……!」


脇腹に熱い感触が走った。

 鎧の継ぎ目を浅く裂かれたが、俺は構わずメイスを振り抜き、攻撃してきたコボルトを叩き伏せる。

 一対多のソロ戦闘において、完全無傷などという幻想は捨てている。

 受けるべき場所で受け、返す。その効率の果てにのみ勝利がある。


(右腕と左腿も痛い。……だが、致命傷はない。ポーションも一本残っている)


俺は冷静に自らのHPとスタミナを管理しながら、一体、また一体と確実にその数を削っていった。

 かつて佐藤たちと組んでいた頃は、背後の安全を彼らに預けていた。だが今は、俺の円盾が描く360度の軌道だけが俺の命綱だ。

 その極限の集中力が、俺の「盾士としての技」をさらに高いステージへと押し上げていく。

 

 もはや、コボルトたちが放つ短剣の軌道は、俺の瞳には明確な「線」として視えていた。

 右からの突きは盾の縁で弾いてそのままバッシュに繋げ、左からの斬撃は最小限のステップで回避する。


最後の一体――ボス個体であるコボルト・エリートが、絶望に染まった瞳で俺を見上げた。

 周囲に仲間はもういない。十九体の精鋭をすべて葬り去った「鉄壁の怪物」が、返り血を浴びた盾を構えて目前に迫っている。


「キャンッ! ギャァァァッ!」


ボスが捨て身の突撃を見せる。

 高速の十文字斬り。

 だが、今の俺にとってそれは、あまりに遅いあがきに過ぎなかった。


「終わりだ」


俺は【スタン・バッシュ】をボスの脳天に叩き込み、完全に動きが止まったその首元へ、渾身の魔力を込めたメイスを一閃させた。


ドォン、という重い音が響き、ボスの巨躯が光の塵となって四散する。

 その瞬間、広間全体が眩い黄金色の光に包み込まれた。



宙に浮かび上がる文字列。

 それと同時に、俺の身体の内側から、爆発的なエネルギーが突き抜けた。


『特殊条件達成。スキル:【衆目の一点フォーカル・ポイント】を獲得しました』


俺は荒い息を吐きながら、そのスキルの説明を脳内で読み解いた。


【衆目の一点】

効果: 自身にヘイト(敵対心)を向けている敵の数に比例して、常時自動HP回復リジェネバフが付与される。

倍率: 1体につき毎秒最大HPの0.5%回復。

備考: 敵意という負のエネルギーを、不屈の生命力へと変換する。



それは、盾士というジョブにとって、まさに「不滅」を手に入れるに等しい力だった。

 どれだけ傷つこうとも、敵が多ければ多いほど、俺は戦いの中で癒やされ続ける。

 ソロで「壁」を演じる俺にとって、これ以上の武器はない。


さらに、部屋の中央には一つの宝箱が現れていた。

 開けるとそこには、コボルトの爪から作られたであろう特殊なアクセサリーが収められていた。


『獲得経験値ブースト適用。結城カイト:Lv.30 → Lv.32』


この二日間の過酷なレベリングと、この死闘の果てに、俺は魔王へとまた一歩近づいた。


「……ふぅ。これで、魔法使いへの『準備』が整い始めたな」


俺は最後の一本となったポーションを飲み干し、深手を負った身体を癒やした。

 広間には静寂だけが残っている。

 俺は背嚢を背負い直し、円盾の汚れを拭うと、坑道の入り口へと続く道をゆっくりと歩き始めた。






ダンジョンの外に出ると、日曜日の午後の柔らかな太陽が俺を包んだ。

 住宅街の喧騒、遠くで聞こえる車の音。

 たった二日間、闇の中にいただけなのに、日常の景色がどこか懐かしく、そして尊く感じられた。


「一万九千五百円……。デザートでも買って行こうかな」


残り少ない財布の中身を思い出し、俺は苦笑した。

 八万円の投資は、この【衆目の一点】という最高の配当となって返ってきた。

 

 土日を丸ごと使った孤独な戦い。

 手に入れた力と、Lv.32という数字。

 俺は確かな充実感を噛み締めながら、駅へと続く坂道を下っていった。

 


『現在のジョブ:盾士』

『現在のレベル:32』


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