第0話:未来
彼女は果敢にボスへと突っ込んでいった。上級職となった彼女の剣技は鋭く、正確だった。しかし、【深淵の処刑人】との絶望的なまでの地力の差は、努力や覚悟で埋まるものではなかった。
ボスの裏拳一つで九条院の防御は崩され、続けざまに放たれた死の魔力が彼女を無慈悲に吹き飛ばした。
ドサリ、と力なく地面に落ちる九条院。
ボスはゆっくりと、大鎌を振り上げながら彼女の元へ歩み寄る。とどめの一撃。そのゆったりとした歩みが、冷酷な死の宣告のように感じられた。
「九条院!!」
「九条院さん!!」
教官たちやクラスメイトの絶叫が響く。恐怖で動けない生徒たちが、最悪の瞬間を予感して目をつぶる。
だが。
コツ、コツ、と。
騒乱の静寂を切り裂くように、一定のリズムで石床を叩く足音が響いた。
「……!?無茶だカイト! 戻れ! 後衛職のお前が行っても、どうしようもないんだぞ!」
佐藤が泣きそうな声で叫ぶ。
しかし、カイトはその声を完全に無視した。
彼の視線は、目の前のシステムウィンドウだけを見つめている。
『ジョブ変更:大魔法使い → 魔騎士』
『パッシブスキル:【高貴なる血統】発動』
『インベントリ展開:【断罪の剣】を装備』
カイトの周囲の空気が、一変した。
それまでの「大魔法使い」としての膨大な魔力が内側へと収束し、鋼のように硬く、鋭い「覇気」へと変質していく。一歩歩くごとに、カイトの背後から噴き出す魔力は純白の輝きを増し、その密度は広間全体の空気そのものを重く変えていった。
ボスが大鎌を振り下ろす。
九条院の命が刈り取られる、その刹那。
――キィィィィィィン!!
鼓膜を劈くような金属音が、静まり返った広間に轟いた。
「え……?」
九条院が、信じられないものを見るように目を開ける。
十数メートル離れていたはずのカイトが、いつの間にか彼女の目の前に立っていた。
その手には、見たこともないほど美しく、そして恐ろしいほどに研ぎ澄まされた白銀の魔剣。
カイトは、ボスの渾身の一撃を、片手の剣だけで容易く受け止めていたのだ。
「……結城……君?」
呆然と呟く九条院の耳に、低く、だがこれまでになく頼もしい声が届いた。
「遅くなってごめん、九条院さん」
カイトはボスの大鎌を跳ね除けると、背中で彼女を庇うように立ち塞がった。
ボスの放つ強大な魔力が、カイトの【断罪の剣】に吸い込まれ、剣がより一層激しい輝きを放ち始める。相手が強ければ強いほど、魔力が多ければ多いほど、この剣は「正しく裁く」ために力を増す。
カイトは肩越しに、震える彼女へ静かに微笑んだ。
「でも――任せてほしい。ここからは俺のルートだ」




