【第98話:極光の鉄槌】
『――高エネルギー反応、接近! 直撃まで3秒!』
セリアの悲鳴が船内放送に響く。 視界の彼方、空中要塞アークの主砲門から放たれた光が、世界を白く塗りつぶした。 音速など遥かに超えている。 認識した瞬間には、もう目の前だ。
「……チッ、挨拶にしては熱烈すぎるぞ!」
僕は甲板を蹴り、船首へと走った。 隣には、白い影――レオンハルトが並走している。
「レイン! 防げるか!?」 「一人じゃ無理だ! ……だが、二人なら!」
僕は懐から**【機神の左腕】**を取り出し、展開した。 シュゥゥゥン! 銀色の光が渦を巻き、僕の左腕を包み込んで巨大な「盾」を形成する。 【絶対防御:アイギス】。
「レオンハルト! 僕の肩に手を置け! お前の右腕を、この盾に注ぎ込むんだ!」 「分かった! ……耐えろよ、相棒!」
レオンハルトが僕の背後に立ち、その銀色の義手――**【機神の右腕】**を、僕の左肩に押し当てた。
ガキンッ!! 金属同士が噛み合うような音が響く。 二つのパーツが、互いの存在を認識し、共鳴を始める。
『……リンク確認。右腕ユニット接続。……出力、限界突破』
僕の脳内で、ミーミルの声が響く。 盾が眩い青光を放ち、そのサイズが倍、いや十倍に膨れ上がる。 船全体を覆うほどの、光の防壁。
その直後。 敵の主砲が着弾した。
ズガアアアアアアアアアアアアッ!!!!
音がない。 あまりの衝撃に、鼓膜が機能を停止した。 視界は真っ白。 ただ、全身の骨が軋み、内臓が押しつぶされそうな圧力だけが、今起きていることの凄まじさを伝えてくる。
「ぐ、ウウウウッ……!!」 「……ッ、負けるなァァッ!!」
僕とレオンハルトが叫ぶ。 足元の甲板がミシミシと悲鳴を上げ、鉄板がひしゃげる。 敵のビームは、山脈一つを消し飛ばす熱量だ。 本来なら蒸発している。 だが、僕たちの盾は砕けない。
『……拒絶。拒絶。拒絶』
盾が唸る。 物理法則の拒絶。因果律の遮断。 そして、右腕から供給される無尽蔵のエネルギーが、盾の強度を神の領域へと押し上げる。
「いける……! 押し返せる!」
僕は歯を食いしばり、一歩踏み込んだ。
「レオンハルト、合わせろ! ……ただ防ぐだけじゃない! 弾き返す!」 「ああ! ……行けェッ、アガートラーム!!」
レオンハルトが義手のスラスターを全開にする。 赤い噴射炎。 僕たちは渾身の力で、盾を前方へと押し出した。
『複合術式』――【神域反射】!!
キィィィン!!
甲高い音が世界に響いた。 盾の表面で、敵のビームが屈折する。 光の奔流が、V字に裂け、シルフィード号の両脇を通り抜けていった。
ジュワァァァ……! 背後の雲海が蒸発し、空に巨大な道ができる。 だが、船は無傷だ。
「……はぁ、はぁ……ッ!」
光が収まる。 僕は膝をつきそうになったが、レオンハルトに支えられた。 僕の左腕(盾)からは白い煙が上がり、彼の右腕(義手)は赤熱している。
「……防ぎきった」 「ああ。……僕たちの勝ちだ」
顔を見合わせ、ニヤリと笑う。 最強の矛と、最強の盾。 二つが揃えば、要塞砲だろうと恐るるに足らず。
『――敵主砲、エネルギー充填に移行! 次弾発射まで120秒!』
セリアのアナウンス。 チャンスだ。 敵の最大火力を凌いだ今、懐に飛び込む隙ができた。
「ヴァン先生! 今だ! 全速前進!」 『おうよ! 振り落とされるなよ、クソガキども!』
操舵室のヴァン先生がスロットルを全開にする。 シルフィード号が急加速。 ビームによって切り裂かれた雲の道を通り、黒い要塞へと一直線に突っ込む。
「総員、突入準備! ……甲板へ集合!」
Sクラスの面々が飛び出してくる。 ガルが斧を構え、エリスが死霊を纏い、エリルが短剣を抜く。 イズナが印を結び、ラピスが水の結界を張る。
目の前に迫る、巨大な黒い城。 無数の砲台と、迎撃に出てきたガーゴイルの群れ。 だが、今の僕たちにブレーキはない。
「……行くぞ、カズヤ。教団」
僕は熱を帯びた左腕を握りしめた。
「戦争の時間だ」
シルフィード号が、要塞のドック(搬入口)へと強行着陸を仕掛ける。 轟音と衝撃。 煙の中、僕たちは敵の本拠地へと降り立った。




