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【第93話:深淵の抱擁】

海賊たちの潜水艦**【リヴァイアサン号】**は、ギシギシと悲鳴を上げながら、漆黒の海を沈んでいった。 窓の外は完全な闇。 セリアの魔導ライトが照らす範囲だけが、唯一の視界だ。


「深度4000……。そろそろ水圧がキツイねぇ」


操舵席で、海賊女王ヴァレリーが脂汗を拭う。 船内には重苦しい軋み音が響き、鉄板の継ぎ目から海水が霧のように噴き出している。 普通の人間なら発狂しそうな閉鎖空間だ。


「……レイン様。船殻の強度が限界ですわ。補強結界、出力上げます!」 「頼む。……ガル、お前は動くなよ。酸素の消費が激しい」 「むぅ……筋肉が収縮したがっているのに!」


ガルが狭い通路で小さくなっている。彼が深呼吸するたびに船内の気圧が変わる気がする。 同乗している人魚のラピスは、窓の外を不安そうに見つめていた。


「……来るわ」 「え?」 「この海域の主……『大王イカ(クラーケン)』の縄張りよ」


その予言は、直後に現実となった。


ズドンッ!!!!


船体が激しく揺れ、警告灯が赤く明滅する。 何かがぶつかったのではない。 「捕まった」のだ。


「ソナーに反応! ……デカすぎる! 船全体が包囲されてるよ!」


操舵手の悲鳴。 窓の外、ライトに照らされたのは、船体よりも太い、吸盤のついた触手だった。 一本、二本……無数。 それらが蛇のように船体に絡みつき、万力のように締め上げ始めた。


ミシミシミシッ……!!


「やべぇ! 船が潰れる!」 「装甲値低下! 結界が割れますわ!」


ヴァレリーが叫ぶ。 水深4000メートルでの圧壊は、即死を意味する。 逃げる? 無理だ。 絡みつかれたままでは、推進器も動かせない。


「……迎撃するぞ!」


僕は立ち上がった。 海の中なら、こちらの土俵じゃない? 関係ない。Sクラスは場所を選ばない。


「ガル! 船外アームを使え! 操縦席はそこだ!」 「おお! このレバーか! 筋肉マッスルインターフェース!」


ガルが操縦席に飛び乗り、潜水艦の前部に取り付けられた作業用アームを操作する。 ガシャオン! 鋼鉄のアームが、絡みつく触手を鷲掴みにする。


「引き剥がせェェッ!!」


ガルの怪力と油圧システムが連動し、触手を強引に引きちぎる。 ブチブチッ! という嫌な音と共に、紫色の体液が海中に広がる。


『グオォォォン……!』


船外マイクが、重低音の悲鳴を拾う。 クラーケンが怒り、さらに強く締め付けてくる。 船体に亀裂が入った。 水が鉄砲水のように噴き出す。


「浸水!?」 「塞ぐ! ……エリス、凍らせろ!」 「……冷たい水……氷の棺……」


エリスが浸水箇所に手をかざす。 侵入した海水が一瞬で凍りつき、即席のパッチとなって穴を塞ぐ。 ナイスだ。


「セリア、魚雷発射管に魔力を充填しろ! ありったけだ!」 「了解ですわ! 特製**【爆裂魔法魚雷】**、装填!」


僕の指示で、セリアが発射管に魔力を流し込む。 ターゲットは、触手の根元。 闇の奥に光る、巨大な眼球。


「てぇッ!!」


シュポッ、シュポッ! 船体から魚雷が射出される。 水中を切り裂き、クラーケンの巨体へと吸い込まれる。


ドォォォォォォンッ!!


水中爆発。 衝撃波が船を揺らすが、触手の束が吹き飛び、締め付けが緩んだ。


「今だ、浮上して逃げ……」 「逃がさない!」


エリルが叫ぶ。 クラーケンはまだ生きている。 残った触手でスクリューを破壊しようと迫る。 これをやられたら、僕たちは深海の藻屑だ。


「……僕がやる」


僕は船の天窓(強化ガラス製)に張り付き、**【雷神の槍・改】を構えた。 水中での射撃は減衰する。 だが、レールガンの弾速と、僕の【魔力操作】**による「スーパーキャビテーション(超空洞)」技術があれば、水流の壁をぶち抜ける。


「ガル、アームで奴の『目』をこじ開けろ!」 「任せろ! アイ・オープナー!!」


ガルが操作するアームが、クラーケンの顔面にある触手をかき分ける。 現れたのは、憎悪に燃える巨大な金色の瞳。


「……見えた」


僕はガラス越しに、その瞳と視線を合わせた。 距離50メートル。 水圧、屈折率、補正完了。


「海の藻屑になりな」


発射ファイアッ!!


ズドンッ!!!!


船内が揺れるほどの反動。 放たれたオリハルコンの弾丸は、海水を蒸発させて「真空のトンネル」を作り出し、音速を保ったままクラーケンの瞳に直撃した。


ギュポッ!!


眼球が破裂し、弾丸はそのまま脳幹を貫通。 巨体がビクンと跳ね、力が抜けていく。 絡みついていた触手が、ズルズルと深海へ落ちていった。


「……撃破確認」


僕は銃を下ろし、息を吐いた。 船内には、一瞬の静寂の後、海賊たちの歓声が爆発した。


「すげぇ! 本当にやりやがった!」 「伝説の怪物を瞬殺かよ!」


ヴァレリーが呆れたように、しかし興奮を隠せずに僕の肩を叩く。


「……とんだ化け物を乗せちまったねぇ。あんたらの心臓はオリハルコン製かい?」 「ただの慣れさ。……それより、見えてきたぞ」


僕は窓の外を指差した。 クラーケンが守っていたその先。 海底の闇の中に、青白く発光する巨大なドームが見えてきた。


かつての栄華を誇った、人魚族の都。 そして今は、無残な廃墟と化した悲劇の場所。 【深海都市アトランティア】。


「……着いたわ」


ラピスが窓に張り付き、涙を流す。 壊れた尖塔。崩れた防壁。 そこには、教団が残した爪痕が、生々しく刻まれていた。


「……行くぞ。潜入だ」


僕は【機神の左腕(盾)】を懐で握りしめた。 ここからは潜水艦を降り、水中での探索になる。 奪われたパーツの手がかり。そして、教団の次なる目的。 深淵の底で、真実を暴く時が来た。

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